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働き方改革の重要なポイントは生産性とダイバーシティにあります。すなわち、生産性を向上させることで利益を上げてそれを個々人の雇用条件の改善に還元していくこと。そして、老若男女、障がいの有る無しや国籍も関係なく、それぞれの目的に沿って多様な人財が意欲と能力を発揮し、より高く新しい付加価値を創造していくことです。これらの重要性について、慶應義塾大学の樋口美雄教授が語りました。

「第1回:日本型雇用モデルの光と影」はこちら >
「第2回:時代の転換点として、働き方改革実現会議がめざすもの」はこちら >

働き方の見直しが生産性を向上させる

働き方改革と関連して重要になってくるのは生産性の向上です。生産性以上の給与を払うことは短期的にはできても、長続きしないからです。無駄な仕事をやっているということであれば、それは止めれば労働時間は減りますし、企業としてはそれで利益が減ってしまうわけではありませんから、まさに働き方改革イコール仕事の見直しにもなると思います。

特に鍵となるのは、ホワイトカラーの生産性の見直しです。生産現場では生産性に関する改善作業が長年にわたって継続的に行われていますが、ホワイトカラーはそれがどこまで意識してなされてきたかどうもはっきりしない。ある企業の調査では、全社員の仕事を一時間単位でチェックさせていき、約一か月後、必要な仕事だったかを振り返ってもらうと、不要な仕事が3割だったという結果が出たそうです。その3割をなくすだけで残業をしなくてもすむということになります。このように、ホワイトカラーの仕事がほかに邪魔されることなしに計画的に進められているのかということを考えてみると、場当たり的で、足元で必要なものだからやっているという仕事が比較的多く、そういったところに、例えばITやAIといったツールをもっと導入し、同時に、組織自体の見直しも図っていくことで、夜中まで残業をしなくても済むようになっていくのではないかと思います。

働き方改革を促進するダイバーシティ

いま企業にとって人口の減少は深刻な問題になってきています。経済学では15歳から64歳を生産年齢人口といいますが、日本で生産年齢人口がピークだったのは1995年頃でした。その時と比べて、現在は1,000万人以上減っています。これまでは企業の採用も減少していたので、それほど問題視はされてきませんでしたが、少しでも景気が良くなると、相当に社員を減らしていますから、すぐに人手不足という状況につながっていくと思います。そうなると、これまでのように若い男性社員を念頭に置いていた雇用モデルでは維持することができなくなるのは目に見えています。これまで以上に、女性も高齢者も外国人も障がい者も、さらには若者でも非正規でやってきた人にも、能力を発揮してもらうことが必要になるわけで、こうしたダイバーシティの必要性が、いま企業が長時間労働や転勤のあり方を見直し、職務を明確化するなど、働き方を一生懸命に改善しようとしている理由だと思います。

画像1: 働き方改革を促進するダイバーシティ

実は、ダイバーシティによっていろいろな価値観の人がそこに参加している方が安定性という意味では良いという調査結果も出ています。ダイバーシティと同時に、この働き方改革を進めている企業の方が収益の方も上がっているというものです。こうした取り組みというのは、始めた頃はコストです。やはりいろいろな苦労が伴いますから、改革もなかなか進みません。しかし、その成果は4~5年経ってから出てくるというような研究もあります。そうなってくると、最初はコストですが、実はよく考えてみると投資だったというような側面があるわけで、働き方改革とダイバーシティをセットで進めていくということは、日本の企業にとっても、あるいは世界の企業にとっても必要な状況になってきていると思います。

画像2: 働き方改革を促進するダイバーシティ

一方、こうした仕事の量への対応だけでなく、仕事の質、これは生産性とも関連しますが、たとえば顧客に対するサービスも、もしかしたら過剰ではないかという面があります。そのため、それが競争力にもしかしたらつながるかもしれないと思って進めてきたことであっても、見直す必要が出てくると思います。ファストフード店の24時間営業の見直しや宅配事業者の受注量の規制・時間指定配達の廃止に向けた動きというのはその好例だと思います。本来、サービスというのは付加価値をとる仕事で、労働集約的なものが多いわけですから、現在の過剰ともいえるサービスが果たして、これからも維持していけるかは疑問だと思います。

正しく評価できる風土に

最初に、成果主義がうまく機能していないという話をしました。その背景の一つには、評価のシステムが定着していないということもあるかと思います。働き方改革を進めるうえで、これはモチベーションという観点からも非常に重要になってくると思います。従来の評価制度というのは、実は何が評価されているか分からないところが、評価される側にはあったと思います。長い時間働くことが高い評価を受けているのではないかと。仕事が終わったから早く帰るのはマイナス点だと勘ぐることが無いように、何が評価されているかを明確にしておく必要があります。その評価が給与に反映されるだけではなく、本人の能力を次のステップに高めていくためには、そして意欲を高めていくためには、その評価に対して本人が納得することが重要であり、それを説明していくことが大切です。

