今、日本ではダイバーシティ経営の必要性が声高に叫ばれている。多様な人材の活躍を支援し、より競争力を高めるため、大企業はさまざまな取り組みを展開。しかし、その多くは女性や外国籍社員などの活躍に主眼を置いたものであり、LGBT*をはじめとする性的マイノリティの視点に立った職場づくりに取り組む企業は少ない。そんな現状を変えようと立ちあがったのが、NPO法人虹色ダイバーシティ代表の村木真紀氏だ。村木氏自身、LGBT当事者として職場での苦痛を経験してきた過去を持っている。LGBT当事者を取り巻く社会の現状と職場の問題について、実体験を踏まえて語ってもらった。
* LGBTとは、L:レズビアン、G:ゲイ、B:バイセクシュアル、T:トランスジェンダー(出生届の性別と自認する性別が一致しない人)を指す。
画像: 村木真紀(むらきまき) 特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ代表。1974年、茨城県生まれ。京都大学総合人間学部卒業。大手ビール会社や外資系コンサルティング会社などでの勤務を経て、2012年に虹色ダイバーシティを設立。2013年、NPO法人化。LGBT当事者としての実感とコンサルタントとしての経験を活かしてLGBTと職場に関する調査・講演活動を行い、大手企業や行政などでの講演実績多数。2015年「Googleインパクトチャレンジ賞」、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016 チェンジメーカー賞」、2016年「日経ソーシャルイニシアチブ大賞 新人賞」受賞。著書に『職場のLGBT読本』(実務教育出版,共著)。

村木真紀(むらきまき)
特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ代表。1974年、茨城県生まれ。京都大学総合人間学部卒業。大手ビール会社や外資系コンサルティング会社などでの勤務を経て、2012年に虹色ダイバーシティを設立。2013年、NPO法人化。LGBT当事者としての実感とコンサルタントとしての経験を活かしてLGBTと職場に関する調査・講演活動を行い、大手企業や行政などでの講演実績多数。2015年「Googleインパクトチャレンジ賞」、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016 チェンジメーカー賞」、2016年「日経ソーシャルイニシアチブ大賞 新人賞」受賞。著書に『職場のLGBT読本』(実務教育出版,共著)。

実は少なくない、日本のLGBT

――虹色ダイバーシティとは、どのような活動をしている団体なのですか。

村木
LGBTなどの性的マイノリティがいきいきと働ける職場づくりをめざして、調査研究、コンサルティング、情報発信の3つを軸に活動しています。性的マイノリティとは、好きになる相手の性別(性的指向)が「異性だけ」ではない人(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルなど)、あるいは、出生届に書かれた性別と自認している性別(性自認)とが一致しない人(トランスジェンダー)など、性的指向、性自認が少数派の人々を指します。私自身は、レズビアンに該当します。

――日本にはどのくらいの性的マイノリティの方がいらっしゃるのでしょうか。

村木
いくつかの機関から調査結果が出ていますが、日本の人口の数%、5~8%が性的マイノリティだと言われています。つまり、20人以上の職場だったら少なくとも1人はLGBT当事者がいてもおかしくないということです。海外の調査では3~10%という結果が出ています。

画像: *1 非当事者:性的マイノリティに該当しない層 *2 アセクシャル:無性愛者。特定の人を性的に好きにならない人。

*1 非当事者:性的マイノリティに該当しない層
*2 アセクシャル:無性愛者。特定の人を性的に好きにならない人。

村木
日本ではLGBTであることを職場でカミングアウトしている当事者がまだ少ないため、そういった人たちがどんな困難を抱えているのかが見えない。そこで私たちは、まずデータを取ろうと考えました。それが活動の1つ目、調査研究です。国際基督教大学ジェンダー研究センターと共同でLGBTに関する職場環境の調査をしたり、株式会社LIXILさまと共同でトイレに関する調査を行ったりしています。

メインの活動は2つ目のコンサルティングで、企業や行政のLGBT施策を支援しています。中でも多いのが、LGBTに関する社内研修です。そのほか、どんな社内制度を作ればよいか、LGBT当事者の社員からのカミングアウトにどう対応すればよいか、といった個別の相談にも乗っています。3つ目の情報発信としては、冊子づくりや一般向けの講演、メディアからの問い合わせへの対応を行っています。

――虹色ダイバーシティを立ち上げたきっかけは何だったのですか。

村木
きっかけは2011年です。当時私はうつ状態で休職しており、外出できず、一日中自宅で過ごす生活を送っていたのですが、その時期に東日本大震災が起きてしまって。テレビに津波の映像が繰り返し流れるのを毎日見ていて、精神的にとてもつらくなってしまいました。そこで、たまたま同時期に同じくうつで休職していたレズビアンの友人と二人でお茶をすることにしました。お互いの職場の話をしているうちに「なんでこんなにしんどくなっちゃったんだろう」「ここで働いても報われる気がしない」と、二人とも同じことを感じているなと気付いたんです。

