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新日鉄住金株式会社 業務プロセス改革推進部長 執行役員 工学博士 米澤公敏氏
重厚長大産業の象徴的な存在と考えられてきた製鉄業に、いま大きな変化が起きつつある。IoTやAI、ビッグデータなどのデジタル技術をフル活用し、長い歴史を有するビジネスを柔軟に進化させていくーー。その先頭を走っているのが鉄鋼メーカー国内最大手の新日鉄住金だ。同社では旧新日鉄・旧住友金属の基幹システム統合を契機として、高度ITの活用を強力に推進する取り組みに着手。事業の効率化・最適化や優れたノウハウの継承と展開を図ろうとしている。果たしてその狙いはどこにあるのか。同社の取り組みを探った。

高度ITの活用でグローバル競争を勝ち抜く

近代社会の形成に大きな役割を果たした産業革命。その強力な推進役を担った産業の1つが製鉄業である。日本においても殖産興業の旗印の下、国内製鉄所の建設にまい進。それから一世紀余りを経た現在では、世界有数の鉄鋼メーカーとなった。

一方で、中国などをはじめとする新興勢力とのグローバル競争が一段と激しさを増していることも事実である。今後も継続的な発展を遂げていくには、企業競争力にさらなる磨きを掛けていくことが必要だ。日本を代表する製鉄会社として知られる新日鉄住金でも、そのための新たな取り組みに着手した。それは、デジタル技術の活用によってビジネスの変革を目指す「デジタルシフト」である。

同社の執行役員で業務プロセス改革推進部長を務める米澤公敏氏は取り組みの背景を次のように話す。

「鉄鋼業の基幹システムは、昭和40〜50年代にかけて作られたものがベースとなっています。お客様のビジネスがどんどん進化していく中、こうした旧態依然とした仕組みのままでは変化に追随できなくなってしまう。欧米ではインダストリー4.0などの先進的な試みも始まっており、我々としても早く手を打つことでこうした動きに対応する必要があります。また、もう1つの狙いはベテラン社員のノウハウ継承です。世代交代を円滑に進めていくためには、現場を動かしている経験や知識、技能を形式知化・標準化し、ITでサポートできるような仕組みが不可欠だと感じていました」

同社の本気度は、現在推進中の中期経営計画からも伺える。ここでは「各所システムの全社統合による業務効率化や業務高度化および高度ITのさらなる活用を進めていく」と明記。「守りのIT」だけでなく、「攻めのIT」にも積極的に取り組む方針を強く打ち出している。

いかに攻めのITを体現していくか。その旗振り役として新たに設置されたのが、ビッグデータやIoT、AIなどの活用を担う「高度IT活用推進室」だ。「これまでも各事業所ベースで、先端技術の活用を行ってきました。工程が安定するようにセンサーによる監視を行ったり、AIによる自動制御を模索してきたことはその一例です。今回それを統合し、全社レベルで総合力強化と最適活用を進めていくことが第一のミッションです。同時に現場の悩みと高度ITを結ぶ橋渡し役の養成や、人材育成のための環境整備も行います。高度解析はアナリスト、現場のセンシングは制御技術者と役割を分けるのではなく、全体を俯瞰した上で高度ITの活用を考えられる人材を増やしていきたい」と米澤氏は説明する。

画像: 高度ITの活用でグローバル競争を勝ち抜く

基幹データ分析を通して業務の最適化を推進

同社では現在こうした高度ITの活用を、事業の根幹を司る基幹業務分野とモノづくり現場の両面で展開している。

まず前者においては、鋼材の納期管理にビッグデータ分析を活用する取り組みに着手。同社では全国12カ所の製鉄所を有しているが、製造する製品や需要者がそれぞれ異なっているため、基幹システムについてもそれぞれ個別に構築・運用されてきた。その一方で受注や販売に関わるようなデータは、本社の営業系基幹システムで集中的に管理していた。

「製鉄業のビジネスは一見大きなスケールで動いているように見えますが、実はきめ細かな調整を要する場面が非常にたくさんあります。なにしろ一言で『鉄』といっても、当社の取り扱う製品は成分や表面性状の違いなどを含めると4万品種以上。これにサイズや荷姿などの条件も加わってきますので、膨大な種類の製品を作り分けないといけない。納入時のロットについても、数百kgから数万トンまでの幅がありますから、非常に多様な対応が求められます」と米澤氏は明かす。

こうした多岐にわたる製品を効率的に生産し、タイムリーに納入するためには、本社と製鉄所の基幹業務データを強く連携させ、相互での活用を可能にする仕組みが欠かせない。ここで力を発揮するのが、新たなデータ連携の仕組みづくりとビッグデータ分析をはじめとする高度ITというわけだ。

「受注から生産、実績管理、出荷、納品までの情報を一気通貫でリアルタイムに活用できるようになれば、在庫を適正化したり、納期のコミットメントを計画段階から行うといったことも可能になります」と米澤氏は話す。

同様に物流分野のデータを活用すれば鋼材物流の効率化につなげることも可能だ。同社では年間4000万トン以上の製品を出荷しており、その多くは数百隻にもおよぶ船舶で海上輸送されている。そうした船舶の積載量(空船率)については、突発的な要望に対応できるよう、常に余裕を持って組まれているのが通常だ。

「しかし、事業所の生産/出荷情報、荷ぞろいの状況、中継地や倉庫の在庫状況をリアルタイムに把握できれば、空船率を減らしたり、納期を短縮することもできるはず。また船舶の運航そのものについても、ビッグデータ活用によって最適化が図れないかと考えています」と米澤氏は話す。船舶の運航は天候や潮流、風向きなどの影響を大きく受ける。こうした自然環境データの分析結果も運航計画に反映していくことで、最適な鋼材物流の実現を目指していく考えだ。

