「日本の職人さんを絶やさないでくれ」という創業者・吉田吉蔵氏の遺言を固く守り、メイド・イン・ジャパンを貫く吉田カバン(株式会社吉田)。1997年の「TANKER」シリーズのブレイク以降、ブランドの知名度は高まり、その愛用者は日本中に増え続けている。2002年から3代目代表取締役社長を務める吉田輝幸氏に、同社の商品戦略と海外展開、さらに、同族企業の側面もある同社のこれからの経営について聞いた。
* CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)とは、2011年にハーバード大学のマイケル・ポーター氏らが提唱した経営戦略。その日本版として、一橋大学特任教授の名和高司氏が「J-CSV」を2015年から提唱している。

「前編:日本のカバン職人を絶やさない」はこちら >

画像: 吉田輝幸(よしだてるゆき) 1946年、株式会社吉田(通称:吉田カバン)の創業者・吉田吉蔵氏の次男として東京都に生まれる。1969年、慶應義塾大学商学部を卒業し、株式会社吉田に入社。商品管理部に配属され同社物流倉庫(当時)にて革製品の商品管理を約6年間経験したのち、商品部の革製品仕入れ担当、専務、総務・財務担当役員、副社長を歴任した。2002年、3代目代表取締役社長に就任。著書に『吉田基準』(日本実業出版社,2015年)

吉田輝幸(よしだてるゆき)
1946年、株式会社吉田(通称:吉田カバン)の創業者・吉田吉蔵氏の次男として東京都に生まれる。1969年、慶應義塾大学商学部を卒業し、株式会社吉田に入社。商品管理部に配属され同社物流倉庫(当時)にて革製品の商品管理を約6年間経験したのち、商品部の革製品仕入れ担当、専務、総務・財務担当役員、副社長を歴任した。2002年、3代目代表取締役社長に就任。著書に『吉田基準』(日本実業出版社,2015年)

経営とは「心」

――前編では、社長が吉田カバンに入社されて、商品管理部で倉庫番の仕事を任されたところまでお聞きしました。その後、どんなキャリアを歩まれたのですか。

吉田
倉庫番を約6年経験した後、商品部という部署で素材の仕入れを担当しました。カバンなどに使う牛革の原皮(げんぴ。縫製用になめす前の状態)は、輸入ですと8割がアメリカからの原皮です。この割合は今でもほぼ変わっていません。

アメリカで塩漬けにされた原皮をタンナー(革職人)さんが輸入し、なめしてから染色して「革」に仕上げる。タンナーさんは兵庫県の姫路市や和歌山県に集中していて、そこから東京の革問屋さんに革が送られてくる。革問屋さんが型押しなどの加工を施したものをわたしどもが見て、仕入れるかどうか判断する…という流れなのですが、革は生き物ですから、同じ染料で染めても出来上がりの風合いは一枚一枚違ってくる。その見極めが非常に難しかったですね。

商品部では15年ほど働きました。その後、専務として経理部門などを担当し、副社長を経て2002年に社長になりました。

画像: PORTERと並ぶ吉田カバンのブランド「LUGGAGE LABEL(ラゲッジ レーベル)」。発表は1984年。

PORTERと並ぶ吉田カバンのブランド「LUGGAGE LABEL(ラゲッジ レーベル)」。発表は1984年。

――お話を伺っていると現場でのご経験が長かったようですが、経営についてはどこで学ばれたのですか。

吉田
前編でもお話したように、最初の倉庫番の仕事でモノの動きを体感できました。それによって、どうやって商品の生産量を決めていかなくてはいけないのかといった考え方が自然と身につきました。父からは、経営とはこういうものだという直接的な話よりも、「大事なことは人間としてどうあるべきかであって、それが製品に表れる。お得意先さまに評価されるのはそういう点だ」と教えられました。

1994年に父が他界した時、正直に言うとわたしのなかで空気が抜けてしまったような感じがしてしまって、その時期はいろいろな本を読みました。たまたま本屋で京セラ株式会社の創業者・稲盛和夫さんの本を手に取ってみたところ、その中に出てくる「利他の心」という言葉に目が留まりました。人に迷惑をかけない、人を困らせない、人を助けなさいといった考え方です。生前に父からよく言われていたのと同じようなことだったので、驚きました。

それがきっかけで、稲盛さんが主宰なさっている経営の勉強会「盛和塾(せいわじゅく)」に参加させていただいています。稲盛さんのお話は仏教の精神が基になっていて、「人の心を良くすることができれば会社というのは決して悪くならない、そして結果は数字に表れる」。そういった話をよくされています。わたし自身も、経営とはスキルではなく、その人の心のあり方だと考えています。

