デジタルトランスフォーメーションに関する全3回のコラムシリーズ。第1回は、ICT市場での構造変化とその状況下でのグローバル企業の取り組みを紹介し、あらゆる企業にデジタルトランスフォーメーションが必要になっていることを述べた。第2回は、デジタルトランスフォーメーションによって事業成長を達成するために、経営者が取り組むべき5つの変革について述べ、変革レベルを判断する指標であるデジタルトランスフォーメーション「成熟度モデル分析」を用いて、日本企業が米国企業に比べ変革への取り組みが遅れている実態について紹介した。最終回となる第3回では、デジタルトランスフォーメーションの実現に向けて、国内企業が「変革の成熟度」を上げていくためには具体的に何が必要であるかについて提言する。

アナリストプロフィール
廣瀬弥生 (ひろせやよい)
IDC Japan株式会社 ITスペンディンググループマネージャー

国内IT支出動向調査の責任者として、国内IT市場を製品別、企業規模別、産業分野別に分析する他、主要ベンダー製品別動向などの調査を担当。

日米の大学院修了後(経済、行政政策、ビジネス専攻)、情報通信系リサーチ、コンサルティング企業にて、行政部門を中心とした情報システムの上流工程に関するコンサルティングに従事。その後、国立大学にて、ITを始めとする先端技術研究の事業化プログラムを管理・運営。研究者として、国内各地域の産業活性化政策の提言や、IT系企業との共同研究にて、次世代ITサービスの実現に向けた研究プロジェクトなどを実施。その後、独法研究機関において、センサー技術の研究開発マネジメントを実施。総務省情報政策委員として、日本の情報通信分野の国際標準化戦略に関する提言を行う。情報リスクマネジメント及び、情報システムの組織内導入ノウハウに関する論文執筆。常にリサーチと先端技術の事業化プロジェクトマネジメントの双方に従事することにより、実務・現場視点でのリサーチを実施することに心がけている。

専門の分野/テーマ
・ITマーケット分析
・情報通信業界における競争構造、ビジネス戦略に関する分析
・情報システムの上流工程に関するリサーチ(経済、経営分野)

第1回:何故デジタルトランスフォーメーションが必要なのか? >
第2回:デジタルトランスフォーメーションを実現するために、経営者が取り組むべき5つの変革 >

1. CEOがデジタルトランスフォーメーションを推進すべき

すでに多くのグローバル企業にとってデジタルトランスフォーメーションは、企業が持続的に成長するためにCEO自らが経営戦略の柱として推進していくべきものという位置付けである。GE(ゼネラル・エレクトリック)、フォード、GM(ゼネラルモーターズ)など、海外の多くのグローバル企業のCEOは、自らの言葉でデジタルトランスフォーメーションの必要性を提唱し、新たなビジネスモデルの創出や産業特化型プラットフォームの構築、イノベーション創出支援など、本コラム第1回で挙げたような変革を次々に実現している。また、それに伴い、CDO(Chief Digital Officer)などデジタルトランスフォーメーション戦略を実施する新たな役職を置く企業も増加している。IDCでは、世界のグローバル企業の60%が、デジタルトランスフォーメーション戦略の実行を既存の組織をベースに進めることは難しいと判断し、2017年までにこれを専門とする部署を新たに設けるとみている。

一方、国内企業は、この動きに遅れ気味である。CEO自らがデジタルトランスフォーメーションの必要性を提唱している企業はまだ非常に少ない。産業特化型プラットフォームの構築を始めとするグローバル企業の動きについても、国内では情報を集め海外の現状をウォッチしている段階の企業が多い。デジタルトランスフォーメーションは企業の持続的成長のための「経営戦略の柱」というよりも、「ITを使って新たに事業をすること」といった認識に留まっており、海外に比べて社内全体の変革を実施する必要性を感じている企業は少ない。また、担当部署についても基幹システムを始めとする既存のIT部署が担当するものと位置づけている企業が多い。

