開始から4年で、1,700軒もの飲食店が利用するまでに成長した八面六臂のサービス。当初の2年間は松田氏の苦労も大きかったものの、その後は順風満帆の成長を遂げてきたように見えるが、その道のりは決して平坦なものではなかった。同社は突き当たった難しい局面をどのように乗り越えていったのか。さらに、その先には、どんな展開を考えているのだろうか。

松田雅也 -Masanari Matsuda-
1980年生まれ。2004年、京都大学法学部卒業後UFJ銀行(現 三菱東京UFJ銀行)に入行。翌2005年には独立系ベンチャーキャピタルへ転職し、その2年後にはエナジーエージェントを設立、社長に就任した。電力購買代理業を軸にしたビジネスを展開したものの成果が伴わないことから同社を休眠すると、2009年、総合物流企業の新規事業立ち上げに参画し、2010年には取締役に就任。同事業は拡大に成功したが、そこでの経験も活かした2度目の起業に取り組むべく、休眠させていた自社を再稼働。2011年「八面六臂」としてのサービスを開始した。食品流通にITによる変革をもたらしていこうという「八面六臂」の取り組みは、鮮魚を皮切りに青果、精肉、酒類にまで広がり、急成長を果たしている。


前年比180%の伸び。急拡大した登録店舗数

鮮魚流通で一定の成果をつかんだ八面六臂が、新たな事業に乗り出した。それは、鮮魚以外の生鮮食品の取り扱いだ。まず2015年2月に青果の取り扱いを開始すると、2016年には精肉や酒類の取り扱いをスタート。登録店舗数も増加し、2015年比で180%増となる3,000軒の飲食店が同社のサービスを利用するようになった。

画像: 八面六臂が提供するWEBサイト。利用者は、生鮮食品の写真とともに「品名」「産地」「kg数」「価格」などを確認しながら注文できる。「備考」では、おすすめの調理法なども紹介される

八面六臂が提供するWEBサイト。利用者は、生鮮食品の写真とともに「品名」「産地」「kg数」「価格」などを確認しながら注文できる。「備考」では、おすすめの調理法なども紹介される

「たくさんのお客様が当社のサービスを使ってくれるようになった背景には、eコマースにメリットを見いだしてくれる飲食店が増えたこともあると思います」と松田氏はいう。

八面六臂のサイトを使った仕入れであれば、人手不足で悩む飲食店が、毎日、市場まで足を運ぶ必要もない。また、電話やFAXでの注文と異なり、スマホやタブレットの画面で商品写真を見ながら注文できるので、入荷の有無を確認してからの発注が可能。旬の食材の取り扱いが始まったことにも、すぐに気づけるといったメリットもある。

加えて、電話やFAXでの注文と違って、取り引きの全記録が自動的にデータとして残ることも大きい。これによって「いつ、誰が、何を、どれくらい注文して、いくら使ったか」が一覧できるようになり、飲食店での事務処理の効率化などにもつながるからだ。

「八面六臂サイドでも、お客様の注文データを分析することで、次の日に、どんな魚がどれくらい注文されるかを、予測することが可能になります。これによって最適な在庫量を導き出し、欠品を生まない仕入れを実現することもできます。当社のサービスを利用してもらうことは、飲食店の方にとって、非常にメリットの多い選択だといえると思います」

知らぬうちに生じた、組織内のひずみ

しかし、eコマースサービスとしての完成度を高めようとする過程で、組織としての八面六臂には、ある問題が発生していた。

ITに精通している者や、大規模な食品流通企業に在籍していた者、コンサルティング会社にいた人間などを積極的に採用していった結果、会社の規模は大きくなり、eコマースに詳しい人間も増えた。

「でも、ある日、気がついたんです。会社のオフィスにこもり、市場や配送センター、取引先の飲食店には、足を運びたがらない社員が多くなってしまったことに。これではいけないと思いました。当社のビジネスの根幹はあくまでも、美味しい食材を見極め、それを味にこだわる飲食店に届けていくこと。ITはそのための道具にすぎません。需要予測のシステムやデータマイニングの技術なども、もちろん重要ですが、魚や野菜を実際に手に取り、生産者のこだわりを知る。多くの料理人の方と話し、飲食店ではどんなサービスを欲しているのかを知る。こういったプロセスを軽んじる社員ばかりになったら、本当に価値あるサービスを創りだすことはできませんし、いつかこの会社はだめになってしまうと思ったのです」

