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株式会社千疋屋総本店 代表取締役社長 大島博氏
1998年、高級フルーツの老舗・株式会社千疋屋総本店の6代目当主となった大島博氏。バブル景気崩壊後の社会情勢を前にして、江戸時代から築き上げてきたブランドを根本から再構築する決意をした。それが、2001年に始まった「ブランド・リヴァイタル・プロジェクト」だ。プロジェクトの全貌と真意、そして同社がめざすこれからの千疋屋像に迫るとともに、大島氏が考える永続企業の条件について聞いた。

前編:千疋屋は、いかにして180年続いてきたのか >

幕末以来のターゲット修正

――前編では、代表取締役社長に就任された大島さんが2001年に「ブランド・リヴァイタル・プロジェクト」を立ち上げたところまでお聞きしました。具体的にはどんな取り組みをされたのですか。

大島
会社のコンセプトを見直すために、まず一般消費者アンケートを行い、世間から千疋屋がどう見られているのかを把握しました。その結果、わたしも感じていたように「敷居が高すぎる」「手が届かない」といった印象を持たれていることがわかりました。

そういった千疋屋のポジショニングを変えていくために打ち出したのが「ひとつ上の豊かさ」というコアバリューです。確かに高級な商品を扱っているけれども、ちょっと手を伸ばせば届くところにあるお店。そこをめざしていこうと考えました。

――それは、高級志向ではない客層にターゲットを変更するということですか。

大島
いいえ、高級志向のお客さまはわたしたちにとってとても必要です。ですからその客層を大切にしつつ、さらにターゲットを拡げて、中間所得層の方も手の届く商品を並べようと考えました。弊社の場合、メロンですと1個数万円しますし、リンゴでも1個2,000~3,000円します。そういった商品ばかりでは、多くの客層にとっては「手が届かない」ままです。

そこで、加工品に力を入れることにしました。ケーキをはじめとするスイーツや、ジャムやゼリーなどの瓶詰め商品です。そういった商品を充実させることで、これまであまり千疋屋の商品に馴染みの無かった客層の方々に、千疋屋の味を知っていただく。そして将来、ギフトなどに千疋屋の高級フルーツをお使いいただく。加工品は、そのための取っ掛かりと考えています。

画像: 幕末以来のターゲット修正

「東京みやげ」としての千疋屋

――商品のほかに、大きく変えたことは何ですか。

大島
やっぱり千疋屋は東京のブランドですから、「東京みやげ」としての路線をもっと強化しようと考えました。そこで、羽田空港や東京駅といったターミナルに重点的に店舗を展開しました。さらに、地方にお住まいのお客さまがお持ち帰りしやすいよう、1個何万円もするフルーツではなく、ケーキを中心とした加工品をご提供することにしました。

同時に、千疋屋の知名度をもっと上げていく取り組みにも着手しました。アンケート調査では、地方における知名度は低くないという結果が出たのですが、「何のお店なのかわからない」という回答も中にはあって。そこで、地方の百貨店で時々開催している「東京うまいもの市」といった期間限定イベントに積極的に出店しました。地方の方が東京にお越しになった際に、おみやげに千疋屋をご利用いただくためです。

また、弊社の年間売上で一番多い、お見舞い品としての用途を地方のお客さまにも普及させていただくため、インターネット販売を始めました。その際にはブランド力が大事になるので、ロゴや包装紙、容器のデザインといったビジュアルの部分は、今の時代に合わせたものにすべて変えました。

画像: 千疋屋総本店の新旧ロゴマーク。左がブランド・リヴァイタル・プロジェクト前。右が現在のもので、収穫の女神「デーメテール」の横顔がモチーフになっている。

千疋屋総本店の新旧ロゴマーク。左がブランド・リヴァイタル・プロジェクト前。右が現在のもので、収穫の女神「デーメテール」の横顔がモチーフになっている。

――これまでの会社のスタイルを大きく変えることに対して、社内からの反発はなかったのですか。

大島
当時はまだ父が代表取締役会長として残っていてプロジェクトに反対していたので、社員がどちらを向けばよいかわからない状態にありました。特に、ずっと父のもとで番頭さんとしてやってきた古参の社員は、どうしても父のほうを向いてしまう。でも数年後、売上がプロジェクト前の約3倍になったことで、父をはじめ反対していた社員たちも納得してくれました。

