一橋大学特任教授の名和高司氏が提唱する経営戦略、J-CSV。「世の中を良くすること」を目的としながら利益も生み出すという、日本版のCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)だ。その実践例第1弾として取り上げるのは、世界のファスナー業界をリードするYKK株式会社。同社が掲げている企業精神「善の巡環」とは何か。かつて二代目社長を務め、現在は代表取締役会長CEOを務める吉田忠裕氏に、都内の本社ビルで話を聞いた。

吉田忠裕(よしだただひろ)
1947年、富山県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、米国ノースウエスタン大学ビジネススクール(ケロッグ)にてMBAを取得。1972年、父の故・吉田忠雄氏が創業した吉田工業株式会社(現・YKK株式会社)に入社。1985年取締役副社長に就任し、1990年にYKKアーキテクチュラルプロダクツ(現・YKK AP)の社長を兼任。1993年吉田工業社長に就任後、翌1994年社名を現在のYKKに変更。1997年に特定非営利活動法人黒部まちづくり協議会を立ち上げ、初代会長を務めた。2011年、YKK株式会社 代表取締役会長CEOとYKK AP株式会社 代表取締役会長CEOに就任。

「善の巡環」がもたらすもの

――まずはじめに、御社の企業精神「善の巡環」とはどんな考え方なのでしょうか。

吉田
シンプルに言うと、「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」。これは創業者の吉田忠雄の考えを、わたしが社長になってから明文化したものです。要は、顧客や取引先にとっての利益を生み出さなくては、我々の商売が成り立たず、繁栄はないということです。

我々はファスナー、スナップ・ボタンなどのファスニング事業と窓やドア、ビルのファサード(外観)などのAP(建材)事業を柱としています。ファスナーは衣類やかばんなどの部品ですし、窓は住宅の部品ですから、まさに部品事業と言えます。我々のビジネスの最終目的は、我々の商品をお使いいただくエンドユーザーの方に喜んでいただくことです。それを実現するには、まずクライアントの要望に応え、喜んでいただかなくてはならない。いろいろな問題が起きても適切に対処することで「この会社になら任せても大丈夫」というクライアントからの信頼を勝ち取っていかなければなりません。

もう少し噛み砕いて言うと、事業活動を通じて新たな価値を創造することが、自社の事業を発展させるだけでなく、顧客や取引先の繁栄につながり、さらには社会の繁栄にも貢献し、それが巡り巡って自社のもとに還ってくる。それが「善の巡環」の考え方なんです。

――YKKは早くから海外に進出していますが、現地のクライアントからの信頼をどうやって得たのでしょうか。

吉田
典型的だったのは、1970年代に始まったアメリカのジーンズメーカーとのビジネスですね。当時、ファスナー調達に関する同社の方針は、リスク回避のため必ず2社以上のメーカーと取り引きすることでした。ところが我々と取り引きするようになってからその方針が変わりました。「YKKのファスナーは品質がよい。さらに、エンドユーザーからファスナーに関するクレームがあった場合に、複数のメーカーとやり取りして対応するよりもYKK一社に絞って調達したほうが得策だ」と、先方のチェアマンが当時ファスナー事業の責任者として商談に臨んでいたわたしの目の前で決断してくださったんです。

これは我々にとって本当に光栄でしたけれども、同時にそれまで経験したことのないプレッシャーと責任を感じました。ファスナーの生産コストがジーンズの価格に占める割合なんて、ほんの2~3%しかありません。しかし、もしそこに不具合があったらジーンズそのものが売れなくなってしまいます。しかもファスナーって、「1週間後に欲しい」なんてオーダーはされないんですよ。「明日欲しい」っていう世界なんです。

画像: 「善の巡環」がもたらすもの

当時、同社はアメリカ国内に何十カ所も工場を持っていました。そこで我々も、同社の工場のすぐそばにファスナーを納品できる拠点を造り、短納期を実現しました。それが同社の利益につながると判断したからです。「善の巡環」に照らし合わせて考えると、クライアントの利益を優先させることで、やがては自社の事業の発展につながっていく。ですから我々には、どこか人件費の安い他の国でファスナーを製造するっていう発想がそもそもないんです。

同社は、ブルーデニムを使用した実用的なジーンズをもともと生産していましたが、やがてカリフォルニアを中心に、カラージーンズ、さらには着古した風合いのファッションジーンズというジャンルが勢いを伸ばしてきました。はじめからわざと破けているようなデザインのジーンズもその一つですね。すると同社もファッションジーンズを生産するようになり、我々にもそれに応じたネイビー以外の色やさらにはそのデザインに合ったファスナーの開発が求められました。一度きれいに作ったジーンズにストーンウォッシュという処理を施して、色もわざと落ちた状態にするんですが、ファスナーも同様に、ほどよい風合いになるテープ(ファスナーの布の部分)の開発など、何十回もクライアントとやりとりを重ね、その要望をすばやく実現することで、さらなる信頼を得ていきました。

そういった細かなオーダーに長年応え続けてきた結果、我々のファスナー商品の種類は10万を数えるまでになりました。バリエーションの豊富さは、今やYKKにとって一つの強みになっています。まさに「善の巡環」です。同社の例のようなやりとりは、今も日々行われています。それがこの業界の厳しさでもあり、面白さでもあると思います。

