IoT、AI(人工知能)、アナリティクスなど、デジタル技術を活用した新しい潮流がビジネスの世界を揺り動かしている。デジタルシフトによって今まで存在していた業種や事業の壁がなくなり、突如として新しい競争相手が登場し、業界のビジネスモデルを大きく変革させてしまうケースも出始めた。しかし、この状況について「日本企業にこそチャンスあり」と説くのはIoTの第一人者である東京大学 先端科学技術研究センターの森川 博之教授だ。その理由はどこにあり、日本企業はデジタルシフトとどう向き合うべきなのか。森川教授に話を聞いた。

東京大学 先端科学技術研究センター 教授 森川 博之 氏

失敗を恐れていては新たな価値創出は望めない

――最近ではTV、新聞などのメディアでも、しばしばIoTの話題が取り上げられるようになりました。こうした動きをどのように見ていますか。

森川
個人的に一番良かったと感じているのは、ITに対する世間の見方が変わってきたこと。これまでのITといえば、どちらかといえば「効率化やコスト削減」のためのツールというイメージが強かった。しかし本来は、「新しい価値を創ること」こそがITの果たすべき役割のはず。IoTというキーワードをきっかけに、その認識が広がってきたことは大変よい傾向だと思います。大企業の経営トップと話していても、ITやIoTを企業経営の根幹に関わる重要な要素と捉える方が増えてきています。

――経営トップからIoT活用のあり方などについて相談を受ける機会も多いと思いますが、そこではどんな話をするのでしょうか。

森川
繰り返し申し上げているのが、IoTは「フェイルファースト」、つまり最初は失敗して当たり前で、何度も挑戦することが大事だということです。IoTに取り組むチームというのは、ある意味で切り込み部隊のようなもの。前例のない戦いに手探りで飛び込んでいくわけですから、作戦が必ずしも成功するとは限りません。ある程度の失敗は最初から織り込んだ上で、それでも続けていくという強い意志が必要です。

――たとえ失敗を重ねることになっても、そこから1つでも成功の芽をつかめれば、後々新しい価値の創造につながってくるということですね。

森川
もちろん、事業活動の全てで失敗するのは困るでしょうから、手堅く稼ぐ部分と将来に向けた挑戦の部分のバランスをとることも重要です。ちなみに米国の金融業では、「RTB(Run the bank:維持のための予算)」「CTB(Change the bank:変革のための予算)」といった分け方をしており、前者は既存の銀行ビジネスで収益を上げるための取り組み、後者はフィンテックなどの新しい取り組みと位置付けています。IoTへの取り組みは、まさにこのCTBと通じるところがありますね。

――そうした新しい取り組みが、今後の成長を支える重要なカギになっていくわけですね。

森川
そういうことです。昨今ではデジタルシフト、デジタルトランスフォーメーションといったキーワードもよく取り上げられており、自社のビジネスをどうデジタルシフトしていくかが重要な経営課題になっています。これは裏を返せば、そうした取り組みに必要な環境が整ってきたということでもあります。IoTやデバイスの価格が下がる一方、ビッグデータやAI、アナリティクス技術など、様々な先進技術が容易に利用できる状態にある。つまり、失敗にかかるリスクが年々下がってきているわけです。こうしたものを一刻も早く、自社の事業に生かしていくことが望まれます。

画像: 失敗を恐れていては新たな価値創出は望めない

デジタルシフトで大きく変わる企業のビジネス

――IoTをはじめデジタルシフトの進化を自社に取り込むことは、企業経営にどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

森川
デジタルシフトがもたらす最大のインパクトは、事業活動のあり方そのものが今までとは根本的に変わってしまうところにあります。敏感にアンテナを張っている経営者の方なら既にお気づきでしょうが、デジタルシフトによって今まで存在していた業種や事業の壁が次第になくなりつつあります。

例えばUberやAirbnbなどのサービスが話題を集めていますが、タクシー業界やホテル業界はまさかこんなかたちでライバルが生まれてくるとは予想もしなかったことでしょう。しかし、クルマや空き部屋といったありふれた資産がデジタル化されたことで、一気に巨大なマーケットが生まれてしまった。そして既存ビジネスと新しいビジネスのどちらに勢いがあるかといえば、これは間違いなく後者です。