インターネットの時代こそ、リアル店舗

――ブランド・リヴァイタル・プロジェクトが始まって15年ほどになりますが、ゴールは見えてきましたか。

大島
ゴールは無いですね。こういった変革は代々の当主がやってきたことですし、わたしの次の代でも時代に合わせて何かしら変革が行われると思います。それに、いわゆるIoT(Internet of Things)の発達によってスーパーのレジ係が不要になるなど、今後10年の間に接客業も様変わりするでしょう。ただ、高級フルーツという特殊な商品を扱う弊社にとって、人の力は非常に大事だとわたしは考えています。リアルな店舗が無いと、インターネット販売もうまく行かない。

画像: 日本橋本店

日本橋本店

――リアルな店舗が必要な理由を詳しく教えてください。

大島
会社のシンボルとしても必要ですし、わたしたちはフルーツの知識をお客さまにご提供できる存在でありたい。好奇心の強いお客さまですと、用事で日本橋までお越しになったついでにお店を覗かれる方も結構いらっしゃいます。そうした時に、売り場の一人ひとりの社員が、どんなフルーツが置いてあるか、産地はどこか、量販店で売られているものとどう違うかを説明できないと、千疋屋の価値は無いとわたしは思っています。

――以前、御社の店舗でバナナを1本だけ購入したことがあったのですが、店員さんが「明日と明後日が食べ頃です」と教えてくださって、とても丁寧に対応してくださいました。

大島
ありがとうございます。わたしたちは生産者ではないので、「食べ頃をお伝えするのが仕事だ」と考えています。どんなに品物が良くても、一番おいしく食べていただける時期を逃してしまうと、せっかくお買い上げいただいた意味がなくなってしまいますから。すべてのフルーツの食べ頃がわかる“目利き”になるには、10年くらいかかります。

――10年。なぜそんなにかかってしまうのですか。

大島
1年間のうち、旬の1カ月程度しか店頭に並ばないフルーツがいっぱいありますからね。しかもその年の気候によって出来が違ってきますし。

――社員の味覚はどうやって鍛えているのですか。

大島
素直においしいもの、例えば弊社のお店で売っているフルーツを全部食べさせます。今の季節に入ってくるフルーツと言えばミカンですが、まず入荷したての時期に、そして少し日にちが経ってからも食べさせます。だから、試食は欠かせません。あと、春と秋に社員旅行とセットで産地の見学にも行っています。中でも静岡県の袋井市は看板商品であるマスクメロンの産地ですので、毎年訪れています。

こうした社員教育はブランディングにおいて非常に重要ですので、わたしの代になってから特に力を入れています。単なる接客ではなく、一つの店舗を経営できる能力を社員には身につけてほしい。現在、都内に十数店舗ありますが、店によって売れ筋商品が違いますし、顧客層も異なるので品揃えやディスプレイに少しずつ変化をつけています。自分が所属している店舗がどういった方をお客さまにしていて、どんな売り方をしていくべきかを一人ひとりに考えてもらうために、必要な基礎知識を付けさせています。

――その社員教育は、OJTで行っているのですか。

大島
販売士という日本商工会議所の公認資格を、入社したら必ず取得させています。検定試験では、販売に必要な商品知識や販売技術、仕入れ、在庫管理、マーケティングといった知識が問われるので、お店をマネジメントできる知識はそれで網羅できるのです。3級から1級まであって、3級は売り場の販売員レベル、2級は売り場の管理者レベル、1級は店長や経営者クラスの知識が求められます。弊社の社員には、とにかく3級は必ず取得させて接客マナーなどの基礎知識を身につけてもらっています。

千疋屋ブランドとは何か

――御社の場合、競合になるのはどんな企業ですか。

大島
同じ業態の企業が無いのでどこが競合という意識は持っていないのですが、いい意味で本当にライバルなのは、のれん分けした株式会社京橋千疋屋(1881年創業)と株式会社銀座千疋屋(1894年創業)。弊社とは資本関係になく、それぞれ独自に経営をしているのですが、やはり同じ千疋屋ブランドとしてクオリティを揃えなければならない。そこで2008年から「千疋屋3社交流会」といって小売、製菓、人事、総務といった部門ごとに、毎回テーマを決めて会議をしています。例えば製菓部門でしたら、各社の商品を持ち寄って試食会をしています。

――そこではどんなやりとりがされているのですか。

大島
他店の味を批判するようなことはしませんが、味の違いって自ずとわかるじゃないですか。もし「うちより他社のほうが美味かったな」となれば、そこに追いつけるように努力する。例えばイチゴショートケーキの場合、使うイチゴの品種ももちろん違いますし、生クリームにしても、植物性のものと動物性のものをどのくらいの配合にするかによってちょっと味が変わってきます。それからフルーツサンドという商品ですと、使用している生クリームの中にサワークリームをちょっと入れて違いを出している場合もあります。マニアックなお客さまは3社それぞれの商品を食べ比べて、ご自分の好みをお持ちです。それが評判として、インターネットによって広がっていくわけです。