図1は、IDCが本年3月に戦略的IT投資に対する取り組みの現状について、従業員数1,000人以上の企業経営幹部に対してアンケート調査を行った結果を示している。「既存の情報システム部が戦略的IT活用についても検討する」と回答した企業が全体の約4割を占めるなど、人員や予算の増加が見られるものの既存のIT部署が戦略的IT投資を担当する企業の方が、「既存の情報システム部以外に新たなIT戦略部署が設けられた」と回答した企業よりも圧倒的に多い。「新たにCDOが設けられた」と回答した企業も1割に留まる。「戦略的ITに向けた取り組みは行われていない」との回答と、前述の「既存の情報システム部が戦略的IT活用についても検討する」を合わせると、半数以上の企業が企業変革、ビジネス変革が必要なデジタルトランスフォーメーション時代の到来を認識していない実態が浮き彫りになる。デジタルトランスフォーメーションは社内全体の変革が不可欠である。国内企業でもCEOによるリードが必要である。

図1 戦略的IT投資に対する取り組み

画像: n = 400 ※ 複数回答による調査 Source: IDC Japan, August 2016

n = 400
※ 複数回答による調査
Source: IDC Japan, August 2016

2. デジタルトランスフォーメーションの実現に必要な変革とは

従来の考え方から脱却し、これから社内全体の変革を実施しようとする企業は、まず何から見直すべきであろうか。本稿では、社内変革を実現しIoT(Internet of Things)事業に成功しているアクア株式会社(以下、アクア)の事例から、具体的にどのようなポイントを考慮すべきかについて述べる。デジタルトランスフォーメーションは国内では、事業に対する規制の影響が相対的に小さく、激しいグローバル競争環境に置かれている製造業や小売業での変革が比較的進んでいる。ハードウェア販売中心のビジネスに危機感を抱き、IoTを活用したサービス事業をいち早く開始したアクアの事例からは、変革の実現に必要なさまざまなエッセンスが読み取れる。

アクアは、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、エアコンなどをグローバルに生産/販売、100か国以上で事業展開する総合家電メーカー、ハイアールグループ傘下の企業である。2012年より三洋電機から受け継がれた白物家電事業についてはAQUA(アクア)のブランドで展開している。本稿では、コインランドリーに関するIoTサービス事業であるAQUA ITランドリーシステムについて紹介する。

AQUA ITランドリーシステムは、IoTによるコインランドリー機器の遠隔管理サービスを実施している。同サービスを利用することにより、ランドリーオーナーは洗濯機が突然故障した際にも現場に駆けつけることなく、遠隔から素早く対応できる。また、リアルタイムに稼働状況を把握できるため、ランドリー利用者にとって「行ったら、全部洗濯機が使われていたため待たなければならなかった」ということがなくなり、利用者向けサービスも改善された。これはカスタマーエクスペリエンスの改善に他ならない。さらにITランドリーシステムで収集したIoTデータを分析し、データを活用した経営コンサルティングも実施している。システムの導入によりランドリー平均稼働率は大幅に増加し、同サービス導入前と比較してランドリー1店舗で約3割の売上増に成功したケースもある。同システムの実現によって、ランドリーオーナーにとって、従来の遊休地活用型の「副業」という位置付けから、多店舗展開ができる「事業」として進化させることが可能になったことは、コインランドリー事業全体の成長にもつながっている。

変革しないことによるリスクの共有

最初に挙げるべきは、アクア社員が洗濯機というハードウェア販売を中心としたビジネスから、製品を販売した後も購入者とのつながりを深めるサービス事業に転換しなければならないという意識を強く持ち、同事業を進めていったことである。アクア社の洗濯機はハイスペックであるため他社よりも高価格帯での製品が多い。同サービスに携わる社員は価格競争の激しい中、高付加価値が差別化要因となるサービス事業に転換しなければ生き残れないという危機意識を共有して取り組んだ。別の言葉で言えば、アクアは単にハードウェア販売に付け足す形でIoTサービスを始めたのではなく、なぜIoTによるビジネス変革が必要なのかを理解し、社内意識が変わっていく中で事業展開していったことを意味する。実際には同サービス開始後1年間は、多くの社内関係者やランドリーオーナーなどにすぐに同サービスの有効性が理解されたわけではなかったため、あまり普及しなかった。しかしアクアの経営層が指導性を発揮し、この変革への意識共有を持続させたからこそ諦めず、翌年は予算をさらに増加しキャンペーンを実施して進めていき、利用者増につながったのである。