米国では航空座席予約サービスを手がける企業の時価総額が、親会社である航空会社を上回っています。つまり、航空機の座席というアナログ資産をデジタル化した会社が航空会社よりも市場から評価されているわけです。まさに「データを持つものはビジネスを制す」ということ。企業が今後も成長を続けていくためには、一刻も早く自社の事業を定義し直し、次のビジネスの芽を探して育てていく必要があります。

――こうした新しいビジネスモデルの構築や新しい事業の創造は欧米企業が得意とするところで、日本企業には難しいのではないでしょうか。

森川
それは違います。元々こうした取り組みは、日本人や日本企業の得意とする分野だと思っています。とかく先端技術分野ではシリコンバレー流の華々しい取り組みばかりが注目されがちですが、企業の現場や人々の暮らしに関わるような課題を地道に改善していくのは日本企業の得意分野のはず。トヨタの「カイゼン」だってその1つです。デジタルシフトによってバーチャルとリアルが融合することで、ビジネス自体のカイゼンが簡単にできるようになるわけです。

――ビジネスのカイゼンとは具体的にどのようなことを指すのでしょうか。

森川
例えば、四国のスーパーマーケットが行っている古紙回収ポイントシステムなどは、その分かりやすい例だといえますね。古紙回収というと極めてアナログな世界を想像しますが、ここでは店頭に設置した古紙回収ボックスや古紙回収端末、ポイント端末、顧客データベースなどをネットワークで連携。お客さんが古紙を持ち込むと、その重さに応じてポイントが付与される仕組みを構築しています。こうすることで、古紙回収業者は効率的に資源収集が行えるようになり、スーパーは来店客数の増加が見込め、消費者はポイントがもらえるという一石三鳥の効果が得られています。

別に古紙回収ボックスにわざわざセンサーや通信デバイスのようなハイテク機器を付けなくたってよいわけです。しかし、あえてそれをやることで、少しずつ快適で便利な社会が実現されていきます。あれば便利といったものを実現するという意味で、アイデア商品ならぬ、アイデアビジネスといったところでしょうか。

――それぞれのプロセスは今までも現実世界に存在していたわけですが、それをデジタルでつないだことで新しい価値創出が実現できたのですね。

森川
その通りです。その他に、埼玉のバス会社イーグルバスも興味深い例ですね。こちらでは路線バス事業にビッグデータ解析技術やGPS、センサーなどを持ち込むことで、赤字路線の収益向上を果たしています。具体的には、停留所ごとの乗降客数や運行時間などを定量的なデータとして捉え、それを基に時刻表やバス停の位置などを見直すことで、運行の最適化を図ったのです。その結果、バス利用客の満足度は向上し、会社としても売り上げを伸ばすことができました。ベテランの経験と勘が頼りだったバス運行をデジタル化することで、人の生活に直接的に関わってくるような変化を生み出せたのです。これもビジネスのカイゼンの一種だと私は思います。

画像: デジタルシフトで大きく変わる企業のビジネス

「アナログプロセスのデジタル化」に着目

――確かに、日本企業にも大きなチャンスがありそうです。その実現に向けて、まず何から手を付ければよいのでしょうか。

森川
「自社の事業活動の中でまだデジタル化されていないアナログプロセスは何か」という点に目を向けることが必要ですね。これまで触れてきたような事例にしても、全てアナログプロセスのデジタル化が重要なポイントになっています。そして我々の仕事の中には、まだまだ膨大な数のアナログプロセスが残されているはず。これをデジタル化していく上で、IoTは非常に有用なツールとなります。

もちろん、個々の企業によって目指すべきビジョンや事業方針はそれぞれ異なりますので、具体的に何をテーマに取り組むかという点についてもしっかりと議論しておく必要があります。

――他にはどのようなポイントがあるのでしょうか。

森川
人材活用や組織・体制の面でも気をつけるべきポイントがあります。先にRTB、CTBの話をしましたが、この両分野では求められる人材が違う。新しい取り組みでは、できるだけチャレンジ精神にあふれた人をアサインする方がよいでしょう。リスクを避ける文化に染まった人だと進むものも進まない。

それと同時に、評価の仕組みも考え直す必要がありますね。なにしろ失敗することを前提に活動するチームですから、単に成果だけで評価されてしまうとモチベーションも上がりません。ぜひ、どのような試みに挑んだかという点も含めて評価してあげてほしい。

