工場やプラントを支える重要機器である産業機械は、納入後の安定した稼働を実現するため、予防保全による異常発生の抑制や異常の早期検出による迅速な復旧対応など、ダウンタイム(運転停止時間)を極力低減することが求められている。しかしながらこれまでのアフターサービスでは、定期的にユーザーを訪問して機械の状態を確認する、異常発生時に素早く現場に駆けつけるといった対応しかとることができず、ユーザーの期待に応えきれずにいた。そこで日立が開発したのが、クラウド型機器保守・設備管理サービス「ドクタークラウド(Doctor Cloud)」だ。 日立が長年にわたって手がけてきた産業機械の設計・製造・保守や工場・プラントのEPC(エンジニアリング、調達、建設)の実績、さらにITベンダーとしての技術力を融合したもので、機械の稼働状況を常時リモートで把握し、製造・保守に携わる現場のノウハウに基づいて分析することで、予防保全や故障予兆、省エネ診断、設備保全管理などの業務を支援する。2011年から日立製のクレーンや空気圧縮機を対象としたクラウドサービスで実証を重ね、国内外の産業機械メーカー向けにサービスを外販するまでに至ったこれまでの取り組みを、日立のインフラシステムグループ、業務主幹である戸井田滋が語った。

文=小山健治(ジャーナリスト)写真=石井孝始

画像: 株式会社日立製作所 インフラシステムグループ 業務主幹 経営企画本部 担当本部長 兼 サービス事業推進室 室長 戸井田 滋

株式会社日立製作所 インフラシステムグループ
業務主幹 経営企画本部 担当本部長 兼 サービス事業推進室
室長 戸井田 滋

日本のプラント・エンジニアリング市場で築き上げてきた高度な運用経験とノウハウに活路を見いだす

日立のインフラシステムグループは、社会・産業インフラのコンポーネントからEPC(エンジニアリング、調達、建設)、情報・制御システムまでのトータルソリューションをワンストップで提供することをミッションとしている。

現在、新興国や先進国では、低炭素で持続可能な社会の実現に向けて、社会インフラとITを融合した「スマートインフラ」の市場が急速に拡大している。そうした中でインフラシステムグループは、エネルギー、モビリティ、水、産業プラント、スマートシティなどの幅広いインフラ分野において、お客さまや地域のニーズに合ったソリューションを提供し、次の時代を拓くイノベーションを実現していこうとしているのである。

その絶え間ない取り組みから生まれてきた新たな事業の一つが、クラウド型機器保守・設備管理サービス「ドクタークラウド(Doctor Cloud)」だ。

ただ、そもそもITを本業としているわけではないインフラシステムグループが、なぜ前面に立ってクラウドサービスに乗り出してきたのだろうか。インフラシステムグループ業務主幹であり、経営企画本部の担当本部長とサービス事業推進室の室長を兼務する戸井田滋は、「原点となったのは、2010年頃から始まった日立プラントテクノロジー(※現在、日立製作所に吸収合併)における取り組みです」と言う。

日立プラントテクノロジーは、「モノづくりからプラント建設まで一貫して請け負う」というスローガンのもと、大型ポンプや圧縮機、水処理システムなどの社会インフラシステムや、化学・医薬プラントなどの産業システムを主力事業としてきた。そして、そのDNAは現在のインフラシステムグループ全体に継承されている。

とはいえ、国内市場での需要の伸びはもはや期待できない時代。プラント・エンジニアリングに携わっているいかなる企業にとっても、グローバル市場への進出・拡大は生き残りのために不可避の条件となっている。

もちろん、これとて容易なことではない。グローバル市場では中国や韓国のメーカーの台頭が著しく、コスト競争では太刀打ちできない状況となっている。ならば、コスト以外の何で勝負するのか。結論としては、日本のプラント・エンジニアリング市場で築き上げてきた高度な経験とノウハウに活路を見いだすしかない。

「具体的には、日立のインフラシステムグループが持つ経験とノウハウを何らかのソフトウェアの形にまとめ上げ、競合他社にはまねできない付加価値として展開していこうと考えました。ただ、いわゆるパッケージソフトのように簡単にコピーされてしまうものであってはダメ。そこに出てきたのが、プラント・エンジニアリングの世界に日立のクラウドサービスのノウハウを融合していくという発想だったのです」(戸井田)

まずは国内から、それも最初からプラント全体を対象とするのではなく、単体としての機器や設備で効果を実証することから始めよう――。こうして2011年末より提供を開始したのが、クレーンの監視・故障診断・設備保全管理を行うクラウド型サービス「クレーンドクタークラウド」である。

