IoT(Internet of Things)で農作物栽培のあり方を変える農業IoTソリューション「e-kakashi」(イーカカシ)。2015年10月の商用化以降、実際に導入された栽培の現場にどんなインパクトをもたらしているのか。最終回ではその事例として、体験農園と農業学校の運営で注目される株式会社マイファームの代表取締役 西辻一真氏に、e-kakashi導入のねらいとその先に描く日本の農業の将来像について、横浜市の郊外にある同社の体験農園で話を聞いた。

プロフィール:西辻一真(にしつじかずま)
1982年、福井県生まれ。2006年に京都大学農学部資源生物科学科を卒業。同年、株式会社ネクスウェイに入社しインターネットマーケティングの企画・営業に従事。その後、インターネット広告代理店の起業を経て、2007年に株式会社マイファームを設立し代表取締役に就任。2010年度農林水産省政策審議委員、2014年度内閣府国家戦略特区農業特区委員を歴任。著書に「マイファーム 荒地からの挑戦」(学芸出版社,2012年)。

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耕作放棄地をゼロに

西辻一真氏は福井県生まれ。サラリーマン家庭に育ったが、幼少の頃から「野菜づくりが楽しくて仕方なかった」と言う。

「実家の裏庭にあった家庭菜園が僕の原点です。5歳の時から野菜づくりが大好きで、大根やブロッコリー、じゃがいもなどいろいろ育てました。収穫した野菜を親や近所の人たちに食べてもらって“美味しい”って喜ばれるのがとても嬉しかったですね」

やがて西辻氏は、本格的に農業を学ぶため京都大学農学部に進学。きっかけとなったのは、高校時代、通学路で毎日目にしていたある光景だった。

「使われていない畑がところどころにあって、もったいないなと思ったんです。いわゆる耕作放棄地ですね。野菜づくりってすごく楽しいのに、なぜ持ち主の人たちは畑を使わないのか…当時の僕にとっては疑問でした。ならば、そういった人たちがまた畑を使いたくなるようなすごい品種を発明して、耕作放棄地をゼロにしたい。漠然とそう考えて、大学で品種改良の勉強をしようと決めました」

画像: 耕作放棄地をゼロに

大学卒業後の2007年、西辻氏は学生時代の仲間とともに株式会社マイファームを京都市内に設立。「耕作放棄地をゼロにしたい」という思いは、まったくぶれていなかった。

「農家になって自ら品種改良を行うよりも、根本から耕作放棄地の問題を解決できるようなしくみづくりが必要だと感じていました。そこで考えついたのが、耕作放棄地を体験農園として生まれ変わらせて、農業の経験が無い一般の方々に野菜づくりを楽しんでもらう場として提供するサービスでした」

西辻氏が始めた体験農園サービスは首都圏や関西圏を中心に展開され、今や90カ所以上を数える。単に場所を貸すだけでなく、各農園に常駐するアドバイザーが栽培の相談に乗ることで、利用者が楽しんで野菜づくりを体験できるようサポートするのが特長だ。

「野菜づくりの楽しさを知った人が次にどんな行動欲求を持つかというと、僕自身がそうだったように、“もっと農業を学びたい”って思うんですよね。そこで2011年に農業学校“アグリイノベーション大学校”を全国に3校開設しました。さらに、その卒業生がつくった農作物の流通・販売の支援も行っています。僕たちマイファームが彼らから農作物を買い取って、市場に流通させるというしくみです」

2016年に入るとすぐ、西辻氏はe-kakashiを導入。もともと農業IoTの動向に敏感で、商用化される前からすでに展示会などでe-kakashiには注目していた。機器を設置したのは、兵庫県西宮市にある体験農園と、横浜市の郊外にあるアグリイノベーション大学校関東校の農場だ。

栽培の原理原則を裏付けるツール

アグリイノベーション大学校のカリキュラムは1年間。社会人を対象にしているため、講義や実習は週末に行われる。開校したねらいは何か。

「農業経営者の育成です。日本では長年、農業就業人口が減少の一途をたどっています。農林水産省の統計によると2015年現在における全国の農業就業人口は約210万人*でしたが、2025年になると半分以下にまで減少するだろうと見込まれています。そうなると、日本の農業の生産力がますます低下してしまう。それを避けるために、今のうちから優秀な農業経営者をたくさん育てていかなければならないと考えました」

* 出典:農林水産省ホームページ

画像: 横浜市の郊外にあるアグリイノベーション大学校関東校の農場に設置されたe-kakashiの子機(中央)

横浜市の郊外にあるアグリイノベーション大学校関東校の農場に設置されたe-kakashiの子機(中央)

アグリイノベーション大学校の講師には、第一線で活躍している日本各地の農業生産法人の代表者や農学の研究者をはじめ、酒造会社や茶寮の経営者、管理栄養士、フードデザイナー、公認会計士など多士済済の顔ぶれが迎えられた。農業経営分野の科目としては生産、販売、会計に関するノウハウからブランディングやマーケティング、農業関連の法規や会計、農業行政など多岐に渡る内容を用意。一方で農業技術分野の科目は、土壌学や植物生理学など農業をやる人なら共通言語として知っておくべき栽培の原理原則の習得を目的としている。そこで活躍するのがe-kakashiだ。

「栽培の原理原則を裏付ける教材としてe-kakashiを使っています。学生は、農場に設置したe-kakashiで計測・分析された環境データをスマートフォンやタブレットのアプリを通じて閲覧できます。これまで正確な把握が難しかった土壌の状態などを可視化できるようになったことで、学生も面白がって実習に取り組んでいます。例えば、畑に石灰を散布する作業一つとっても、e-kakashiを使えば“今土壌の電気伝導度*はこの数値だから、これだけの量の石灰が必要だよね”とだれもが納得して行える。一人ひとりの経験と勘に頼ってきたこれまでの日本の農業を標準化していくためにも、欠かせないツールです。