画像: 基幹データ分析を通して業務の最適化を推進

「熟練工」の経験をAIで形式知化・標準化

もちろん、モノづくりの現場でも高度IT活用を推進。「安全」「品質」「設備保全」の3点を重要テーマに据え、様々な取り組みを行っている。

先ず、安全確保については、IoT技術を利用して現場作業員の位置情報や身体情報を収集。様々な異常を早期に検知することで事故防止などにつなげていくという。「実は10年ほど前にも同様の仕組みを導入したことがあります。ただ、当時は作業員が装着するデバイスも大きく、技術レベルが追いつかず定着には至らなかった。IoTの進化によって、小型で安価なデバイスが手軽に利用できるようになったので、もう一度チャレンジし現場の安全性を高めたい」と米澤氏は話す。

次に品質については、これまで培ってきたセンシング技術や分析技術のさらなる活用を推進。「鋼材の品質には、『強度』や『加工性』などの特性値や、『表面』や『内部』の出来栄えなど様々な要素がありますが、従来は検査工程でこうした結果に変動があった場合、その原因や影響範囲の絞り込みには多くの労力が必要でした。もちろん製鉄所内には様々なセンサーが設置されており、振動や圧力、温度など品質にかかわる操業・設備のデータが大量に蓄積されています。しかし、その因果関係を調査するには、相応の時間がかかっていたのです」と米澤氏は明かす。そこで、IoTやビッグデータ分析などの技術を用いて早期に原因を究明し、最終的には業務プロセスの改善にまでつなげていく狙いだ。

3点目の設備保全の分野においても、これと同様の取り組みを展開している。そもそも同社では設備故障などのトラブルが起きるケースは非常にまれだが、それは故障が起きないように事前に手を打っているからだ。この手法は高い効果が期待できる半面、生産性の低下やコストの増大など問題が生じる可能性もある。そこで、故障予兆解析などの技術を活用し、より適切なタイミングで保全業務が行える環境を目指す。「データ自体は大量に蓄積されていますので、設備部門とも連携しながら予兆保全の実現に向けた取り組みを展開中です」と米澤氏は説明する。

これに加え、現場部門でのもう1つの大きな取り組みが、熟練工が持つ業務ノウハウの形式知化・標準化だ。「例えば、モノづくりのベースとなる生産計画はその1つです。従来は数名の担当者が計画を立てていました。しかし、その計画のプロセスを見える化することは非常に難しい」と米澤氏は述べる。

膨大な種類の製品を設備や納期、コストなどの複雑な制約条件を加味して、どの順番で生産すれば効率がよいのかを見極めていくーー。これは卓越した熟練工以外に担当することができなかったのだ。そこで現在、同社ではAIを活用して熟練工の作業のデジタル化に挑戦。設備の制約条件など生産計画を作成する際のルールに加え、大量の生産計画を解析して抽出した計画パターン、さらに熟練工のその都度変わる判断のパターンまでをAIに学習させ、市場の需要に応じた精緻な生産計画をいつでも熟練工でなくても立てられるようにする取り組みを進めているという。

画像: 「熟練工」の経験をAIで形式知化・標準化

「人の力の最大化」こそがデジタルの使命

このようにデジタルシフトへの取り組みを意欲的に推進する新日鉄住金だが、注目すべき点はこうした取り組みが「人の代替」ではなく人の力を最大限に引き出すことを目的にしているという点だ。

生産計画のAI活用にしても、AIが提示する情報はあくまでも「人が判断を行う際の支援材料」という位置付けだ。また先に述べた基幹システム改善の取り組みでも、本社側が全面主導するのではなく、それぞれの事業所の強みを生かすベストプラクティスモデルを採用している。つまりテクノロジーありきではなく、「人の能力の最大化にどう貢献するか」が、同社における高度IT活用の最大のテーマだといえるだろう。さらに、こうしたベストプラクティスモデルの構築についても、同様の取り組みを実施している全国12拠点での先行事例を他に横展開するトップランナー方式を採用し、全社やグループ全体の底上げを目指している。

これまでの取り組みにおいては、様々な壁に突き当たる場面もあったという。「例えば初期に構築したAIシステムでは、その判断が生産現場で全く受け入れられなかった。それはAIが熟練工の判断を充分に習得・理解できず、逆に現場が混乱したからです」と米澤氏は苦笑する。しかし、そうした失敗を乗り越え果敢に挑戦を続けてきたことが現在につながっている。

「社内のIT戦略を担う我々としてもどのような技術が存在し、どんなことが可能なのかをどんどん現場部門に発信し、人や現場力のさらなる向上を支えていきたい」と米澤氏は今後の抱負を語る。その姿勢は高度IT活用に取り組む企業に、多くの示唆を与えてくれる。

Corporate Profile
新日鐵住金株式会社
本 社:東京都千代田区丸の内2-6-1
設 立:1970年3月31日
資本金:4,195億円
従業員数:24,903名(単体)
URL:http://www.nssmc.com/
事業概要:新日本製鉄と住友金属工業の合併により2012年に発足した大手製鉄会社。国内に12カ所の事業所を展開し、薄板、厚板、棒線、鋼管、建材、交通産機品、チタン・特殊ステンレスなどの製品を製造している。

※本記事は、日本経済新聞 電子版で2016年11月14日~12月16日まで掲載した広告特集「いざ、ビジネス革命へ~デジタル新時代に求められる企業経営とは~」の転載です。

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