画像: 図1:クレーン事業への適用

図1:クレーン事業への適用

各種工場や産業廃棄物処理施設、港湾施設などに設置されるクレーンは、重量物の運搬や組み立てなどに用いられる重要な設備で、法定点検が義務づけられているほか、保守、改修、故障発生時の復旧対応など多岐にわたるアフターサービスを効率的かつタイムリーに行うことが求められている。特に近年では、既存設備(ストック)をできる限り有効活用し、長寿命化を図るための体系的な手法として「ストックマネジメント」の考え方が官公庁や自治体でも注目され始めており、クレーンの業務においても、運転データの長期間にわたる定量的な把握と活用が求められるようになった。

日立では、過去約100年にわたって天井クレーン、橋型クレーン、ジブクレーン、アンローダなどの各種クレーンを手がけてきた実績がある。そうした中で培ってきた故障の予兆診断や予防保全に関する経験とノウハウを集約し、クラウドを通じて提供してみてはどうかと考えたのだ。

ゴミ処理施設で稼働するクレーンを対象にクラウドサービスの導入効果を実証

ところで、一口に「ノウハウ」と言ってしまうのは簡単だが、その本質はどんなことにあるのだろうか。わかりやすい例が、クレーンドクタークラウドの最初の実証の場となった、とある自治体のゴミ処理施設である。

同施設には2台のクレーンが設置されており、一日おきに交代で運転を行っている。万一、どちらかのクレーンが故障した場合でも、ゴミ処理がストップしないように冗長化された運転体制が組まれているわけだ。2台のクレーンを交代で使っているのであれば、「どちらの使用量も負荷もほぼ均衡しているはず」と、誰もが考えるのではないだろうか。実際、ユーザーも日立もそのように考えており、どちらのクレーンに対しても同じサイクルで定期メンテナンスを実施していたという。

ところが、実証実験においてそれぞれのクレーンに取り付けられたセンサーのデータを長期間にわたって蓄積し、分析してみたところ、2台のクレーンの使用量には大きな格差があり、部位によっては2倍以上も負荷に差があることが明らかになった。

なぜそんな差が生じるのかさらに調査を進めてみたところ、原因となっていたのは、焼却炉の中でできる“ゴミ山”の違いだった。あちこちから収集されてきたゴミは、数か所の「ホッパー」と呼ばれる投入口から焼却炉内に投入されるのだが、どのホッパーからゴミを投入するのか、当日の担当オペレーターの指示にむらがあると、積まれるゴミ山の高さは場所によって偏りが生じてしまう。そのままではゴミを効率よく処理することができないため、クレーンは「パケット」と呼ばれるゴミを把持する部位を降ろし、前後・左右・上下に動かしてゴミ山を崩してならしている。

すなわち、この操作におけるクレーンの動かし方が、その時々のオペレーションによって大きく変化していたのである。裏を返せば、最初からゴミの山が均等になるようにホッパーを選びながらゴミを投入していけば、2台のクレーンが受ける負荷を最小限に抑えつつ運転効率を高めることができる。ひいては、より計画的で無駄なコストのない予防保全に基づいた装置の長寿命化が可能となる。

そのために必要なことは、焼却炉内にできるゴミの山を“見える化”することだった。勘を頼りに指示を出していたオペレーターに対して、ゴミ山の現在の状況をありのままに見せることができれば、「次はこちらのホッパーからゴミを投入せよ」と、作業現場でより的確な判断が下せるようになる。

カメラを設置してゴミ山を監視することも検討したが、焼却炉内は常に大量の水蒸気が充満しているためレンズが曇ってうまくいかない。そこで日立が考えたのが、クレーンに取り付けられたセンサーから得られる情報を利用するという方法だったのである。

画像: 図2:「ドクタークラウド」のサービス提供スキーム

図2:「ドクタークラウド」のサービス提供スキーム

なにもこの目的のために特別に開発されたセンサーを新たに取り付けたわけではない。クレーンの故障検知のためにもともと取り付けられていた位置センサーや重さセンサーから得られる情報を組み合わせ、時間推移を計算することで、焼却炉内でのゴミ山の表面をグラフィカルに描き出すことに成功したのである。

この取り組みが、これ以降のユーザーと日立の関係を大きく変えることになった。

「従来はクレーン製品の数あるサプライヤーの一社にすぎなかった日立が、お客さまと一緒になってオペレーションのあり方を考え、『このように変更したほうが良い』という提案を聞いていただけるパートナーになれたのです。お客さまの現場を理解し、ノウハウを提供するということの本当の意味がそこにあります」(戸井田)