実際の農業のシーンでは、現場の責任者である農場長がe-kakashiを使って、実作業を行う農業労働者に適切な指示を与えることになるでしょう。学生たちが卒業後に農業経営者となった時に農場長クラスの人たちに正しくレクチャーできるよう、e-kakashiの使い方をしっかりと学んでもらっています」

* 土壌中にある物質のイオン濃度の総量

2016年時点で、アグリイノベーション大学校は累計500名を超える卒業生を輩出している。その年齢層も、卒業後の進路もさまざまだ。

「年齢層の比率は20代から60代までほぼ均一です。卒業後の進路も多様で、農家として独立する人、農業生産法人に所属する人がそれぞれ25%。あとは、ほかの仕事と並行して週末だけ農業をやる人や、田舎暮らしを始める人もいます。面白いのは、卒業生同士で一緒に起業したり、雇用関係になったり、同じ地域に移住して就農したりといったケースが多いこと。実はそこも僕たちのねらいの一つで、大学校を通じて“農業経営者仲間”の繋がりをつくってほしいんです。そういった動きがどんどん大きくなっていけば、担い手が減り続けている日本の農業を活性化できると信じているからです」

学生は日本人だけではない。講義で使用しているテキストには、英訳も併記されている。

「タイや韓国から毎週LCCで日本にかよってくる人もいるんですよ。びっくりしますよね(笑) また、日本で暮らしている、アルゼンチンにルーツを持つ方もいるんですが、彼は日本で学んだ栽培技術や農業経営を母国に持ち帰ると意気込んでいます。一方で体験農園の利用者は傾向が異なっていて、フランスやイタリア、アメリカといった欧米の人が多い。彼らは日本の農家がきれいな形のナスやトマトをつくるのを目の当たりにして“すごい”と感心して、“自分たちもそのプロセスを体験したい”という理由で野菜づくりを始めたそうです。アグリイノベーション大学校や体験農園のニーズは、世界的に高まっていると感じています。将来的には、海外への進出も視野に入れています」

画像: 栽培の原理原則を裏付けるツール

日本の農業が世界で戦うために、必要なこと

今後、日本の農業が世界市場で戦っていくためには、ある問題をクリアしなければいけないと西辻氏は警鐘を鳴らしている。

「日本の消費者の多くは、なんとなく“日本産の野菜は丁寧につくられているから安心して食べられる”と思い込んでいるのではないでしょうか。でも日本の農作物って実はトレーサビリティーが確保されていないんです。だから、このままでは世界のマーケットで相手にされない。“安心”は消費者の気持ち次第ですが、“安全”は第三者に担保されることで初めて成立するものです。海外では農作物にグローバルGAP(ギャップ)*をはじめとする厳しい認証制度が課されており、安全性が認められないと市場に乗ることができません」

* GAP:Good Agricultural Practice(農業生産工程管理)

GAPとは、農作物の安全性に対する買い手からの信頼を高めるために、農業の現場が適正に管理されていることを第三者機関が検査・評価して認証する制度。各国に存在しているGAPの中で、1990年代にドイツで誕生した「グローバルGAP」は事実上の世界標準となっている。ヨーロッパの大手小売業には、農作物の取引要件として生産者にグローバルGAP認証の取得を義務付けている企業もある。

「グローバルGAPでは、どんな農薬や肥料をいつどれだけ散布したのか、水やりをいつどれだけ行ったかなど、生産工程における作業の記録をとることが求められます。そこで役立つのがe-kakashiです。作業の履歴や毎日の土壌の状態をデータとして残せるため、e-kakashiを使うだけでトレーサビリティーを確保できる。日本産の農作物を海外に売り出していくためには、e-kakashiが全国に普及し、日本中の農業生産法人がグローバルGAP認証を当たり前に取得できている世の中にしていかなくてはいけません」

さらに西辻氏は、これまでプロダクトアウト型だった日本の農業を変えるためにも、e-kakashiの役割は大きいと語る。

「日本の多くの農家さんは、自分たちがつくった農作物をだれが食べているか、意識していないのではないでしょうか。そうではなく、マーケットイン型の生産にシフトしていかないと、日本の農業は衰退の一途をたどるばかりです。要は、世の中から求められている野菜をつくること。トマトに例えると、糖度が重視される場合もあれば、酸味やうま味が求められることもあるでしょう。そういったことを意識して野菜づくりをする際には、水やりの頻度をどう変えるかなどの判断が求められます。e-kakashiを使えば、土壌の水分の状態をデータとして把握できるので、そういった栽培が可能になる。お客さまのニーズに応えられる農業を実践するために、e-kakashiは欠かせないツールになると思います」

画像: 日本の農業が世界で戦うために、必要なこと

今、マイファームの事業で西辻氏が一番力を注いでいるのが、アグリイノベーション大学校の運営だ。2016年5月には、ソフトバンク・テクノロジー株式会社と合弁会社を設立して「農地検索サイト」を立ち上げることを発表。目的は、卒業生が安心して農業の世界に飛び込んでいけるためのサポートだ。その先には、高校時代から変わらずに持ち続けた大きな目的がある。

「マイファームには“使えるのに利用されていない”国内の農地のデータが約1,800件もあります。新たに農業を始めたいと考えている人たちが、このデータを農地検索サイトで閲覧できるようになれば、“耕作放棄地ゼロ”の実現に近づけると思うんです。マイファームの事業だけでは限界があります。だからこそ、アグリイノベーション大学校の卒業生や就農の志を持った全国の人たちの力を借りて、耕作放棄地をよみがえらせていきたい。それが日本の農業の明るい未来をつくっていくと信じています」


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