人工知能(AI)の原点は、コンピュータ開発の歴史の中で、「人間のような知能を持つ機械をつくる」ことにあった。その後、二度の大きな挫折を経て、AIは今、コンピュータの高速化とビッグデータ解析技術の進展を背景に、飛躍的に進化を遂げつつある。そうした中、現在、日立が社会実装を進めるのは、「人間の能力を代替するAI」ではなく、「人を支援し、ビジネスに役立つAI」である。日立のAIを紹介するとともに、経営にAIを有効活用するための組織や人のあり方、経営者の心構えについて、デジタルトランスフォーメーションにおける組織論に詳しい一橋大学教授の神岡太郎氏と、日立のAI研究に携わる森脇紀彦に話を聞いた。
画像: 神岡 太郎氏 一橋大学大学院商学研究科 教授。工学博士。マーケティングや情報システムが企業全体としてどう機能するか、企業の競争力にどのように結びつくかを研究対象としている。研究論文以外に、共著として『マーケティング立国ニッポンへ』(日経BP社、2013年)、『CIO学』(東大出版会、2007年)などがある。

神岡 太郎氏
一橋大学大学院商学研究科 教授。工学博士。マーケティングや情報システムが企業全体としてどう機能するか、企業の競争力にどのように結びつくかを研究対象としている。研究論文以外に、共著として『マーケティング立国ニッポンへ』(日経BP社、2013年)、『CIO学』(東大出版会、2007年)などがある。

画像: 森脇 紀彦 株式会社 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ 知能情報研究部 部長。博士(工学)。電子情報通信学会、経営情報学会、AIS(Association for Information Systems)の会員。現在、AIや人間情報システムの研究開発に従事。

森脇 紀彦
株式会社 日立製作所 研究開発グループ システムイノベーションセンタ 知能情報研究部 部長。博士(工学)。電子情報通信学会、経営情報学会、AIS(Association for Information Systems)の会員。現在、AIや人間情報システムの研究開発に従事。


第1回:人間の支援をめざす日立のAI >

AIは人間の意思決定に役立つか

ーー第1回では、日立が社会実装を進めている人工知能「Hitachi AI Technology/H」(以下、Hという)の特長と成果、データ活用における課題についてお聞きしました。そのほか、現在、日立で進めているAIの取り組みについて教えてください。

森脇
人と論理的な対話を可能とする人工知能システムの研究開発も進めています。これは、与えられた議題に対して、大量の文書の中から、賛成あるいは反対の観点に基づいて意見を述べた短い文章を自動で出力するAIです。

例えば、「社用車に電気自動車を導入すべきである」という議題を入力すると、賛成理由として「環境によい」、反対理由として「コストがかかる」などと、複数の観点から回答します。さらに、根拠となる事例を、ニュース記事や白書、調査報告書などから抜き出して提示するのです。

いうなれば、この論理的な対話を可能とする人工知能システムは経営判断に資するAIと言えます。過去の事例や判断の根拠となるテキストを、膨大なドキュメントの中から検索して提示することで、事業機会やリスクを定量的に洗い出し、意思決定の際の判断材料にできればと考えています。

画像: AIは人間の意思決定に役立つか

前回ご紹介したHの場合はデータ主導型で統計的に答えを導き出しますが、それがその分野では常識的な答えなのか、あるいは新規性のある価値ある答えなのか、その分野に通じていないとわかりません。その判断をこの人工知能システムで補完することもできると思います。

神岡
今後、AIがビジネスの現場を大きく変えていくと予想されますが、私が期待することの一つは、この論理的な対話を可能とする人工知能システムのように人間の意思決定に役立つAIです。例えば最近、スポーツの試合などで、アウトかセーフか、あるいはファウルかどうかをビデオ判定に頼る機会が増えてきましたね。感情的になる場面では、審判は合理的に判断するAIにビデオ判定させる方がフェアかもしれません。ただし、最終的にそれを採用するかどうかは、やはり人間次第であり、運用方法について議論を深めていく必要があります。

ちなみに、米国のメジャーリーグではビデオ判定をはじめ、チーム戦略や選手の評価などに積極的にデータやAIを活用し始めていて、観客もそうした新しい潮流を楽しむ方向へとシフトしてきています。技術やデータの活用が、スポーツ観戦のもう一つの楽しみ方にさえなっている。そこが日本とは大きく異なるところです。

もっとも、自動運転のように、いくら人間よりも事故を起こす確率が低かったとしても、実際に事故が起きた場合の責任を誰が負うのかという問題がクリアにならない限り、自動運転を容易に社会が受容することはできませんよね。どんな技術にも負の側面はつきものですから、どのように活用すれば人間にとって有益なのかを、人間自身が判断していく必要があるとは思っています。ただ、その意思決定の支援にもAIが役立つ可能性は大いにあるのではないでしょうか。

東洋的なAIで差別化へつなげる

ーーデータ活用や、AIをはじめとする先端の情報技術の受容に関して言うと、欧米、特に米国は進んでいますが、日本ならではの特色としては、どのような点を打ち出していくべきだとお考えでしょうか。

森脇
ITの世界では、コンピュータやストレージ、ネットワークについては標準化が進んでいて、差別化が難しい状況にあり、まさにデータ活用こそが差別化のカギを握っています。そうした中、欧米がAIで「形式知」の活用を進め、いわゆる人間を模倣する「強いAI」をめざしているのに対して、我々は「暗黙知」の活用を進めて人間の支援をめざすべきだと思っています。そもそも、日本では「阿吽(あうん)の呼吸」のように、言葉や形式知によらないコミュニケーションや知識の伝承を大切にしてきました。経営にしても、そうした考え方がこれまでも日本企業ならではの良さとして差別化に結びついてきたのではないかと思います。