続いて日立は、浄水場における運転管理(運転データ取得・記録)、設備点検整備(巡回点検)、水質分析、報告書作成などの設備管理業務にもクラウドを適用。2011年から現場でのサービスを開始し、事故防止や長期連続稼働の実現などの成果を挙げた。

さらに、2013年からは自動車工場や半導体工場、液晶工場などで使われているコンプレッサー(空気圧縮機)を対象に、オペレーション支援や設備保全管理を行うクラウド型サービスも展開。機器監視による約30%の省エネ運転や装置稼働率の向上など、ユーザーの生産現場での実証を通じてクラウド型サービスのブラッシュアップを図っていった。

画像: 2013年から「ドクタークラウド」を適用した空気圧縮機の外観写真

2013年から「ドクタークラウド」を適用した空気圧縮機の外観写真

機器単体の保全管理からプラント全体の運用支援へ

クラウド型サービスでは、これまでのような単体の機器には搭載できなかった大容量のメモリーを利用することができ、時々刻々と変化する制御情報をすべて蓄積することができる。それらの情報を“見える化”することで、プラントや機器の運転状況を現実に近い形で再現することが可能となる。さらに、クラウドのバックエンドにある強力なコンピューティングパワーを活用し、プラントや機器の計画・設計段階で想定していた運用条件やノウハウに基づいたデータ分析やシミュレーションを行うことで、より最適な運転方法や高効率化、省エネルギー化などの提案が可能となるほか、ユーザーも気づいていなかったような事象を見いだすことも可能となる。

「これまで機器メーカーが提供してきた予兆診断は、各部位に対して『これ以上、負荷増加や劣化が進むと壊れる危険性がある』という値をあらかじめ設定しており、そのしきい値を越えた場合に警報を鳴らすといったことしかできませんでした。そこに機器を設計した者だからこそ導き出せる答え、実際に機器を利用しているお客さまだからこそ知りえる事情など、さまざまな情報を組み合わせて分析することで、現場ごとに異なる機器の運用状況を正確に把握した上で、故障の予防保全や対処を行えるようになります」(戸井田)

もっとも、無数の機器や設備の集合体として成り立っているプラント全体にドクタークラウドを広げていくためには、機器単体とはまったく違った運用オペレーションやメンテナンスのノウハウを組み込んでいく必要がある。

たとえば、プラントを構成するさまざまな設備や機器の維持・管理のために日々行われている作業に巡回点検がある。プラント内の各所に設置されたセンサーやメーターなどからデータが中央指令室に集められ、自動化されたコントロールも行われているが、その割合は3割ほどにすぎないという。残りの7割がどうなっているかというと、現場の作業者が担当箇所を巡回し、目視や打音による検査・点検を行っているのだ。

これらの人的な作業を完全にIT化し、電子データによる自動コントロールに置き換えていくことをめざすのかというと、決してそういうわけではない。やはり人間が直接目で見て確認しないと、正確な状況把握ができない場面も多い。「そうした運用現場で働いている人たちをどうやってサポートしていくのかが、ドクタークラウドをプラントに適用していく上での重要テーマになります」(戸井田)

そこで日立が活用したのが、日立産業制御ソリューションズが開発した「スマートファム(SmartFAM)」と呼ばれる設備・資産管理システムである。ストックマネジメントの考え方に基づいた管理手法を標準化したソリューションとして提供するもので、自動車、化学、金属、食品、医薬、公共などの各産業分野における設備管理をはじめ、BCP(事業継続計画)や物品管理など、すでに320サイト以上での導入実績を持つ。

保全予算の立案や実績管理においてコストを見える化する「保全予実算管理」、さまざまな設備ならびに設備を構成する部位ごとにきめ細かく保全管理する「階層構造管理」、保全における承認業務効率を向上させる「ワークフロー」といった機能を搭載。効果的なライフサイクル管理を実施するために必要となる情報やノウハウを一元管理し、関係者間のスムーズな連携による合理的な業務改善を支援する。

たとえば、各設備や機器の点検情報の管理を紙の台帳や表計算ソフトで行っているプラントも珍しくなく、「マスター台帳を複製して作業用ファイルを作っていたところ、どれが最新版か分からなくなった」「A工場とB工場では台帳のフォーマットが異なり、機器の移管時に必要な情報が不足した」「エクセルのマクロを使って、複数のユーザーが利用できるシステムを構築したが、担当者が退職してしまい誰も修正できなくなった」など、さまざまな問題が起こっている。