社長室に入ったのは、たったの2回

――社長になられてから、経営面で一番大きく変えたことは何ですか。

吉田
特別、変えたことは無いですね。よく新聞などで、3年計画や5年計画といった経営ビジョンを打ち出して変革に乗り出そうとしている経営者の方の記事を見かけますが、そういった長期計画を立てると、かえって社員が動きにくくなるのではないかというのがわたしの持論です。例えば3年計画を立てたとして、3年目になっても目標を達成できそうになかったら、どこかで社員が無理をしなければいけなくなってしまう。でも単年計画であれば、仮に目標が達成できなかったとしても、次の年には取り返しがつく。そう考えて、わたしは単年主義で通しています。

画像: 革を漉(す)いている様子。"漉く"とは、縫い合わせる部分の革の厚みをそぎ落とす作業。

革を漉(す)いている様子。"漉く"とは、縫い合わせる部分の革の厚みをそぎ落とす作業。

吉田
それと…実はわたし、社長室が嫌いなんですよ。2回しか入ったことがありません。それも、撮影の都合で。

――すると、いつもどこにいらっしゃるのですか。

吉田
基本的に総務部のオフィスにいます。会社の状況がだいたいつかめますからね。例えば、今日必要な経費はいくらですなどといった情報を総務部員に確認して、自分のパソコンに入力して控えておきます。その後は定期的に社内を見て回ります。営業部にふらっと入っていって「何やってる?」なんて話しかけてみたり、生産関係の部署に行って「あの職人さん元気にしてる?」なんて聞いてみたり。そういう社員とのちょっとしたコミュニケーションが、すごく楽しいんですよ。

全社員との個人面談をしたこともあります。一人につき10~15分って決めて実施したのですが、その中に延々と1時間以上も話してくれた社員がいて。意外な発見がありましたね。「そんなこと考えてたんだ」って。「そういう意見はどんどん上に言えよ、怖がらなくていいじゃん」とその社員には言いました。本音が聞けるので、彼らにとってもメンタルな部分でプラスになるはずです。

経営者は、社員のモチベーションを下げてはいけないと思うのです。例えば、朝礼で「今月の売上は前年を割りました」なんて言うと、みんなモチベーションが下がってしまうじゃないですか。そんなことよりも、「あの店は最近どう?教えてくれよ」って聞けば、話してくれるじゃないですか。「いや、競合店に押されてるんです」「そうか。じゃあ、うちは別の商品を打ち出していけばいいな」という話ができる。そうすれば、「上の人たちは分かってくれてるんだ」と思って、その社員が頑張れますからね。

――社員に対して、否定的なことはおっしゃらない。

吉田
あまり言いたくないですね、否定的なことは。それに、発破をかけることもしないです。

敢えてターゲットを絞らない商品戦略

――御社の商品戦略としては、固定の消費者にリピーターになってもらう方針ですか。それとも、ユーザーをどんどん増やしていく方針ですか。

吉田
両方ですね。お客さまの中には「次、PORTERからはどんな新作が出るかな」と期待されているファンの方もいらっしゃいます。そういった声にもお応えしていきたいですし、これから増え続ける高齢者の方にも当社の商品をもっと使っていただきたいですね。

TANKERシリーズの一つに、小さめのショルダーバッグがあります。先日、空港でそれを身につけていらっしゃるご年配の女性二人組を見かけました。

画像1: 敢えてターゲットを絞らない商品戦略

男性のお客さまへの販売実績を作れている商品なので、そのお二人がどういう意図で購入なさったのかを知りたくなって、「実はそのカバンを作っているメーカーの責任者なんですけど」って…

――話しかけたんですか。

吉田
話しかけちゃったんです。そうしたら、お二人とも70歳以上で。まず、そのバッグは「ポケットが多いのでたくさんモノが入る」と。それから「年を取っちゃうとどこに何を入れたのか忘れがちだけど、内装のポケットが細かくわかれているので、どこに何を入れたかすぐ思い出せて便利だ」「軽いので、肩がこらなくていいわ」と。

画像2: 敢えてターゲットを絞らない商品戦略

しかもそのお二人は、昔主流だった肩掛けではなく、今どきの若い方のように斜め掛けにしてそのバッグをお使いになっていたのです。驚きましたよ。ご年配の方の使用を意識して作ったわけではないのですが、ご自身にとっての使い勝手の良さという視点から当社の商品を選んでくださった。非常にありがたいことですよね。