エコシステム間の密接な連携

次に挙げるべき要因は、セールス、マーケティング、技術部門、保守部門、ランドリーオーナー、代理店などアクア社内外におけるエコシステム間で同じ問題意識を共有し、密接な連携が実現した点である。同事業ではアクアのセールス担当が、ランドリーオーナーに店舗経営やランドリー事業売上増のためのアドバイスも含めて実施するコンサルティング型提案営業を実施している。代理店とも同内容や代理店としての経営上の苦労を共有しており、洗濯機という単なるハードウェアの販売でなく、性能の高いハードウェアを活用し共に収益を上げるためのサービスを提供している。また、セールス、マーケティング、代理店がソーシャルで情報を共有し、故障についても協力して対応している。技術部門、保守部門もランドリーオーナーと連携してシステム構築に当たるなど、コインランドリー事業のサービス改善に向けてエコシステム全体が同じ問題意識を共有している。

顧客目線でのビジネス化

最後に、徹底した顧客目線で現場がビジネスの中核を担った点が挙げられる。同サービスはランドリーオーナーと現場のエンジニア、セールスが話し合い、必要なサービスを検討する中で生まれた事業である。システムの要件定義についても3者協同で構築していった。その結果、オーナーが本当に欲しい、使い勝手の良いサービスを現場のエンジニアがコストと技術の制約要因を考慮しながら、構築していくことができた。

デジタルトランスフォーメーションは、第3のプラットフォームを活用した顧客中心のビジネスである。激しい競争環境における危機感を持ち、顧客目線でのIoTサービス実現に向けて、社内外のエコシステムメンバーが同じ意識を共有して社内変革を進めていったところに、ITランドリーシステムの成功要因を見出すことができる。

3. ITサプライヤーは経営戦略を実現するパートナー

デジタルトランスフォーメーションをCEOがリードし、第3のプラットフォームをビジネス戦略の中心として位置付けられていくに伴い、ITサプライヤーに対しても従来とは違った役割が求められるようになっている。

アクアの事例でも明らかなように、デジタルトランスフォーメーション戦略の実現において最初に必要なことは、「どのITサプライヤーのどの技術を使うのか?」という検討ではなく、(1)自社のビジネスがどのような状況にあり、(2)自社に第3のプラットフォーム技術を活用してビジネス変革をしていく力がどこまであるのかに関する状況把握と課題の検討である。この検討なしに技術的検討のみを実施しても、ビジネス上の目的が明確にならず、成果の確認/検証すら不可能になってしまう。これはITサプライヤーについても、従来の関わり方から脱却し、企業の経営陣と第3のプラットフォームを活用したビジネス変革ビジョンをともに創り出していく必要性を示している。(2)に関する検討には、第2回に掲載したIDCのデジタルトランスフォーメーションの「成熟度モデル分析」を用いることも効果的である。今後はビジネス変革と第3のプラットフォーム活用を共に進めていくパートナーとして、ITサプライヤーが選定されていくようになる。

4. 何を前提に投資対効果を評価するのか

全3回にわたり、デジタルトランスフォーメーションの必要性、取り組むべき変革と具体的検討ポイントについて述べた。デジタルトランスフォーメーションとはそれ自身が市場とそのプレイヤーをすべて飲み込んで変化とイノベーションを持続的に生み出す舞台装置である。したがって、デジタルトランスフォーメーションを実施しない企業は変革の波に乗り遅れるため、今後市場における需要の変化に対応できず、表舞台から消え去ることになるとIDCではみている。通常、企業は新たなビジネス実施の可否について判断する際に投資対効果の指標を用いて検討するが、国内企業で算出される「第3のプラットフォームの戦略的活用による投資対効果」は、とかく社内変革が不在のまま算出されており、デジタルトランスフォーメーションの戦略による投資対効果とはいえないケースが多い。繰り返しになるが、デジタルトランスフォーメーションは、それに取り組まないこと自体が大きなリスクと言える。投資対効果の算出根拠に関する議論に時間をかけるのではなく、デジタルトランスフォーメーションをいち早く実施し、社内変革を進めていく中で投資対効果を上げていく姿勢が求められている。

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