グローバル化や少子高齢化、そして労働人口の減少といった、とどめがたい時代のうねりのなかで、これまで日本の経済成長を支えてきた「日本型雇用モデル」が崩壊しつつあります。そこで、政府をはじめ産業界、労働界、有識者が一体となり、一億総活躍社会の実現に向けた柱となる「働き方改革実行計画」が今年3月にまとめられました。本会議のメンバーであり、現在も厚生労働省の労働政策審議会の会長として「働き方改革実行計画」に関する法制化にも取り組む慶應義塾大学の樋口美雄教授が、いま求められている働き方改革の本質について自らの考えを語ります。
画像: 樋口 美雄 氏 慶應義塾大学 商学部 教授。 慶應義塾大学商学研究科卒業。商学博士。 米国コロンビア大学経済学部客員研究員、一橋大学経済研究所客員教授などを 経て、2009年より現職。 専門は労働経済学・計量経済学。著書『日本経済と就業行動』(1991年)では、 第34回 日経・経済図書文化賞を、『雇用と失業の経済学』(2001年)では、 第42回エコノミスト賞を受賞。平成28年秋の紫綬褒章受章。

樋口 美雄 氏
慶應義塾大学 商学部 教授。
慶應義塾大学商学研究科卒業。商学博士。
米国コロンビア大学経済学部客員研究員、一橋大学経済研究所客員教授などを
経て、2009年より現職。
専門は労働経済学・計量経済学。著書『日本経済と就業行動』(1991年)では、
第34回 日経・経済図書文化賞を、『雇用と失業の経済学』(2001年)では、
第42回エコノミスト賞を受賞。平成28年秋の紫綬褒章受章。

長時間労働の背景

これまで日本の経済成長を支えてきた大きな要因の一つとされているのが、日本ならではの雇用慣行です。これは次の三つの慣行で構成されていることから雇用の三種の神器といわれ、また「日本型雇用モデル」とも呼ばれてきました。第一は、長期雇用いわゆる終身雇用です。第二は、勤続年数とか年齢とともに給与が上がっていく年功序列型の賃金体系の仕組みです。そして第三は、強い権限を持った企業別労働組合という組織です。

こうした集団的雇用管理を前提とした雇用モデルのもとでは、個人というより、チームとして仕事をしていくことが慣わしとなります。そのため、個人としてのやるべき職務はあまり明確にされておらず、会社に対する貢献もチームに対する貢献で評価することを良しとするような風潮があります。その結果、チーム内ではお互いが見合いながら仕事をしているため、たとえば、「今日、私は早く帰ります」ということよりも、「24時間、戦えますか」というフレーズに代表されるように、長い時間働く(会社にいる)ことが当然のように受け入れられようになっていきました。

日本の長時間労働は世界的にも有名でしてね。1980年代の中頃、日本からアメリカへの輸出が急拡大していくと、日本人はモノを作るのに関心はあるが、モノを買って生活を楽しむとことには関心が薄いのではないかといった、働き過ぎと貿易摩擦が表裏一体として国際的な批判を浴びるようになります。そうしたことへの協調路線として、年間労働時間を1,800時間以下にするという国際公約(*)が1987年になされ、その目標は最近達成したとされています。

しかし、その中身をよく見ると、実は正社員については長時間労働がいまも続いていて、短時間のパート労働者が増えたことにより、平均が短くなったように見えている状況です。もちろん、人によって労働時間はかなり違っており、なかには平日の残業時間が逆に伸びた正社員もいて、過労死といった社会問題も出てきています。

画像: *新前川レポート

*新前川レポート

二極化の始まり

日本型雇用モデルには転勤や配置転換が頻繁に行われるという特徴もあります。これは、集団的雇用管理のため個人としての職務があまり明確にされていないからできることで、転勤や配置転換によって能力を高めることができる、あるいは特定の顧客などとの癒着を防ぐことができるといった理由で説明されてきました。しかし、もしかしたら必要以上に頻繁な異動が行われることによって、その人の職務が何かということよりも、むしろ色々なことをこなせる人が求められてくるようになってきます。その結果、労働時間についても融通が利かなくなり、長時間働けない人がそこから排除されていく仕組みができあがっていることも事実です。

また、雇用の三種の神器からも分かるように、日本型雇用モデルでは高齢化の進展に伴いどうしても人件費が高まってしまうとか、あるいは硬直化してしまう傾向があります。そこで、1990年代に入ってから、成果主義的なものを導入しようという企業が非常に多くなってきました。成果主義を入れるということは、会社の成果というよりは、むしろ個人の成果が強調されます。その人が数量的にどれだけ成果を上げたか、売上はどうか、あるいは会社にどれだけ収入をもたらしたかということですが、働き方は依然として集団的に働いているわけですから、なかなか個人の貢献を把握することはできない。加えて職務が明確ではないため、成果を測れるわけがないということから、やはり成果主義は日本に合わないということで進展していません。企業の中には、給与を何に基づき決めたらいいか、いまだに迷っているところもあると思います。一方、従業員の方は、会社の業績が上がれば給与も上がるのかどうか、疑問に思う人も増えています。あるいは、自分が一生懸命に働いたからといって必ずしも会社の業績が上がるわけではなく、日本人の仕事に対するモチベーションが下がってきているという国際的な調査報告もあります。