他にも、リュックサックにもブリーフケースにもなるTANKERシリーズの商品があるのですが、ある銀行の部長クラスの男性がスーツにネクタイの服装で、それをリュックサックとして背負っていたのを見たことがあります。部長クラスですから、50歳くらいの方です。

――TANKERのリュックサックと言えば、カジュアルなシーンに合うイメージが強いですよね。

吉田
そうですよね。でも、その方を見ていても、全然違和感が無かった。ですからこれからは、若者向け・高齢者向け、カジュアル用・ビジネス用ということではなく、ターゲットや使用シーンを限定しないモノづくりをわたしどもはしていこう、と。そのほうが面白いのではないかと考えています。

吉田カバンが世の中に伝えたいこと

――本シリーズのテーマとなっているJ-CSVは、世の中をよくすることを目的としながら、同時に利益も生み出す経営戦略です。吉田カバンとしては、カバンという商品を通じて世の中にどんなことを伝えていますか。

吉田
まず、お客さまが満足できるモノづくりを提供したい。その結果、当社の商品をたくさんの方にお使いいただくことでわたしどもの売上が伸び、利益が増え、税金として社会に還元されるという循環が生まれる。そして、とにかく職人さんや材料屋さんをいつまでも大事にしていかなくてはなりません。

――社会にとっての価値と、自社にとっての利益とを両立させるために大事なことは何ですか。

吉田
先ほどの「利他の心」、周りの人を幸せにするんだという姿勢、そしてどんな逆境にも絶対に負けないという強い心を、社員一人ひとりが持つこと。まずは、これが基本だと思います。

今の時代は、「おはようございます」「いただきます」「おやすみなさい」といった挨拶をする子どもが少なくなっているとわたしは感じています。これって人間としての基本ですよね。誰かが教えてあげればできるようになることですし、それを導いていくのが責任者の役割だと考えています。当社の営業担当者でしたら、お得意先に行ったら「毎度ありがとうございます」、帰る時には「よろしくお願いします」と必ず言うよう教育しています。そういうことができる集団からは、決して悪いものは出てこないと思うのです。その気持ちが職人さんや材料屋さんなどすべての方に伝われば、出来上がってくる商品にもきっと表れてきますから。

――社長にとって、カバンとはどんな存在ですか。

吉田
わたしにとっては、自分の心そのものですね。会社に入ってから、年を取るにつれてその思いが強くなっていますね。

――御社の商品で、社長の一番のお気に入りがあれば教えてください。

吉田
全商品、好きですよ(笑)以前は、紙袋に書類を入れて通勤してたんですよ。そうしたら、社員に「社長、なんでカバンを持たないんですか。困りますよ、カバン屋の社長なのに」って叱られまして…。最近は自社製の革のカバンで通勤しています。

今ちょうど持っているのは、この名刺入れです。もう、生産していない商品なのですが。

画像: 吉田カバンが世の中に伝えたいこと

――これは何の革でできているのですか。

吉田
キップと言って、生後半年~2年の牛の革です。3年くらい使っています。

他にいつも持ち歩いているのは、この象革のコインケースですね。1989年にワシントン条約で象の捕獲が禁止される前に、父が手縫いで作ってくれたものです。

画像: 創業者・吉田吉蔵氏が好んで作っていた馬蹄型のコインケース(象革)。現在、吉田カバンでは牛革の馬蹄型コインケースを製造しているが、すべて手縫いのため量産が難しく、不定期・数量限定で生産している。

創業者・吉田吉蔵氏が好んで作っていた馬蹄型のコインケース(象革)。現在、吉田カバンでは牛革の馬蹄型コインケースを製造しているが、すべて手縫いのため量産が難しく、不定期・数量限定で生産している。

吉田
父は、カバン用に裁断した革の余りで、こうした馬蹄型のコインケースをよく作っていました。この形状の場合、実はミシンよりも手縫いのほうが細かく正確に縫うことができます。ただ、かなりの手間がかかるので、開閉する部分を糊付けにしているメーカーが多いのです。

――糊付けですと、使い続けているうちに開閉部分がはがれてきませんか。

吉田
そうなのです。しかし、このコインケースはすべて手縫いです。わたしの知人に、当社製の馬蹄型コインケースをお使いになっている方がいます。ある時、外出中にポケットからそのコインケースが落ちてしまい、車にひかれてしまった。もう使えないか…と思って拾い上げてみたら、全然切れておらず、形も元通りにできたそうです。

