自治体や大学・研究機関、三井不動産や日立といった民間企業の「公・民・学」が連携して開発した「柏の葉スマートシティ」。「スマートシティ」と聞けば、最新のテクノロジーを駆使した最先端な未来都市を思い浮かべるかもしれない。しかし、本当は安全・安心、そして、今後20年、30年でも持続可能(サスティナブル)な社会を実現する街、それが「スマートシティ」なのである。日立はこの「柏の葉スマートシティ」の開発プロジェクトに当初から参画しているが、柏の葉の開発にあたり掲げられた3つのテーマ「環境共生都市」「健康長寿都市」「新産業創造都市」に対し、日立ならではの貢献を果たしていくまでの過程には、紆余曲折があった。そこにあるキーワードの一つが“マーケットイン”だ。これまでの経緯や今後の展望などもあわせて、日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 ソリューション・ビジネス推進本部の事業主管、戸辺昭彦に聞きました。

文=小山健治(ジャーナリスト) 写真=石井孝始

画像: 株式会社日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 ソリューション・ビジネス推進本部 事業主管 戸辺 昭彦

株式会社日立製作所 社会イノベーション事業推進本部
ソリューション・ビジネス推進本部 事業主管
戸辺 昭彦

「世界の未来像」を創る柏の葉スマートシティ

東京・秋葉原駅からつくばエクスプレスの区間快速に乗車して約30分、千葉県柏市に柏の葉スマートシティはある。「公・民・学」が連携して創る街、そして世界の未来像…その期待に胸は躍る。だが、最寄りの柏の葉キャンパス駅を降りた時の印象は、そこはかとない“肩透かし感”だった。

スマートシティという言葉からは、どんな街を思い浮かべるだろうか。最新テクノロジーを結集した未来都市をイメージする人は少なくないと思う。

高層マンションやインテリジェントビルが立ち並んだ柏の葉スマートシティの街並みは、たしかに近代的ではある。駅前に設置されたデジタルサイネージは、あたかもスマホやタブレット端末のよう。タッチパネル式のインターフェースを備え、行政関連のニュースや交通情報、イベント情報などをインタラクティブに表示することができ、“スマート”な街の空気を醸し出している。

しかし、駅前ロータリーを発着しているのは、EV(電気自動車)や水素自動車などの最先端のビークルというわけではなく、ごく普通のバスやタクシー、マイカーだ。風力発電や太陽光発電パネルなどの設備も見当たらない。隣接する大型ショッピングセンターを訪れてみても、そこで買い物や食事をカジュアルに楽しんでいるのはファミリー層からシニア世代まで、ごく普通の人々だ。

要するに一見する限りは、よくあるベッドタウンだと思った、取材で話を聞くまでは。

迫る社会課題を解決しあるべき未来につなげていく

期間限定の実証実験プロジェクトやエキスポであれば、参画する事業者がそれぞれ得意とするテクノロジーやサービスを“プロダクトアウト”で持ち込み、スマートシティという言葉からイメージするきらびやかな未来都市の姿を、ショーケースとして提示することにも大きな意義があるだろう。

しかし、ここ柏の葉スマートシティは、そうではないと言う。

「必要なのは、地域社会に深く根差した街づくりなのです。視察や観光ではなく、実際に数千人、数万人といった人々が、今後20年、30年にわたってこの街で暮らしたり、働いたりすることになるのですから」と語るのは、日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 ソリューション・ビジネス推進本部の事業主管を務める戸辺昭彦である。

日立が柏の葉スマートシティの開発プロジェクトに参画したのは、今から5年前の2010年のこと。当初から目標として掲げられたのが、現在の社会が抱えるさまざまな課題を解決し、あるべき未来につなげていく活動である。

周知のとおり現在わが国は、少子高齢化、地方の衰退、環境・エネルギーなど多くの難題に直面している。新興国は言うに及ばず先進国においても類を見ない、まさに課題先進国だ。裏を返せば、これから日本が取り組むチャレンジとその成果は、やがて同様の課題と向き合うことになる多くの国々に対しても示唆を与えるモデルとなる可能性がある。その先行事例のひとつとなるのが柏の葉モデルなのである。