そういった意味では、これから我々がめざすAIも、言うなれば東洋医学のような存在であるべきだと思っています。西洋医学のように対症療法で病気を治すというよりも、東洋医学では身体全体のバランスを整えるために漢方薬や鍼灸を用います。同様にAIにおいても、経営全体をうまく回していくための支援に役立つことが差別化にもつながり、日本独自の良さを打ち出していけるのではないかと考えています。

神岡
第1回で日立の人工知能Hが、ホームセンターの売上向上に効果的な店員の配置を割り出したという話をされていましたが、まさにこれなども、東洋医学で言うところのツボですよね。ツボを刺激すると、気の流れが良くなって、経営が良くなるという。

画像: 東洋的なAIで差別化へつなげる

森脇
しかも、そのツボがどこにあるか人間ではなかなか探せないけれど、AIが探し出して補ってくれる、というわけです。

結局、人間の活動において最大のネックになるのが、意思決定と合意形成ではないでしょうか。人間は必ずしも合理的な判断を下すわけではありませんし、人が認識できる範囲は限られています。ましてや、組織が大きくなればなるほど、意思決定も合意形成も難しくなっていく。そこにこそ、データ解析やAIが役立つ余地が大いにあると思っています。

――必ずしも人間の直感が正しいわけではありませんからね。

森脇
米の政治学者・経営学者で認知心理学者でもある、1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンが、「意思決定における限定合理性(bounded rationality)」という概念を提唱したように、意思決定に際してどんなに合理的であろうとしても、すべての可能性を思いつくことは不可能です。人間は思いついた限られたものの中からいずれかを選択しなければならないわけで、それがいつも合理的であるとは限りません。もちろん、いくらデータを集めて解析したとしても、完璧な合理性に近づくことはできませんが、少なくともAIを活用することで良い手を絞ることはできると思います。

神岡
先ほどのスポーツの審判にしても、あらゆる角度から見て判断を下せるわけではありませんからね。その場合は、AIのほうが総合的に正しい判断ができるかもしれない。ただ、それを最終的に採用するかどうかは人間が決めるべきだと、私は思っています。

人と機械の新たな関係性の構築

神岡
もう一つ、西洋と東洋の大きな違いという意味では、ロボットに対する受容がありますね。日本はアニメの影響もあるのか、人間を支援するポジティブな存在としてロボットを受け入れる傾向が見られますが、西洋では人型ロボットは神を冒とくする存在として受け入れ難いとする人が多い。

森脇
ロボットに関しても、日本の企業では人の支援に役立てる研究開発が続けられてきましたし、まさにこのような東洋的なやり方を世界に広めていくことで、社会課題解決に役立つのではないかと考えています。日立のヒューマノイドロボット「EMIEW3」も、人と対話し、情報案内や業務支援に役立てたいと、開発を進めています。それこそ、日本の労働人口減少は喫緊の課題であり、課題先進国である日本から、こうした先進的な取り組みを発信していくことに意義があるのではないかと思っています。

画像1: 人と機械の新たな関係性の構築

また、同じコミュニケーションであっても、人と人の場合と、人とロボット、人とAIでは違うのではないでしょうか。例えば、人が決めることに対しては、何か裏があるのではないだろうかとか、勘ぐってしまうことがありますよね。ところが、機械が決めたことなら、中立的な意見として素直に耳を傾けることができるかもしれない。Amazonのレコメンドにしても、データから自動的に抽出された結果だとわかっているからこそ、特に腹が立つこともなく、活用している人も多いでしょう。

神岡
機械だからこそ、何かを言われても逆に腹も立たない、ということはあり得ますよね。さらにロボットの場合は、そこにいるだけで安心するということもあるかもしれません。人間同士だと好き嫌いや、ウマが合う合わない、なんてこともあるけれど、ロボットだからこそうまく付き合えたり、仲裁ができたり、という場面もあるという。

もう一つ期待しているのが、分野と分野、専門と専門の間をつなぐAIの可能性です。かつて、やろうとして失敗したエキスパートシステムを進化させ、さらにつないでいくイメージです。それこそ、人間は専門性や業界、分野、所属している組織にとらわれがちです。そこを連携させ、つないでいくことをAIが助けられるのではないでしょうか。

画像2: 人と機械の新たな関係性の構築

街を歩いていても、信号は警察庁、道路は国土交通省といった具合に管轄が分かれていますね。そうした社会基盤にAIを埋め込み、インフラ同士を連携させて、リアルタイムに情報をやり取りしながら、都市機能をダイナミックに変えつつ、事故や渋滞を減らしたり、子どもたちの安全を見守ったりといったことができるといいですね。いわゆるAIによるIoT(Internet of Things)の進化版です。従来のような管理する側の視点ではなく、利用者側の視点に立った取り組みに期待しています。

森脇
そうですね。コンビニやスマホのように、入口は一つだけれど、さまざまな機能やサービスを備えることで、人々の暮らしを支えるというところが、やはりこれからのAIに求められる究極の姿なのではないかと思っています。そのためには、技術だけでなく、社会の制度はもちろんのこと、企業や組織のあり方も大きく変えていかなければならない段階に来ているのだと思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
(第3回につづく)

This article is a sponsored article by
''.