しかし、そこがなかなか難しい。もちろん、取り組んでいる企業もありますが、よく調べてみると、プラス点を付けられた人には上司は説明しているのですが、マイナス点を付けられた人にはなかなか説明できていないことも多い。「なぜあなたはダメだったか」というのは言いづらいところがありますが、本当はそれがないと評価そのものが機能しないところがあります。自分のどこにマイナスが付いたのかとネガティブな方向に気持ちが向いてしまい、それが続くと、モチベーションが急激に下がってしまいます。

画像1: 正しく評価できる風土に

また、評価ですから当然全員が二重丸というわけにはいきません。したがって、ある意味で評価制度は、査定する人、評価する人の能力こそが問われるというところがあります。これまでそういったことを企業ではあまり訓練してきませんでした。考課者教育といいますが、管理職に突然「○○さん、査定しなさい」みたいなことになるわけです。プレーイングマネージャーであっても、管理職の役割の一つは、仕事を部下に計画的に、しかも効率よくやらせると同時に、そのための評価手法を訓練していく必要があると思います。

こうした評価は特に大企業の正社員についてはかなり行われている形になっていますが、非正規労働についてはほとんど行われていない。そこでは、非正規だから賃金が安いのは当たり前というような社会的風潮があって、それに則って正社員とは別個に給与を決めている面があるからです。なぜ給与が安いのかと考えると、それは「あなたは非正規なのだから」と、正当な理由になっているか、なっていないのかよく分からない。これでは本人は納得できない。今回の働き方改革実現会議で挙がった同一労働同一賃金は、そういったところも同じ物差しで正規、非正規に関わらず計りましょう、ということです。しかも、それを本人に説明する責任が雇用主にはある、と。非正規社員でも最近は多くの企業で戦力化が進められてきているのですが、大半は非正規だという理由で給与が低く、正社員と別の基準で賃金が決められている。私がよくいうのは低位安定ということで、非正規社員についてはモチベーションを高めようということもあまり考えてこられませんでした。こうしたことから、今回の同一労働同一賃金というテーマが出てきているということだと思います。

非正規社員の場合、なかなか能力開発も行われません。正社員に転換するのも日本では非常に遅い上にほとんど行われていません。その結果、非正規社員の固定化が起きてしまったわけです。しかし、そうした人たちが、サービス業の分野などを中心に企業にとっての戦力になっているわけです。新入社員を誰が教えているかといったら、パート社員が教えている状況だったりする。企業にとっても、そうしたところをしっかり評価していくことが一層重要になってきます。

今回の働き方改革は、将来に向けて企業が成長していけるかどうかの鍵を握っていると思います。グローバル化や少子高齢化が進むなか、柔軟な働き方を実現していくことで多様な人財を確保し、生かしていくことにつながります。また、正規社員・非正規社員に関係なく、それぞれが貴重な人財としてキャリアを形成できるようにしていくことで、個人のモチベーションも高まり、長期間にわたる企業の活力にもつながっていきます。働き方改革を政府に強制された一過性のものとしてではなく、積極的かつ継続的な取り組みとしていくことで、企業の成長に大きく貢献できると思います。同時に、働き方改革については、活力ある持続的な社会を創っていくという視点からも不可欠であり、企業がそれに大きく貢献しているという観点から、ぜひスピード感を持って力強く取り組んでいただけることを期待しています。

画像2: 正しく評価できる風土に
画像: 樋口 美雄 氏 慶應義塾大学 商学部 教授。 慶應義塾大学商学研究科卒業。商学博士。 米国コロンビア大学経済学部客員研究員、一橋大学経済研究所客員教授などを 経て、2009年より現職。 専門は労働経済学・計量経済学。著書『日本経済と就業行動』(1991年)では、 第34回 日経・経済図書文化賞を、『雇用と失業の経済学』(2001年)では、 第42回エコノミスト賞を受賞。平成28年秋の紫綬褒章受章。

樋口 美雄 氏
慶應義塾大学 商学部 教授。
慶應義塾大学商学研究科卒業。商学博士。
米国コロンビア大学経済学部客員研究員、一橋大学経済研究所客員教授などを
経て、2009年より現職。
専門は労働経済学・計量経済学。著書『日本経済と就業行動』(1991年)では、
第34回 日経・経済図書文化賞を、『雇用と失業の経済学』(2001年)では、
第42回エコノミスト賞を受賞。平成28年秋の紫綬褒章受章。

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