地域で暮らす人々、自治体、大学・研究機関、企業といった多様なステークホルダーが、この柏の葉モデルという旗のもとに集い、議論を重ねながら、いかなる課題解決の方策を打ち出し、その先にどんな街の姿を描き出していくのか。そして日立は、このプロジェクトの一員としてどんな役割を担っていったのか――。

「仮に今あるソリューションでは解決が困難だとしても、そこに課題がある限り、共に考え、共に汗をかくのが日立の使命。エネルギーや水など社会インフラ構築に深く関わってきた実績と知見から、さまざまなアイデアを出して、“マーケットイン”の姿勢でプロジェクトに臨むべきとなったことが、このプロジェクトにおける日立にとっての本当の意味での出発点となりました」と戸辺は語る。

街が抱える本当の課題が東日本大震災で浮き彫りに

柏の葉スマートシティの全体プロジェクトについて、これまでの経緯を簡単に振り返りながらあらためて紹介しておきたい。

2009年9月、一般社団法人フューチャーデザインセンターの構想のもと、都市開発や通信キャリア、IT、家電、総合商社などさまざまな業界のリーディング企業が結集。「スマートシティ企画株式会社」が設立され、「スマートシティプロジェクト」が立ち上げられた。そのフラッグシッププロジェクトに位置づけられたのが柏の葉スマートシティであり、三井不動産株式会社をはじめとするスマートシティプロジェクトの参画メンバー及び自治体、大学によって推進されている。

環境都市創造の新たな指針をめざす柏の葉モデルの特徴は、「自然の力を最大限に活用しつつ、街に最先端のテクノロジーを実装。コミュニティに対して新たな暮らし方を提案することで、課題解決を実現する」という考え方そのものにある。

これをプラットフォームに議論を重ねた結果として、人と地球にやさしく災害にも強い街をつくる「環境共生」、すべての世代が健やかに安心して暮らせる街をつくる「健康長寿」、日本の新しい活力となる成長分野を育む街となる「新産業創造」という3つのテーマを策定。2011年7月12日に柏市、千葉県、東京大学、千葉大学、三井不動産による共同記者会見が開催され、柏の葉スマートシティのプロジェクトは本格始動するに至った。

もっとも、ここまでの取り組みのすべてが順風満帆で進んできたわけではない。「実は柏の葉スマートシティのオープンを当初予定から順延せざるを得ないような、根本からの計画の見直しが行われました」と戸辺は言う。

柏の葉スマートシティのもともとの計画では、たとえば環境共生を取り上げても「街全体のCO2排出量を減らして地球環境保護に貢献する」「プロジェクトで築き上げた先進モデルをテンプレートとして、成長著しい中国や東南アジアなどの新興国にも展開していく」といった理想のシナリオが描かれていた。

こうした夢を前面に打ち出したプランを現実に引き戻す出来事が起こったのである。契機となったのは、言うまでもない東日本大震災だ。柏の葉スマートシティでも断水や停電が発生した。住居エリアのマンションではエレベーターが停止し、高層階に住む高齢者がスムーズに避難できずに取り残されるという事態まで起こった。「その後の住民との会話の中で、『非常事態に何も対応できず、人々の不安を解消できなかったこの街で、スマートシティをめざしたところで何ができるのか』というご意見が寄せられました」と戸辺は振り返る。

画像: 柏の葉スマートシティ[ 第1ステージの 概観 ]

柏の葉スマートシティ[ 第1ステージの 概観 ]

街区を越えた電力融通を日本初で実現したAEMS

わが国が近年に経験したもうひとつの激甚災害は1995年の阪神・淡路大震災だが、それ以前に千人以上の犠牲者を出した災害は1959年の伊勢湾台風にまでさかのぼらなければならない。これは日本史においても非常に稀有なことだ。例えば江戸時代の慶長、元禄、そして幕末の安政には、毎年のように大きな地震や洪水が起こっている。すなわち日本の高度成長期は、このような災害がなかった幸運な時代だったのだ。

