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国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 研究部長 高木聡一郎氏
ブロックチェーンは、通貨の概念を変え、既存のビジネスをも大きく変えていくことになるという国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの高木聡一郎研究部長。これから訪れるブロックチェーン時代において、日本はいかにその進展に貢献し、グローバルに存在感を示すことができるのだろうか。また、企業や組織はどのように変化していくのか。カギを握るのは「自律分散型組織」だと、高木研究部長は指摘する。

「第1回:価値の交換の新しいインフラ」はこちら >
「第2回:仮想通貨を超えるさまざまな活用法」はこちら >

従来業務がなくなる危機か、ビジネスを生み出す好機か

ーー第1回、第2回とお話をお聞きする中で、ブロックチェーンに大きな可能性を感じるとともに、その課題も見えてきました。やはり、ブロックチェーンというのは、金融業界以外の方々も含めてキャッチアップしておくべき仕組みと言えますね。

高木
そうですね。当然、すでに多種多様な事業会社が自分たちの事業にどう影響するのか関心を持っていますし、研究している企業が増えていると思います。ただし、自分たちの業務や組織を前提として考えたときに、ブロックチェーンを使うメリットが本当にあるのかどうかをしっかり検討する必要はあるでしょう。多少のコストダウンだけでは、導入する意味はあまりありません。逆に、ブロックチェーンの浸透により、自分たちの会社は消えてなくなるかもしれないという危機感が芽生えるかもしれません。

ブロックチェーンの浸透は、新たなビジネスを生み出す好機でもあります。たとえば、イギリスでは、学歴の登録にブロックチェーンの活用を検討しています。履歴書のQRコードを読み込むと、ブロックチェーン上に登録された学歴が示されるといったサービスです。当然、昨今、問題となっている学歴詐称を未然に防止することに役立ちます。その場合は、各大学がそれぞれブロックチェーンを用意するというよりも、共通のプラットフォームに登録し、各大学の署名をつけることで保証をするほうがいい。このように、いま抱えている問題に対して、ブロックチェーンが一つの解を与えてくれる可能性がある。そこにビジネスチャンスがあります。

いずれにしても、すでにブロックチェーンの活用が始まっている中、社会の変化に備えて準備しておくことは非常に重要だと思います。

画像: 従来業務がなくなる危機か、ビジネスを生み出す好機か

用途や期限が限られた仮想通貨の活用法

高木
公共分野での活用の検討も始まっています。たとえば、イギリスでは生活保護の支給を、現金ではなく仮想通貨で払うことを検討しています。そのメリットは、本来の生活保護の趣旨にそぐわない支出には使えないといった具合に、用途を限定できることにあります。デジタル通貨であるがゆえに、お金の流れをある程度トレースすることが可能であり、お金を有効に使うための手助けをすることにも役立つかもしれません。

ーーいま、子どものスマートフォンの一部の機能を制限して持たせる親御さんが多いと思いますが、お金についてもそれができるかもしれませんね。

高木
はい。どのように設計をするのがふさわしいかしっかり検討していく必要はありますが、さまざまな可能性が広がっています。

一つの例として、時間とともに価値が下がっていく仮想通貨を挙げることができます。そういう価値が途中で変わっていくようなお金を設計できれば、皆、預金をして貯め込むことなく、お金を使って経済を活性化するといったことも可能になるかもしれません。

中央銀行が仮想通貨を発行すれば、個人が中央銀行に口座を持てる?