また、もう1つ感じているのが、技術者自身がもっと企業や市民生活の現場に飛び込んで、デジタルシフトの先導役を果たしてほしいということです。技術者の世界では、どうしても開発にばかり重きを置きがちな傾向があります。そのため、成果としてわかりやすい「スペックアップ」や「高機能化」に目がいきがちになる。しかし、その技術をどう生かすのかという方向をもっと考えていかないと、真のデジタルシフトは望めません。

――なぜスペックアップや高機能化に進んではいけないのでしょうか。

森川
もちろんそれ自体がダメだとは思いません。問題はスペックアップや高機能化が利用者にとって意味があるのか、という点です。現在、ビジネスを発展させていく上で、「ストーリー性」は極めて重要な要素になっています。一昔前までは、技術力を磨いてよい製品を作りさえすれば、それでビジネスになりました。しかし様々なテクノロジーの進歩によって、もはや品質や機能で差異化を図ることは難しくなっています。

今後は顧客に対してどのような価値を提供できるのか、そこにはどのようなストーリーがあるのかをもっと考えていかなくてはなりません。例えば建築分野を考えてみましょう。以前は建物をいかに安全に建てるかという点に主眼が置かれていました。しかし現在ではそれだけでは十分ではない。今設計している建物にどんな人々が集い、どんな体験をして、どんな時間を過ごすのか、といった利用者のストーリーに想いを巡らせなければいい建築物にはなりません。最近、デザイナーがデザインを行う際のプロセスをイノベーションに生かす「デザイン思考」の考え方が注目されているのも、その1つといえるでしょう。

画像: 「アナログプロセスのデジタル化」に着目

「エコシステム」でより大きな価値創出を

――まずは失敗を恐れずスモールスタートで取り組みを始める。そこでは適切な人材を割り当てると同時に、どのような価値を生むかというストーリー性も重視する。こうした形で取り組みを進めることで、デジタルシフトを成功に導けるようになるということですね。

森川
企業内の取り組みにおいてはその通りです。ただし、もう1つ考えていただきたい重要なポイントがあります。それは自社以外の企業ともオープンに手を組み、エコシステムを創り上げていくということです。

いくら新たな価値創出を目指すといっても、一社の力だけではどうしても限界があります。しかし、自社にない特長や強みを持つパートナー企業と力を合わせれば、より大きなイノベーションを実現できる可能性が広がります。

最初にIoTは失敗から成功を生むと述べましたが、例えば10社で手を組んだとしたらどうでしょう。失敗の数も10倍になりますが、そこから成功を生み出せる可能性も10倍になり、さらにマーケットに対して働きかけを行う力も10倍になります。こうした企業間の取り組みをどんどんスパイラルアップさせていけば、これまでよりもっと効率的に価値創出に取り組めるようになります。

――そうした活動が広がってくると、日本企業全体の活力アップにも大きな効果が生まれそうです。

森川
ピーター・ドラッカーは「蒸気機関が鉄道を生んだことが産業革命の本質ではない。鉄道ができたことによって産業が変わったことが本質である」と述べていますが、これはデジタルシフトにもあてはまります。いま我々は産業や経済、社会のあり方が大きく変わるスターティング・ポイントに立っていますので、ぜひこのチャンスを逃さないようにしてほしいですね。

森川教授が説くデジタル時代で成功するための重要なポイント

①フェイルファースト
最初は失敗して当たり前。ある程度の失敗は最初から織り込んだ上で、それでも続けていくという強い意志が必要

②スモールファースト
最初から範囲を広げてしまうとリスクが大きい上、プロジェクトがなかなか立ち上がらない。まずは小さく成果の見えやすい領域から手を付けることが肝心

③挑戦する精神を持った人材の活用
新しい取り組みでは、できるだけチャレンジ精神にあふれた人をアサインする方がよい。リスクを避ける文化に染まった人だと進むものも進まない

④評価の仕組みを考慮する
新しく事業を始める部隊は、失敗することを前提に活動するチーム。単に成果だけで評価するのではなく、どのような試みに挑んだかという点も含めて評価すべき

⑤自社の事業活動を見直す
自社のデジタル化されていないアナログプロセスは何かに目を向ける。そこにビジネスチャンスが潜んでいる

⑥ストーリー性を重視
スペックアップや高機能化だけでなく、顧客に対してどのような価値を提供できるのか、そこにはどのようなストーリー(価値)があるのかを考える

⑦エコシステムを創り上げる
自社にない特長や強みを持つパートナー企業と力を合わせれば、より大きなイノベーションを実現できる可能性が広がる

画像: 「エコシステム」でより大きな価値創出を

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