こうした設備保全にまつわる業務全般をスマートファムは一貫してサポートするのだ。また、プラント内の設備や機器のデータと紐づけて写真や取扱説明書などの関連資料を一元管理するほか、グラフィカルな画面上でレイアウト管理を行うこともできる。

「このスマートファムをオリジナルの汎用パッケージのまま提供するのではなく、プラント運用に携わっている現場の方々が最初から扱いやすい形にカスタマイズした上で、ドクタークラウドに搭載しています」(戸井田)

画像: 機器単体の保全管理からプラント全体の運用支援へ

さらに先進的なIT活用への取り組みとして注目すべきが、日立の中央研究所が開発したAR(拡張現実)技術の応用である。

プラントの設備保全において最もリスクが高く、作業者自身も不安を感じるのは、日頃めったに行わない操作が求められる局面に立たされた時だ。たとえば、故障した機器を交換するために電源を切り替えようとしたところ、手順を誤ってプラント内の全系統の電源を落としてしまうといった重大なミスが起こりうるという。数年に一度起こるか起こらないかといった非常時の手順を、誰もが完璧に覚えていられるわけではない。

中央研究所が開発したAR技術は、プラント内のどこにでも持ち運べることができるタブレットと連携したもので、設備保全の対象としている箇所をカメラで写すとクラウド側にある設計情報や保守情報などと即座にマッチングされ、その場で作業者が実施しなければならない操作手順が次々と画面にガイダンス表示される。

もちろん、このサービスは非常時だけでなく日常的な巡回点検の際にも活用できる。実際にどんな操作が行われたのか、ミスを防止するとともにエビデンスも残すことができ、設備保全業務の品質を向上していくことに役立つのである。

グローバル展開を見据えたドクタークラウドの外販を開始

「お客さまにドクタークラウドを提案する際に、私たちは『ヘルメット族のためのITシステム』とご説明しています。常にその意識をもってお客さまの課題と向き合っていないと、現場が抱えている悩みをITの専門家たちに伝えることはできず、一方で設備や機器の設計者が思いを込めて投入したさまざまな機能の価値を現場で発揮させることもできません。昨今、データサイエンティストと呼ばれる人材が注目されていますが、やはり“餅は餅屋”でなければ分析できないことも多々あります。数値分析や統計処理ではなく、機械の特性を理解した上での予兆診断のほうが、より適切な診断が可能となるからです。その意味からも、私たちインフラシステムグループのメンバーは、より多くのお客さまの現場に入り込み、設備系と情報系をつなぐインターフェースにならなくてはならないと考えています」(戸井田)

こうしたパートナーとして多様なユーザーとの“つながり”を深めていく先に、いよいよドクタークラウドのグローバル市場へのサービス展開が視野に入ってくる。

2014年2月、日立はこれまで自社製品のみを対象に展開してきたドクタークラウドを、国内外の産業機械メーカー向けに外販していくことを決定。遠隔監視や故障予知診断などの機器保守サービスのほか、予防保全計画の策定支援をはじめとする設備管理サービスの提供を開始した。これを活用することで産業機械メーカーは、部品の在庫適正化やメンテナンス時期・内容の予測が可能となり、機械の維持管理のためのコスト低減や効率的なサービス体制の構築による経営効率向上を図ることができる。

加えて期待されているのが、日立ならではのユーザー視点でのデータ分析・提案によるお客さまサービスの向上だ。産業機械メーカーは運転データを遠隔から監視できることから、トラブルの原因推定と復旧までの応急対応を今まで以上に迅速に行えるようになり、異常発生時のダウンタイムの低減が可能となる。加えて、故障予兆診断や予防保全計画の策定支援など、産業機械メーカーが納入した機械へのアフターサービスを充実させることで、製品ライフサイクルコストの低減を図ることができる。

「日立は、スマート情報分野における製品・サービス群を『インテリジェントオペレーションズ(Intelligent Operations)』として体系化しており、ドクタークラウドはそのラインアップの一つに位置づけられています。今後、国内外の産業機械メーカーに向けた提案活動を、ますます積極的に展開していきます」(戸井田)

日立が追求する「IT×インフラ」のコンセプトを体現し、世界に示していくソリューションとして、ドクタークラウドが本格的に動き始めた。

Realitas Vol.10 掲載記事より

This article is a sponsored article by
''.