そうした中、新しい街づくりにおいて必ず見据えておくべき「災害への備え」という課題認識が希薄になっていたのかもしれない。住民の声を聞くうちに、戸辺はさまざまな課題を次々と見つけることができたという。「ショッピングセンターは独自に地下水をくみ上げるポンプを持っているにもかかわらず、誰もその設備の存在を知らず有効利用がなされなかった」「各ビルはそれぞれバックアップ電源を備えているが、相互に電力を融通しあうことができなかった」「ビルの防災センターの設置を予定していたオフィスビルの耐震・免震が十分ではなかった」など、足元を固めることの大切さを、あらためて思い知らされた。

ただ、本当の課題が認識できたことは決して悪いことではない。安全・安心を阻害する具体的要因が明らかになったならば、必ず打ち手も見えてくるからだ。この課題解決へのアプローチこそが、社会イノベーションにつながっていく、戸辺はそう直感したという。

「日本という国で生活している以上、私たちは決して災害から逃れることができません。大震災を経験し、現地で多くの課題に気づいた今、この柏の葉スマートシティから変革を起こしていこうという機運が一気に形成されました」と戸辺は語る。その課題を解決させるために、知恵を絞ったことが、街区を越えた地域全体で運用するエリアエネルギー管理システム(AEMS)実現の背景となったのである。

AEMSは、オフィスビルや商業施設、住居や公共施設などに個別設置された家庭エネルギー管理システム(HEMS)、ビルエネルギー管理システム(BEMS)、中央監視システムから収集した情報をもとに、電力のみならず水やガスなどの需給を地域全体で“見える化”することで、エネルギーの一元管理や需要予測を実現する。さらに、蓄電池システムを中核とした分散電源関連設備と、系統電力に太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを組み合わせた安定運用を支える基盤とする。こうした高機能な設備をつなぎ最大限に活用していくのが、柏の葉スマートシティにおけるAEMSというわけだ。その実現に向けて日立は、システム構築と運用サポートおよびリチウムイオン蓄電池システム、受変電設備、大型マルチビジョンの設計・製作といった役割を担うことになった。このAEMSによって達成された最大の成果は、日本で初めて街区を越えた電力融通を実現したことにある。一見すると何が画期的なのか理解しづらい面があるかもしれないが、この仕組みを実現するまでには、乗り越えなければならない多くの壁が立ちはだかっていたのである。

画像: 柏の葉スマートシティ全体構想[ 今後の開発エリア ]

柏の葉スマートシティ全体構想[ 今後の開発エリア ]

住居棟、オフィスエリア、商業施設といった街区を越えて電力を融通するためには、柏の葉スマートシティとして独自の電力網を構築する必要があるが、そもそも各々電力会社から受電しているビル間で、需要者側が独自の送電線を敷設して融通を行うことは保安上許されていない。もちろん、この法制度にも理由がある。勝手に送電線を設けた場合、送電線を流れる電力は制御できず、最悪の場合広域にわたる大規模障害を発生させてしまう危険性がある。そこで電力会社には、変電設備の配下に位置する加入者に対して木の枝のような送電線を敷設し、個別に配電を行う権限と責任が与えられていたわけだ。実際、世界で最も安定していると言われる日本の高品質な電力供給は、この仕組みによって支えられてきた。

だが、先にも述べたように東日本大震災のような激甚災害が発生して系統電力が停止してしまった場合、需要者側ではどうにもならない状況に陥ることになる。そこで震災後に電力自由化、発送電分離といった議論が盛んに行われるようになり、電気事業法が一部緩和された。こうした法制度の改正や行政を含めた世の中の変化を先取りする形で、柏の葉スマートシティのAEMSは実現に至ったのである。

また、平常時に電力網が乱れてしまうような事態は絶対に起こしてはならない。そこに日立が持ち込んだのが、交流直流変換の仕組みである。これは50ヘルツの東日本と60ヘルツの西日本の間で電力融通を可能とするために、静岡県の東清水変電所などに設置されている周波数変換設備とほぼ同じ原理を採用したもの。柏の葉スマートシティの街区間で電力を融通する際に周波数を変換する必要はないのだが、「交流―直流―交流と、いったん直流をはさむことで、2つのエリア間での電気的な影響を完全に排除することができるのです」と戸辺は説明する。