高木
さらに、社会に大きなインパクトをもたらすとされるのが、中央銀行による仮想通貨の発行です。イギリスをはじめ、スウェーデン、カナダなどですでに検討が始まっています。もし実現すれば、外貨の売買はより簡単になるでしょうし、イギリスに住んでいなくても、誰もがデジタル化されたポンドを手に入れられるようになり、全世界で「デジタル・ポンド」で決済することが可能になります。イギリスは、EU離脱の一方で、独自の経済圏を仮想通貨で広げていくこともできるかもしれませんね。

英国の中央銀行であるイングランド銀行の副総裁を務めるベン・ブロードベント氏は、2016年、中央銀行が発行するデジタル通貨について話した講演の中で、もし、中央銀行が仮想通貨を発行すれば中央銀行の役割は拡大すると指摘しています。なぜなら、中央銀行が発行する仮想通貨を管理するブロックチェーンと、その通貨の利用者の秘密鍵が直接、紐付けられる、つまり、中央銀行が管理している台帳と、最終的なユーザーが直接紐づくことになるからです。従来、中央銀行のお金にアクセスできるのは、限られた金融機関だけでしたが、これからはより幅広い人がアクセスできるようになる。これは実質、個人が中央銀行に口座を持つことを意味しています。

ただし、これが広がれば、銀行預金から中央銀行の仮想通貨へのシフトが進み、銀行がお金を集めて貸し出すという業務はもはや成立しなくなる可能性もあります。これはとくに中小企業にとっては深刻な問題で、資金が必要になったときに貸し手がいなくなるかもしれません。もちろん、銀行以外の貸し手が出てくる可能性はありますが、いずれにしても、既存のビジネスモデルを大きく変えることになるでしょう。

ブロックチェーンで日本はいかにして存在感を示すべきか

ーーブロックチェーンが浸透していく中で、日本はどのような役割を担うことができるのでしょうか。また、課題があれば教えてください。

高木
ブロックチェーンに関しては、日本は決して遅れをとっているわけではありません。そもそも日本には暗号やセキュリティの技術者・研究者が多く、ブロックチェーンを成熟させていくためにさまざまに貢献できるはずです。また、ビットコインへの一般の需要も高く、誰でも簡単に買うことができる上、使えるお店も出てきています。

すでに、政府も仮想通貨をお金の一種のようなものとして認めて、今年、仮想通貨交換業者を登録制にするなどを盛り込んだ、いわゆる「仮想通貨関連法」が施行されました。こうした状況を、アメリカやイギリスの専門家も驚きを持って見ています。

一方で、運営主体がいないことを日本の法律は想定していません。罰するにしても規制するにしても主体あってこそ初めて成り立つものなので、結局、政府が規制をかけたのは両替所についてです。また、ブロックチェーン上に登録された情報を法的にどう扱うのかについても、検討を進める必要があります。

仮想通貨による経済圏が多数できてくると、企業の中でも、円建てやドル建てなどの資産のほかに、ビットコイン建て、イーサ建てといったように仮想通貨をいくつも保有することになるかもしれません。その際の会計報告をどうするのか、という課題もあるでしょう。

画像: ブロックチェーンで日本はいかにして存在感を示すべきか

もう一つの課題は、アメリカのシリコンバレーで生まれてくるような、既存の制度や考え方にとらわれないようなディスラプティブ(破壊的)なアイデアが、なかなか日本からは生まれてこない点です。もちろん、日立さんも参画されているようにHyperledgerなどの標準化活動に加わり、先端の開発に携わることは日本企業として非常に有意義です。しかし、単に従来技術をブロックチェーンで置き換えました、というようなものではなく、世界的に意味のある技術開発や実証実験を通じて、存在感を示してほしい。

また、そうした取り組みに関する情報発信も積極的にすべきです。言語の問題はありますが、まだまだ日本企業はグローバルなPRが弱いと感じます。

ブロックチェーン時代の企業、組織のあり方

ーー今後、ブロックチェーンの浸透により、企業や組織はどのように変わっていくのでしょうか。また、どのような心構えが必要だと思われますか?