はじめは、女性だから働きにくく感じるのかと思っていました。でも、私が当時勤めていたのは待遇に男女差のないベンチャー企業でしたし、友人が勤めていたのは女性の働きやすさではかなり上位に入る大手企業でした。となると、やはり自分たちがレズビアンだからなのかなという考えに至り、海外のLGBT問題はどうなっているのか調べ始めました。

そうしてたどり着いたのが、イギリスのLGBT団体ストーンウォールが実施した、LGBTと職場に関する調査報告書でした。それを読むと、私と友人が職場で感じていた苦痛と同じようなことが書いてあり、LGBTが働きやすい職場づくりに取り組んでいる企業のリストまで載っている。これを日本でもやったらよいのではと考えて資料にまとめて、野村證券株式会社さまにご意見を聴きに伺いました。同社がリーマン・ブラザーズのヨーロッパとアジア拠点の部門を継承した頃で、LGBT施策に取り組もうとしていると聞いていたからです。資料を見せたらすごく面白がってくださって、社内で一度講演してみないかとご依頼いただいて。それが虹色ダイバーシティとしての活動の始まりですね。

――その講演では、どんな話をなさったのですか。

村木
私自身のライフストーリーと、海外のLGBTの状況について話しました。「LGBT施策を、行政ではなく企業がやっているんですよ」と。

そこから口コミで「話を聴きたい」という企業が増えていって。もともとは、会社員をしながら副職として活動を続けるつもりだったのですが、講演の依頼が増えて有給休暇が取れなくなってしまいました。どうしようかなと思っていた時に、ちょうどアメリカのオバマ氏が大統領に再選して、就任演説でLGBTにも触れたんです。歴代の大統領で初めてのことだったので、「波が来た。やるなら今なのかな」と思い、虹色ダイバーシティをNPO法人化しました。それが2013年でした。

「もう地元では生きていけない」と思った

――村木さんのライフヒストリーを教えていただけますか。

村木
1974年に茨城県の南部で生まれました。実家は農家です。子どもの頃は女の子扱いされるのが嫌でしたね。七五三の着物を着るのが嫌で、大泣きしたのを憶えています。でも、男の子になりたいとまでは思いませんでした。

小学校では、男の子に混じってサッカーをしていました。でも高学年のスポーツ少年団では、女子はサッカーをやらせてもらえなくて。仕方なくバスケットボールをしていました。本当はブルマ―なんて履きたくなかったのですけれど…。それでも、中学校と高校は制服がスカートの学校だったので、女性とみなされることにだんだんと慣れてきて、自分が女性であることは「まあ、いいか」と、受け止められるようになりました。

画像: 「もう地元では生きていけない」と思った

村木
自分がレズビアンだと確信したのは高校生の時です。そういう人は、茨城県内で私だけなんじゃないかって本気で思っていました。身近にカミングアウトしている大人がいませんでしたし、今のようにインターネットもなかったですからね。だれにも言えないし、もう地元では生きていけないと思って、敢えて関西の大学に進学しました。都内の大学だと、実家からギリギリ通えてしまう距離だったので。

――どうやってご両親を納得させたのですか。

村木
「行きたい学部があるから」と。私、京都大学総合人間学部の1期生なんです。専攻は生物学で、ダイバーシティという言葉は生物学の用語として知りました。生物の多様性という意味でのダイバーシティですね。

――レズビアンであることを、初めてご自身以外の人にカミングアウトしたのはいつですか。

村木
大学時代です。学生寮でルームメイトになった先輩に。2人部屋だったので、言わなきゃいけないかなと思って。その先輩はとてもポジティブに受け入れてくれました。自分でもびっくりするくらい泣いてしまいました。体がリアルに震えたのを憶えています。

それからは、はじけましたね。1990年代、ちょうど世の中でHIVの話題がたくさん出ていた時期で、LGBTの仲間とチャリティーのクラブイベントをしていました。HIVに関する活動に参加することで、やっと自分以外のLGBTに出会うことができたんです。だから学生時代はすごく楽しかったですね。

――大学卒業後はどんな道に進んだのですか。

村木
大手ビール会社に就職しました。就職活動で最初に内定をいただいた企業でしたし、ちょうどビール好きだからいいかなと思って。レズビアンであることを同僚にカミングアウトするなんて、まったく考えていなかったです。

繰り返された転職

村木
ところが実際にビール会社で働き始めると、とても困ったことに直面しました。社会人になってからも週末はLGBT関係のボランティア活動に参加していたのですが、それは職場では言えない。でも飲み会に行けば、当然こんな会話になります。「週末どこか出かけた?」「クラブイベントに参加して、楽しかった」「今度連れて行ってよ!」「・・・(うーん、どうしよう)」そんなやりとりがとてもつらかった。いつの間にか、飲み会を避けるようになってしまいました。

本当は飲みに行きたいんですよ。ビールが好きでそこに就職したくらいですし、職場でみんなが昨日の飲み会の話をしているのを一人忙しい振りをしながら聞いているのは、やっぱり寂しい。でもプライベートなことは聞かれたくない…。そんなことが重なって、ビール会社は3年ほどで辞めてしまいました。

ビール会社の次は家具会社、外資系コンサルティング会社、議員事務所、そしてITベンチャーと、いずれも3年くらい働いては転職するということを繰り返して、現在に至ります。