継続的な課題解決や進化を支えることが社会イノベーションの本質

こうしてAEMSのもとで実現された街区間の電力融通の仕組みにより、もし災害が発生した時は大きな効力を発揮することになる。

「たとえば系統電力がストップした際に、オフィスエリアのエネルギー棟に設置されたリチウムイオン蓄電池システムから住居エリアの各マンションの避難誘導灯やエレベーターに、あるいは商業施設で地下水をくみ上げているポンプなどに向けて優先的に電力を送り、人々の生命の安全を守ることができます」と戸辺は語る。

実は、災害などの非常時だけでなく平常時にもAEMSは大きなメリットをもたらす。電力需要の一日の動きを追ってみると、オフィスエリアでは平日の朝9時から午後5時まで、商業施設は休日の朝10時から午後9時まで、住居エリアでは住民の帰宅が始まる午後6時から午後12時頃までといった具合に、それぞれピークが異なっている。

「街区間の電力融通をAEMSによって的確にコントロールし、まちまちだったピークを平準化することで、柏の葉スマートシティ全体としての省エネや電力料金の削減を実現できるのです」と戸辺は強調する。

先にも述べたようにAEMSは、電力のみならず水やガスなどの需給についても地域全体での効率的な運用・監視・制御を担い、エネルギー利用を最適化する。これは画期的なことである。

柏の葉スマートシティは、すでにオープン済みの第1ステージから、国立がん研究センター東病院や千葉大学柏の葉キャンパス、こんぶくろ池自然博物公園などを含めた2030年目標の第2ステージへと、今後も開発エリアを広げていく計画だ。エリアにはさまざまなベンチャービジネスも誘致され、新たな街の活力を生み出していく。

この過程においても、きっと今までとはまったく違った新たな困難や阻害要因が浮上してくるだろう。しかし、そうした課題こそが地域社会のニーズそのものなのだ。日立自身が「住民のひとり」となってこの街で暮らし、さまざまな課題をマーケットインで受けとめながら、引き続き解決に貢献していく。

「あらためて考えると、私たちが現在の日本で豊かな生活ができているのは、祖先がそれぞれの時代に暮らしがどうあるべきかを模索し、築いてきた礎が受け継がれているからに他なりません。では、私たちは子や孫の世代に、どんなものを残していくことができるでしょうか。単に経済的な合理性や高機能を追求するといったことだけでなく、今の人々の暮らしの維持や公共性にも配慮しながら、より良い答えを探し続けることが大切です。劇的な革新ではなく、継続的な課題解決や改善、進化を支えていく基盤を提供することが、社会イノベーションの本質です」と戸辺は語った。続けて、その思いの原点となっている日立の創業者である小平浪平が示した、理念があると紹介した。

私の真意を申上げますと云ふと、日本の機械工業を進展さして、さうして日本の隆々たる国運に副うて行きたい、是が私の希望であります。

詰まり会社の仕事と云ふものは、決して唯単なる金儲けばかりやって居るのではないと云ふことは能く皆さんの頭に入れて戴きたいのであります。此一つを申上げて置きましたら、日立精神と云ふものはどういう風に醸成されて居るかと云ふことは能くお分かりになるだろうと思ふのであります。

『新入社員に対する訓示』昭和十年 小平 浪平

日立は2010年に創業100周年を迎えたが、その長きにわたって存続し続けることができた背景には、常に「国家や産業、地域社会、人々に貢献する」という精神があった。そして、今後の100年に向けても日立が存続していけるかどうかは、「柏の葉をはじめ国内各地や海外に向けても展開していく街づくりを通した社会イノベーション事業において、日立の伝統的な事業を通じた社会貢献の精神を守り続けているかどうかで試されることになります」と語気を強める戸辺。

さまざまな地域の住民や多くのステークホルダーと連携・協業しながら街の一員となり、「まずは課題をつかみ、その上で日立に何ができるかを考える」という、さらなる社会イノベーションへの終わりなき挑戦と実践に期待したい。

Realitas Vol.13 掲載記事より

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