経済的価値と社会的価値の両方を生み出す経営戦略、CSV(Creating Shared Value)。一部のグローバル企業にのみ可能な取り組みと思われがちだが、日本版のCSV「J-CSV」を立ち上げることで日本企業は活路を見出せると経営学者の名和高司氏は説く。J-CSVを実践するために企業が満たすべき条件とは何か、話を聞いた。

名和高司(なわたかし)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科 特任教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、19年間アジアや日本企業の経営コンサルティングに従事。2010年、一橋大学教授に就任。2014年より「CSVフォーラム」を主催している。著書に、『成長企業の法則』(Discover 21,2016年)、『CSV経営戦略』(東洋経済新報社,2015年)、『「失われた20年の勝ち組企業」100社の成功法則』(PHP研究所,2013年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社,2010年)など。CSVの提唱者であるマイケル・ポーター氏は、ハーバード・ビジネススクール時代の恩師である。

J-CSVの評価基準

――第1回では、J-CSVがどんな経営戦略なのか解説していただきました。企業がJ-CSVを実践する際に、具体的なKPIを立てて自社の取り組みを評価することは可能なのでしょうか。

名和
細かなKPIを立ててCSV経営を行っている企業は世界にいくつかありますが、それらの取り組みを見ていて痛感するのは、社会的価値の創出をKPIに落とし込むことの難しさです。特に上場企業の場合、経営戦略を株主に納得してもらう必要がありますから、社会的価値を経済的価値に変換するロジックをいかにして組み立てるかがとても重要です。

デンマークの製薬会社、ノボノルディスクの取り組みがわかりやすくて参考になると思います。下の図をご覧ください。

画像: J-CSVの評価基準

これは、同社のCSVがもたらすインパクトを4つの視点で図式化したものです。大まかに言いますと、図の上半分にあるポジティブなインパクト(①無形価値と②有形価値)を増やし、下半分のネガティブなインパクト(③コストと④リスク)をできる限り減らしていくというのが、ノボノルディスクの基本スタンスです。そして同社が最も重要視しているのが、ポジティブかつ長期にわたるインパクト(①無形価値)の創出です。

まず、②の有形価値というのは、経済的な価値、すなわち利益を意味します。もうかることで資産が増え、製品開発に再投資でき、顧客による購買がさらに進めば、長期的にはコーポレートブランドの向上につながります。それが、①の無形価値なのです。

ここで言う無形価値とは、コーポレートブランドの他に人財や知財、そして企業や行政とのネットワークを意味しています。これらはバランスシートに登場しない、定量化できない価値です。CSVの活動を長く続けていく中でこの無形価値が蓄積されると、短期的な利益の創出やコスト削減にもつながります。コーポレートブランドが社会に広く認知されていけば、リクルートコストをあまりかけなくても優秀な人財を確保できるようになるでしょう。持続可能な企業になるためには、こうした長期的な無形の価値を生み出すための投資が欠かせません。

大切なのは、企業の将来像を描き、それに向けて投資していくことです。将来どんな無形価値を生み出すために現在何にどれだけ投資していて、それがどんな有形の資産を生むのかという、骨太なストーリーを経営者は語るべきです。細かな数値目標を立てて一つひとつ論じるよりも、そのほうが世の中に理解されやすいと思います。残念ながら日本企業には、確実なことしか言わない経営者がとても多い。ユニクロを展開している株式会社ファーストリテイリングの柳井正社長や、ソフトバンクグループ株式会社の孫正義社長、日本電産株式会社の永守重信社長のように、志を自ら世界に発信するといったコミュニケーションを日本の経営者はもっとするべきです。

J-CSVのリーディングカンパニー

――現段階で、J-CSVを実践しているのはどんな企業ですか。

名和
わたしがまず挙げたいのは、アサヒビール株式会社です。同社のブランドステートメントである「その感動を、わかちあう」に、その経営戦略が表れています。「感動」と聞くと非日常的な感じを受けるかもしれませんが、アサヒビールの狙いは、感動というものは普段の生活の至る所に眠っている、つまり日常の中にこそ感動があるのだと消費者に気づかせることです。そこに「わかちあう」という共感性が加わる。

それをどうやって商品に落とし込んでいるかというと、例えばスーパードライに代表される高鮮度のビールをお客さまの喉元に届けることで、ビールそのもののおいしさだけではなく、日々の小さな感動を周囲の人たちと共有するといったシーンを演出しているんですね。