――転職を繰り返した共通の理由は何だったのでしょうか。

村木
なんとなくチームに馴染めなかったから、だと思います。やっぱり、プライベートな話を職場でできてなかったので、チームの一員になれていない気がしていました。

こういうふうに転職を繰り返してしまうのは、自分の性格に原因があるのだとずっと思っていました。ところがLGBTの友達にも同じように転職を繰り返している人が多かったので、LGBTであることも関係していたのでは、と今にして思います。

――どの職場でもカミングアウトはしなかったのですか。

村木
一度だけしました。最後に勤めたベンチャー企業で、うつによる休職から復帰した時に、向かいの席にいた同僚の女性に。その時すごくほっとしたんです。だれかに知ってもらうとこんなに楽になるんだなって気付かされました。そこから、ずっと避けていた飲み会やランチに行けるようになりました。

それまでは、同僚にプライベートなことを突っ込まれないようにつじつまを合わせなければいけないと考えて、仕事以外の部分に余計な労力をかけていたのだと思います。プライベートな会話って、職場では意外とよく交わされているんですよね。同僚の家族関係ってすぐわかるじゃないですか。奥さんがいるとか、子どもが何人いるとか。そういった日常会話がやっぱりできていなかった。

LGBTと非当事者の、かけ離れた実感

――日本の企業の職場で、LGBT当事者がカミングアウトできない理由は何なのでしょうか。

村木
それは、職場だけの問題ではないのです。多くの当事者がLGBTだと自覚するのは学齢期です。小学校、中学校、高校。その時期に、LGBTに関するポジティブな情報を与えられていない。ちょっと女の子みたいな男の子はいじめの対象になってしまうことが多いですし、わたしがそうだったように、女らしくない女の子も周囲にからかわれる。「男らしさや女らしさからはみ出すのはよくないことだ」というメッセージを社会が発しているんですね。LGBT当事者がカミングアウトできない理由は、学校教育にその源流があると私は考えています。当事者自身が「自分はこれでいいんだ」と心から思えないのに、それを周囲に打ち明けられるはずがありません。

LGBTが普段の職場でどう感じているかは、データで見るとわかりやすいです。例えば、自分がLGBT当事者であることで求職に困難を感じている人は多い。特にトランスジェンダーは7割もの人が困難を感じています。

画像: 虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターによる共同研究 2016より

虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターによる共同研究 2016より

村木
カバンから靴から、身に着ける物がことごとく男女別になっている状況は、トランスジェンダーにとって相当にハードです。さらに、正社員としての採用時には住民票の提出を求められる。そこには性別の記載欄があります。例えるなら、格好が太郎さんなのに証明書の上では花子さんということになる。それもあって、女性・男性として扱われたくないトランスジェンダーは、非正規の職や日雇いの仕事を転々としているのです。これは貧困に結びつくと考えられます。

職場で性的マイノリティに対する差別的言動があると感じている人もすごく多いですね。

画像: 虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターによる共同研究  2016より

虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターによる共同研究 2016より

村木
ここで問題なのは、LGBT当事者の6割近くが「差別的言動がよくある」と感じているのに、非当事者は約3割しかそう感じていない点です。だいぶ差がありますよね。

――実際に周囲で差別的言動があっても、非当事者はあまり実感していないということでしょうか。

村木
おそらく、同じ職場にいてもLGBTと非当事者とで、感じ方は異なるでしょう。差別的言動がある職場のLGBT当事者は、職場の深い人間関係を避けがちになります。すると、何か他の問題、例えば待遇への不満などが生じた時に、職場の誰かに相談するのではなく、「もうここにはいたくない。他に転職しよう」と安易に考えてしまうケースが多い。私も実感したことなので、よくわかります。

――性的マイノリティに対する差別的言動の具体例があれば教えてください。

村木
LGBTに関するアンケートで出てきた例なのですが、わかりやすいのは「ホモ」「おかま」「レズ」といった差別語ですね。それから、いわゆるオネエタレントを指して「ああいうの気持ち悪いね」ですとか、独身男性に対して「おまえには女よりゲイのほうがいいんじゃないか」といった発言。あるいは、宴会で男性が女装して笑いをとるといった行為なども挙がっています。

言われた本人が本当にそうだったらすごく傷つきますし、例え自分のことを言われているわけではなくても、LGBT当事者は不快に感じるものです。絶対にこの職場ではカミングアウトしないでおこうと思ってしまう。そこでコミュニケーションの壁ができてしまうのです。

アンケートをとって意外だったのは、「結婚しないの?」「早く彼女つくったら?」といった結婚や子育てに関する発言が多く挙がったことです。これらの発言は、セクハラにも該当しますよね。本人のアイデンティティーに関わる話題なので、LGBTは非当事者以上に敏感にとらえているのだと思います。この結果から、LGBTが嫌な思いをしないで働ける職場というのは、非当事者にとっても働きやすい職場でもあるのだと気付きました。そういう意味では、LGBT施策は他のダイバーシティ施策とセットで行うことが重要なのだと思います。

(後編に続く)

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