――手縫いのすごさが伝わってくるエピソードです。

吉田
「片手が入るスペースさえあれば、どんな細かい部分だって縫える。それが手縫いだ」というのが父の口癖でした。そして、「ひと針ひと針、魂を込めて縫わなくてはいけないよ」と。こうした父の教えは、「一針(いっしん)入魂」という当社の社是になっています。

会社の軸をぶらさない

――御社は現在、国内に直営店3店舗とオンリーショップ(フランチャイズ契約により吉田カバンの製品のみを販売する店舗)19店舗を展開されています。メーカーだけでなく小売業の側面もあるわけですが、普段、一般の得意先をご覧に行かれることはありますか。

吉田
ありますよ。やっぱり、他社さんの商品は気になりますから。オフの日にはよくカバン屋さんに行くんですよ。ジーパンなんか履いて、普段着で。ところが店長さんにはもうわたしの顔が知られているので、お店に入った途端に「今日はお休みのところすみません」なんて挨拶されてしまって(笑)結局、当社の商品棚に案内されて…。だから最近は、他社さんの情報は担当から報告を受けることが多いですね。

――そのほか、オンリーショップは香港に3店舗、マカオに1店舗、台湾に5店舗ありますが、今後の海外展開についてはどうお考えですか。

吉田
今すぐに店舗を増やす予定はありません。ただ、現在でもニューヨークやパリで行われる展示会には出展していますし、当社の商品に興味を持たれた欧米のいくつかのセレクトショップが販売してくださっています。もし、そういった動きがもっと大きくなっていけば、海外の消費者の皆さんのニーズにお応えするために、やはり現地に旗艦店が必要になってくるのではと感じています。

画像: 会社の軸をぶらさない

――御社は初代がお父さまの吉蔵さん、2代目がお兄さまの滋さん、そして3代目と続いてきました。これからも経営者は世襲制で行くのですか。

吉田
世襲で行きます。なぜ世襲制が良いかというと、会社の柱が常にしっかりしていて、ずっと真っ直ぐに続いていくからです。世襲でなくいろいろな人が頻繁に代替わりするようになると、組織が乱れていってしまうと思うのです。会社の方針がぶれてくると、最終的にはお客さまにご迷惑をおかけすることになりますからね。そうならないように、きっちり吉田家から人を出していく。もちろん、支えてくれる社員からの理解があるというのが大前提です。

今、わたしの息子が常務を務めています。彼はイタリアに4年、アメリカに1年いたので、海外の事情には詳しい。当社のデザイナーが海外から刺激を受けてさらに成長していくためにも、その橋渡し役としての重要なポジションを任せています。彼には、後継者として、社員みんなから尊敬されて、会社をしっかりとリードしていける人間になれということを口うるさく言ってきました。最近はもう、話をする機会が無いくらい海外を飛び回っていますよ。

息子をはじめ、後に続く世代にも「一針入魂」の精神や「利他の心」といった教えをしっかりと引き継いでいきます。そして、これからもメイド・イン・ジャパンのモノづくりにこだわり続けていきたいですね。

J-CSV提唱者の視点

名和 高司 氏(一橋大学大学院国際企業戦略研究科 特任教授)

数年前、「メーカームーブメント」がもてはやされた。3Dプリンターさえあれば、だれでもメーカーになれる「第3次産業革命」の到来と喧伝された。かと思うと今度は、IoTやAIを駆使した「第4次産業革命」が一大ブームとなっている。

しかし、デジタル化が進めば進むほど、逆にアナログ技術の希少価値が光る。匠の技がもたらす質感は、3Dプリンターでは再現しようがない。また、AIには最高の品質を再現する力はあっても、ゼロから作り出す力はない。今こそ、ゼロから新しい商品を生み出す匠の技が、改めて求められているのだ。

吉田カバンは、職人技への依存や国内生産へのこだわりなど、一見時代の流れに背を向けた事業モデルを貫いているように見える。しかし、だからこそ、流行に消費され、すぐに風化することのない、本質的なモノづくりの価値を守り抜いてきたのだ。

日本には、職人気質の中小企業が、あちらこちらに点在している。吉田カバンは、全国の工房と材料屋を束ねて、それらの伝統技術を守り抜いている。この中小企業群を束ねる「編集力」こそ、前々回のスノーピーク、前回の中川政七商店同様、J-CSVの成功の方程式だ。

吉田カバンの質感が、海外市場でもブレイクする可能性は十分ある。吉田輝幸現社長のご子息が同社のグローバル成長の導線に火をつけることができれば、同社は日本発CSVとして世界からも注目されるに違いない。

This article is a sponsored article by
''.