画像1: 二極化の始まり

一方、そういう正社員のグループに対して、バブル崩壊以降、非正規社員といわれるグループが増えてきます。その背景には、バブル崩壊によって、いつまでも安定成長が続くわけではないという認識のもと、人件費の固定化につながる正社員の雇用保障を避け、その分を非正規社員でまかなうことで柔軟性を持たせるという意図がありました。また、特にサービス業を中心に仕事の内容も、例えばマーケティング部門とコールセンター部門とを分けることができるようになり、簡単な仕事は正社員ではなく、非正規社員に任せる形に変わっていくなど、今の二極化が始まっていきました。当初、非正規社員の中心は主婦パートが圧倒的に多かったため、そこに給与差があったり、職務があまり高度でなかったり、キャリア形成につながらなくてもさほど問題視されていませんでした。ところが、非正規社員でも有期契約の更新が繰り返され、なかには戦力化された人も増えてきました。さらには、次第に、そこに若者や世帯主が組み込まれてくるようになると、給与が低いまま、将来に向けたキャリア形成につながらないという問題などが生じているのが現状です。

日本型雇用モデルの特色は言うまでもなく、男性が主体です。1986年に男女雇用機会均等法が施行されましたが、以降、女性の働き方はさまざまな課題を抱えてきました。たとえば、長時間労働の観点では、なかには長時間労働でもウェルカムな女性はいるかもしれませんが、多くの場合は難しいというのが実情です。また配置転換や転勤が頻繁に行われているところでは、継続就業は困難ですし、まして子どもができた女性の転勤や長時間労働となると仕事を辞めるか結婚をやめるという究極の選択しか残っていないかもしれません。その結果、キャリア形成のプロセスが途絶えてしまうわけで、将来の再就職を念頭に考えれば、人財という面でも大きな損失が日本のいまの働き方のなかにはあると思います。

画像2: 二極化の始まり

グローバル化の影響

ここまで述べてきた日本型雇用モデルを支えていた重要なファクターとして忘れてはならないのは、労使が一体となった生産性の向上、企業の競争力の向上です。ところが、企業の統廃合が行われ、合併、分社化が進むにつれ、企業を支えてきた社員の給与の引き上げなど、雇用条件の改善にも変化が起こるようになりました。さらに、これに追い討ちをかけるようになったのが、企業ガバナンスの変化であり、株主の声です。日本型雇用モデルが全盛であった1980年代前半までは、メインバンクからの借り入れで企業は投資を行っていました。つまり、メインバンクにとっては貸したお金が戻ってこないことが一番困るわけですから、自然と安定した企業経営を求めることになります。ある時はポンと利益が上がるけどそれは長続きしないというよりは、安定的に返せるような長期的視点が非常に重要になるわけです。したがって、そこから働き方に対しても長期的な雇用慣行といったものが広がりました。資金調達と終身雇用は一体であって補完的だということです。

ところが、1980年代後半から1990年代にかけて、社債や株式による直接金融という形での資金調達がメインとなってきます。当初は、お互いに企業間でそれらを持ち合っていますから、配当がどうかとか、株価が下がったということに対しては、比較的おう揚であったという面はあったと思います。ところが、1990年代の中頃に金融危機が起こり、山一證券の経営破綻(1997年)、北海道拓殖銀行の倒産(1997年)といったことが続き、この頃からファンドや外国人株主といったグローバル経済のウエイトが一気に高まっていきました。その結果、企業買収などを考えると配当や株価、さらには具体的な企業のROE(自己資本利益率)などに対する人々の関心が高まっていくことになります。経営者としても本来なら長期的視点を持ってやっていきたいわけですが、そういった短期的な足元の利益を無視することができなくなってしまう。ROEが下がると社長交代といったようなこともあり、どうしても短期的な視点も重要になってくる。そうすると、ROEを上げるために最も手っ取り早い方法というと語弊がありますが、やりやすいのはコストカットとなります。そして、収入を増やすよりはまずコストをカットする。コストのかなりの部分は人件費ですから、正社員の数を減らしていく形になります。給与についても抑制力が強くなってきますから、利益が下がったり、損失が出たりすると給与は下がる。一方、利益が出たからといって給与が上がるかというと、そのときは横ばいという状態が続いています。

人を減らせば仕事の負荷は増えるわけで、特にホワイトカラーの仕事量はなかなか減らず、結果的に長時間労働が是正されずに続いているということだと思います。

「第2回:時代の転換点として、働き方改革実現会議がめざすもの」に続く >

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