それ以来、松田氏は、人材採用の際には、まず八面六臂の基本理念に共感してもらえるかを確認するようにしているという。

「食文化」発展のために食材を届け続ける

「good food, good life.」――これが八面六臂の基本理念だ。そこに込めた思いを、松田氏はこう語る。

「食品流通に携わる者として、自分たちが扱っている商品が、どんな時に、どんな人々に食べてもらえるのかを考えることは重要だと考えています。そもそも、人が『食べる』のは生きるため。しかし『食事』というものは、それだけではありません。もっと多くの価値がその行為に含まれているはずです。例えば大好きな人と久しぶりに会う時、どこで、どんなふうに特別な食事をしようかと考えますよね。食というのは、そういう人生の一期一会を彩ってくれる大切なもの。だから、『安ければ何でもいい』とか、『高級食材を食べられるなら、立ち食いだっていい』というような向き合い方はしたくないのです。今は、そんな私の価値観に共感してくれる人と一緒に、八面六臂をやっていきたいと思いますし、共感してくれる生産者や料理人の皆さんとともに歩んでいきたいと考えています」

画像: 八面六臂 松田雅也氏

八面六臂 松田雅也氏

松田氏は当初、鮮魚流通に革新を起こすためにITを使おうと考えた。しかし、ビジネスを軌道に乗せようと奮闘する過程で、「食」に真剣に向き合う多くの人々に出会い、たくさんのこだわりが詰まった食材の存在も知った。

「美味しいものには、人を幸せにする力がある」――。八面六臂の事業を通じ、こう思うに至った松田氏は、今、ある使命感を胸に、日々の業務と向き合っている。

「『食文化』を豊かにするために、ITの力を使っていきたいと考えています。八面六臂が実際に購買し、納入しているのは生鮮食品ですが、その食品1つ1つが、人々を幸せにする『食文化』を作り上げる土台、基礎になる。つまり私たちは、日本の『食文化』の発展に貢献するために、生鮮食品を買い入れ、料理人の元へ届けている。そうした意識で、日々の仕事に取り組んでいます。今後もこの姿勢は変わらず、貫いていくつもりです」と松田氏はいう。

挑戦するなら、いっそ海外へ

最初に取り組んだ鮮魚流通事業において確かな成果を残したことから、松田氏は頻繁に取材も受けるようになった。その際、必ず聞かれることがあるという。それは「次は何をするのですか?」という質問だ。

「2015年以降、青果や精肉、酒類の取り扱いも始めたので、鮮魚をはじめ、まずはこれらの取り引きを増やしていくのが当面の目標です。その次に何をするのかという質問については『近い将来、拡大するかもしれない』と答える程度にしています。1都3県に商圏を絞った現在のビジネスでも、まだまだやりきれていないことは多々あります。東京のように『美味しいものが食べたい人』と、『美味しい料理をこだわりの食材で提供したい飲食店』が集中している都市は、そうそうありません。ここで食文化の発展のために何ができるのか、何をすべきか、それをまずはとことん追求し、それが1つの形になったら、拡大してもよいかなという程度の展望ですけれど」

拡大するのであれば、京都や大阪を中心にした関西にも、高い食文化の土壌はある。しかし、そこで成功を収めるには、これまで関東圏でのビジネスで蓄積してきたものとは異なる商慣習や価値観を、新たに習得しなければならない。それならばいっそ、海外に目を向けてもいいのではないか、とも松田氏は考えている。

「『good food, good life.』という当社の理念に共感してくれる生産者や料理人が多数存在する都市を見つけたなら、海を越えてでも、進出してみる価値はあると思っています。美味しいものを食べて『幸せだな』と感じる気持ちは万国共通ですからね。東京を中心とする現在のエリアには、とびきり厳しい消費者と料理人がいます。ここでなんとか事業を成功させることができたら、世界のどこへ行っても通用するはずだ、という自信も少しは持てるようになるのではないかと思っています」

まだまだ発展途上。本当の勝負はこれから

画像: まだまだ発展途上。本当の勝負はこれから

「Amazon.comやアスクルに限らず、サプライチェーン経営で成功した企業はたくさんありますし、そうした先例から、私たちはまだまだ多くのことを学ぶべき段階だと思っています。ただし一方では、八面六臂だからこそ実現できることもあるはずだと考えています。例えば、私たちが扱っている生鮮食品は、時間の経過とともに鮮度を失い、商品としての価値も下がっていってしまうものです。そこで八面六臂では、日単位・時間単位で在庫を管理・配送する仕組みを作り上げてきました。この強みをさらに磨き上げ、伸ばしていけば、私たちにしかできないビジネスを創りだすこともできるのではないかと考えています。とにかく、まだまだ八面六臂は発展途上。これからが本当の勝負どころです」


このシリーズの連載企画一覧

「三方よし」の心で拓く伝統産業の未来 >
作り手と買い手のニーズをITでつなぐ >
「最高の授業」を、世界中の子供たちに >
働きたい人が自由に働ける社会をつくる >

This article is a sponsored article by
''.