――先生の著書『CSV経営戦略』では、日本のCSVのフロントランナー企業として、先ほどお話に出てきたファーストリテイリング社が紹介されています。

名和
ファーストリテイリングは、J-CSVのベストプラクティスだと思います。同社の取り組みでよく注目されるのは、グラミン銀行グループと共同でバングラデシュに立ち上げた合弁会社グラミンユニクロの事業です。同国に工場を持つグローバルアパレルは他にも数社ありますが、どこも国外への輸出用に生産しています。しかしグラミンユニクロは、女性が着るサロワカという民族衣装をはじめとした商品を現地で生産し、現地のお客さま向けに販売することで、バングラデシュ経済の活性化に貢献しています。ところが柳井社長は、グラミンユニクロの事業をCSVとは呼ばず、ソーシャルビジネスと位置づけています。まだ大きな利益を出せる段階まで進んでいないからです。

柳井社長がCSVと呼んでいるのは、同社が展開しているユニクロの事業そのものです。フリースやヒートテック、エアリズムといったユニクロの商品、同社で言うところの「LifeWear」が、お客さまの生活の質を高める。つまり、着心地の良さに着目した製品づくりです。単に着飾ることだけがおしゃれではない、クオリティの高い衣服を普段の生活で身に着けるという新しいおしゃれのスタイルを同社は提案しているのです。それが今や、日本だけでなく中国や欧米などにも広がり、人々の共感を生んでいます。

「日常性」と「共感性」。この2つのキーワードがアサヒビールとファーストリテイリングの共通点であり、J-CSVの特長だと思います。一見地味ですが、大衆に対して非常に高い訴求力を持っていると言えます。

J-CSVを実践できる企業の条件

――ポーター教授が提唱するCSVは、一部の大企業だからこそ実践できるというイメージがあります。J-CSVを実践できるのは、どんな企業でしょうか。

名和
まず大前提として、規模や業種にかかわらずどんな企業でもJ-CSVを実践できるとわたしは考えています。

埼玉県にある小さな洋菓子メーカーの例を挙げましょう。わたしたち日本人にとってはごくオーソドックスなケーキを作っている企業なのですが、ある外国人旅行者がそのケーキを食べて「日本のケーキはおいしくしてしかも体に優しい。これはもはや世界遺産だ!」と、大いに感動したそうです。その評判を聞きつけた台湾の企業がフランチャイズ契約を申し込んできたことで、その洋菓子メーカーは海外進出に目覚め、ジョイントベンチャーを組んで台湾での事業展開を始めました。

日本人からすると当たり前なことが、実は世界的にとても価値がある。今、日本は欧米や中国などからのインバウンドで盛り上がっていますが、わたしたちが気づかなかった日本の産業の価値を、彼らが発見してくれているんです。これは、世界に対して日本産業の質の高さを発信するチャンスです。そして、中小企業にとっても大きなチャンスなのです。

画像: J-CSVを実践できる企業の条件

製品だけでなくサービスにも同様のことが言えます。昨年、アメリカのブルーボトルコーヒーという企業が都内にカフェをオープンさせて話題になりましたよね。同社はコーヒー業界における「サードウェーブ」の一社で、その特色は、お客さまの前でコーヒーを一杯ずつハンドドリップで丁寧に淹れるというスタイルにあります。同社の経営者がそのアイデアを思い付いたきっかけは、客として訪れた日本の喫茶店での体験だったそうです。サイフォンを使ってじっくりとコーヒーを淹れる店主のこだわりを見たアメリカ人が「なんてリッチな時間の使い方なんだ」と感銘を受け、その魅力を再現してサードウェーブという新たなブームを作ったのです。

そのほか日本企業に特有のサービスとして、お客さまに買い物を快適に楽しんでいただくための配慮が行き届いた接客があります。欧米や中国で同じことが無理かというと、そんなことはない。海外に進出した日本企業が現地スタッフを教育し、日本式の接客を実践している例は少なくありません。このように日本発の新しいスタンダードを世界に広めていける可能性は、BtoCだけではなく、例えば素材産業のようなBtoBの分野にも言えることではないでしょうか。あらゆる産業でJ-CSVを追求できると、わたしは信じています。

――どんな産業、企業規模でもJ-CSVの可能性があるとのお話ですが、経営者にはどんなことが求められますか。

名和
経営者が利益だけにこだわっているのは論外ですが、逆に、技術だけにこだわっていてもJ-CSVにはなり得ません。特に後者の社長さんが日本の中小企業にはとても多い。小さなマーケットにとどまり、質の良い製品さえ作っていければいいという昔気質な考え方ですね。しかしそのままでは、ポーター教授が言うところの経済的価値を生むことができません。既存のマーケットから飛び出して、日本全国、そして海外へとビジネスを展開していくことで、匠の技がもたらす恩恵をもっと多くの人に享受してもらう。そういった大きな志が経営者には必要だと思います。

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