高木
大きな流れとしては、分散化と集中化が同時に進んでいくと思います。分散化というのは、クラウドソーシングやシェアリングのことで、従来、企業が担っていたような仕事を個人などの小さな主体が扱えるようになっていきます。Uberにしても、そのエリアのことに通じ、現場をよく知るドライバーを自社で雇うことなく、プラットフォームだけを用意して、仲介ビジネスを成立させています。製造業などでも、マーケティング部隊や上層部よりも、現場にこそイノベーションに必要な情報があるはずです。そうした情報を持っている人が自律的に動けるほうが有利でしょう。

これまでは、情報をつなぐプラットフォームにさまざまな機能が集約されてきていました。それを、単一の企業がプラットフォームの要として全体を管理するのではなく、参加者の各主体が、自律的に他の主体と連携してサービスを実現できる点がブロックチェーンの重要な特徴です。ブロックチェーンを通じて、中央管理者の仲介なしに、業務を得意とする主体が直接仕事を引き受けられるようになる可能性があります。

このようなブロックチェーンで実現する形態の組織を、「DAO(Decentralized Autonomous Organization:第2回で登場したThe DAO事件とは別)」と呼びます。こうした考え方を取り入れて、委託や雇用といった関係をつくるのではなく、作業に応じてトークンを発行し、そのトークンが社会で価値を持つようなエコシステムが形成されていくことになるかもしれません。

経済全体のトレンドから見ても、企業は社員を雇うにしても、個々のインセンティブをいかにうまくデザインして、その人が一番、活躍できるかを考えていく必要があると思います。いまや、システム開発に何百人も投入するような時代ではありませんし、同質の社員ばかりがいて、同じように管理すればいいというわけでもありません。ある意味、企業であっても、個人事業主の集まりと捉えて、企業を再編成し直す必要があるように思います。

日本には、海外に誇るべきユニークかつ温かみのあるサービスがいくつもあると思うのです。こうした日本特有のサービスは、今後の超高齢化社会の中で非常に生きてくるはずです。既存の業界や業務にとらわれることなく、広い視野と柔軟な発想を持って、ブロックチェーンの活用を契機として新たなサービスの創出を実現していただきたいと願っています。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: ブロックチェーン時代の企業、組織のあり方
画像: 高木聡一郎氏 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)研究部長 /准教授/主幹研究員、および東京大学大学院情報学環客員研究員。 国際大学GLOCOM ブロックチェーン経済研究ラボ代表。これまでにハーバード大学ケネディスクール行政大学院アジア・プログラム・フェロー、慶應義塾大学SFC研究所訪問所員、東京大学大学院情報学環客員准教授などを歴任。 専門分野は情報経済学。IT産業のビジネスモデルや、ITの普及・発展に伴う 社会への影響を、主に経済学の観点から分析している。 主な著書に「ブロックチェーン・エコノミクス 分散と自動化による新しい経済のかたち」(翔泳社)、「Reweaving the Economy: How IT Affects the Borders of Country and Organization」(東京大学出版会)、「学び直しの方法論 社会人から大学院へ進学するには」(インプレスR&D)など。 2015年、社会情報学会より「新進研究賞」等を受賞。

高木聡一郎氏
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)研究部長
/准教授/主幹研究員、および東京大学大学院情報学環客員研究員。
国際大学GLOCOM ブロックチェーン経済研究ラボ代表。これまでにハーバード大学ケネディスクール行政大学院アジア・プログラム・フェロー、慶應義塾大学SFC研究所訪問所員、東京大学大学院情報学環客員准教授などを歴任。
専門分野は情報経済学。IT産業のビジネスモデルや、ITの普及・発展に伴う
社会への影響を、主に経済学の観点から分析している。
主な著書に「ブロックチェーン・エコノミクス 分散と自動化による新しい経済のかたち」(翔泳社)、「Reweaving the Economy: How IT Affects the Borders of Country and Organization」(東京大学出版会)、「学び直しの方法論 社会人から大学院へ進学するには」(インプレスR&D)など。
2015年、社会情報学会より「新進研究賞」等を受賞。

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