世界に114の現地法人を持つ理由

――YKKは現在、世界71の国と地域に114社もの現地法人(YKK APの現地法人も含む)があります。そこまで海外拠点を増やすことができた理由はなんでしょうか。

吉田
実は、自分たちから現地に進出しようとしたことはないんですよ。現地のクライアントのそばでつくって、供給するために行くんです。いかに短納期を実現するかが重要ですから、クライアントの生産拠点に追随して工場を造るのは、我々としては当然なことです。

アパレルの生産拠点は時代ごとに移り変わっていきますから、我々もその都度いろいろな国や地域に工場を造ってきました。まず、クライアントが本拠地を置くヨーロッパやアメリカで製造・供給していた時代。次に、クライアントがもっと人件費の安い土地を求めてその周辺国に進出した時代。それから、いよいよ中国がアパレル業界でも台頭してきて、クライアントも一気に現地へ進出した時代。そして、近年、中国の経済が急成長したことで人件費が高くなったため、東南アジアや南アジアに移りつつあります。そうした時代の移り変わりの中で、「善の巡環」に基づいて工場をクライアントの近くに造っていった結果、いつの間にか海外拠点が114社に達していたというのが実態です。

画像: 世界に114の現地法人を持つ理由

昔はとにかくファスナーを供給し続けてどんどん利益を上げていくというのが、海外に赴任した日本人経営者の役目でした。ところが、工場自体が目まぐるしく移動するようになり、短期間に投資して、工場を造って、供給を始めて、利益を出さなくてはいけなくなった。そういった短期決戦の経営が必要になってきました。

だからと言って、一度造った工場を簡単に撤退するわけにはいきません。ファスナーを生産することでクライアントの利益に貢献するだけでなく、現地社会に対して雇用創出や経済の活性化という価値を我々は提供しているからです。そうやって現地に必要とされる企業となった以上、クライアントがその近くから拠点を移した後でも、現地の人材を活かしながら他の製品を生産できる道を探り、工場を世界各地に残してきました。

今、世界のアパレルメーカーが生産拠点として目を付けているのは、バングラデシュやベトナムといったアジアの国々です。どんどん人口が増えて、若い職工の数も増えていくことでその国の縫製能力が高くなれば、当然、部品であるファスナーも必要とされる。ですから我々としても、現地の縫製能力が成長するのを見越してファスナーの供給能力を高めないといけない。つまり、大きな工場を現地に造るんです。極端に言えば、そのタイミングが1年や2年早まってもいい。成長の見込みがある土地にはどんどん工場を造って、どんどん職工を育てなさい、という方針です。それが、現地社会の繁栄につながると信じています。

欧米の個々の先進国でやってきた経営、いろいろな土地に一気に進出していった時期の経営、そしてこれからは、数年先を見越して大規模な投資を行う経営。この3つのタイプの発想が必要だと、各地の現地法人の経営者には言っています。

「善の巡環」を実践するためのYKK流経営

――世界各地で「善の巡環」を実践するために、現地法人の社員とはどうやって経営方針や経営手法の共有を図っていますか。

吉田
わたしや社長が日本から出向き、現地法人の現地社員15~20名と話し合う場を設けています。社内ではこれを「車座集会」と呼んでいます。そこでは、わたしが企業理念を語るようなことはありません。むしろ、席に着くといきなり質疑応答が始まる。中国のある現地法人で開催した時も、出席者がみな非常に熱心で、質問攻めに遭いましたよ。「クライアントからコストが高いと言われた。どう対処すればいいでしょうか?」「納期が遅いと言われた。どう改善すればいいでしょうか?」そういった質問に対してわたしは、過去の例をとりあげるなどしてアドバイスする。彼らの口から出てくるのは、とにかく実務に直結した悩みです。通り一遍の質問なんか無い。でも、その日々の実務が理念の実践につながっているのです。「善の巡環」は、品質・コスト・海外市場との激しい戦いの中から生まれた実践哲学ですから。

中国のある現地法人では、「5年間でみんなの給料を倍にしようじゃないか。そのための事業計画を自分たちでつくってみよう」と話したこともあります。商品が売れれば、顧客や取引先、そして現地の従業員みんなで利益を分配できる。「3カ月後にまた来るから」と言い残して、わたしはその場を後にしました。

ところが3カ月後、再び現地に行ってその社員に聞いたところ「計算が成り立たない」と言うんです。今ある機械・商品では、どう頑張っても給料は倍にできない、と。わたしは叱りました。「それは経営じゃないんだ」と。給料を5年間で倍にするためには、生産性を毎年かなりのパーセンテージで上げていかなくてはなりません。それを達成するためには、製造機械を作っている日本の黒部の社員に対して「ファスナーをもっと安価に製造できる機械を作ってくれ」と掛け合う必要もある。なぜそれをやらないんだ、と。もしくは、材料をもっと安価に調達したり、従業員の働き方を変えるといった改革をどんどんやっていかないと、競争力というものは生まれないんです。

そういったやりとりを通じて、現地の社員にYKKの経営というものを学んでもらっています。

画像: 「善の巡環」を実践するためのYKK流経営

(後編につづく)

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