画像: 千疋屋ブランドとは何か

大島
3社で味を統一しようというわけではないのですが、こうして定期的に試食会を重ねることで、明らかに千疋屋の雰囲気から外れているような商品は自然と無くなっていきますよね。ただ、フルーツに関してはメロンでしたら糖度14度以上、ミカンの場合は12度以上といった基準は共有しています。

――千疋屋ブランドを、一言で表すとどうなりますか。

大島
おいしいフルーツを売るお店ですから、やっぱり「信頼」ですかね。

――千疋屋のフルーツだったら間違いない、と。

大島
そう思っていただける存在でありたいですね。ギフトとして弊社のフルーツをお使いいただく場合、ご自分で召し上がらずにお買い上げになるお客さまが多いので、わたしたちがフルーツの目利きにならないといけませんから。

――ブランディングにおいて一番大切なことは何でしょうか。

大島
その企業のコアとなる価値をぶれさせないことだと思います。弊社の場合、フルーツという軸があります。それはこれからも変わらないと思います。

永続企業の条件

――御社は創業から180年以上経ちますが、会社を永続的に成長させていくために、経営者が一番やらなければいけないことは何だと思われますか。

大島
その時代のお客さまのニーズをとらえること。それから、先ほど申し上げた信頼をお客さまから得るために、商品もさることながら、接客や店舗といったものも時代に合わせて展開していくことだと思います。50年後、100年後、世の中がどうなっているかわからないですからね。その時々に臨機応変にやっていかないと、会社として長く続かないですよね。弊社の場合は、先祖がフルーツという題材を選んでくれてラッキーでした。食品ですから、いつの時代も世の中から必要とされる仕事ですので。

画像: 永続企業の条件

――これから、千疋屋総本店をどんな存在にしていきたいですか。

大島
基本的に今の路線は変えませんが、ここのところ外国人観光客が増えているので、日本のフルーツを海外のお客さまにも是非味わっていただきたいですね。わたしは海外に行った時にもよくフルーツを食べるのですが、やっぱり日本のものは品質が優れていますし、味だけでなく見た目も一番だと思っています。日本のように、四季があって多種多様なフルーツが採れる国は他にないですから。

ただ、生のフルーツですと国によっては検疫で引っかかるため、手みやげに使うことができません。そこで加工品を徐々に展開していこうと考えまして、バンコクやシンガポール、香港などの日系デパートさまに加工品だけのコーナーを出しています。

――味は現地に合わせているのですか。

大島
いいえ、もう日本の味そのままです。東南アジアのような暑い国では、特にゼリーがおいしいと感じられているようです。味だけでなく、着色料を極力使っていないという点でも好評です。そのほか、中東はフルーツの検疫の無い国が多いので、すでに販売を開始しています。メロンや宮崎マンゴーといった酸味が無く甘味の強いフルーツが人気で、コンテナ単位で大量に発注いただいています。ゆくゆくは海外向けのインターネット販売もできたらと考えています。そして、千疋屋の味を日本国内だけでなく世界にも広めていきたいですね。

画像: 大島博(おおしまひろし) 1957年、千疋屋総本店五代目・大島榮一氏の長男として東京都文京区に生まれる。1981年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、ニューヨーク大学に留学。その後渡英し、ロンドン大学で老舗経営学を専攻。帰国後、輸入代行業会社での勤務を経て、1985年に株式会社千疋屋総本店に入社。貿易部長、常務取締役などを歴任し、1998年に六代目当主として代表取締役社長に就任。2001年「ブランド・リヴァイタル・プロジェクト」を立ち上げ、千疋屋総本店のブランド再構築を断行した。

大島博(おおしまひろし)
1957年、千疋屋総本店五代目・大島榮一氏の長男として東京都文京区に生まれる。1981年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、ニューヨーク大学に留学。その後渡英し、ロンドン大学で老舗経営学を専攻。帰国後、輸入代行業会社での勤務を経て、1985年に株式会社千疋屋総本店に入社。貿易部長、常務取締役などを歴任し、1998年に六代目当主として代表取締役社長に就任。2001年「ブランド・リヴァイタル・プロジェクト」を立ち上げ、千疋屋総本店のブランド再構築を断行した。

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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