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前編ではライフイズテックがサービスを開始するまでの経緯を中心に紹介したが、多くの人が知りたいのは、なぜ、このサービスが多くの中高生に支持されているかだろう。後編では、「単なるエンジニア育成プログラムではなく、次世代ヒーローを生み出す」という同プログラムの仕組みにスポットを当てながら、水野 雄介氏が目指すビジョンをひもといていく。

どうすれば楽しくITと向き合えるかを教えたい

現在、ライフイズテックが提供するIT教育サービスは、大きく短期集中型のワークショップ「Life is Tech ! CAMP」と通塾型の 「Life is Tech ! SCHOOL」の2つに分けられる。

1つめの「Life is Tech ! CAMP」は、起業当初から注力してきたもので、春休みと夏休みに、大学のキャンパスで短期集中で学ぶプログラム。内容は、スマートフォンアプリの開発やデジタルアート、ゲーム開発、Web制作などの14コースが用意されている。開催場所となる大学のキャンパスも、設立当初から連携を快諾してくれた東京大学や慶應義塾大学のほか、現在は北海道大学、筑波大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学などが加わり、日本全国の主要都市でプログラムに参加できるようになっている。

画像: 「Life is Tech ! CAMP」は5~6人のグループに対し、1人の大学生インストラクターがついて開発や制作をサポート。パソコンに詳しくなくても安心して参加することができる

「Life is Tech ! CAMP」は5~6人のグループに対し、1人の大学生インストラクターがついて開発や制作をサポート。パソコンに詳しくなくても安心して参加することができる

2つめの「SCHOOL」は、1年間かけて、プログラミングの基礎から、実際にアプリやゲームを開発するまでを学ぶ通学型のプログラムとなる。

「このほかにも、ライフイズテックでは、定期的に無料体験コースを開催しています。興味はあるけれど、自分でもできるのか、ついていけるのか、子供はもちろん親御さんも不安なはずです。だから、まずは気軽に参加できる機会を作ろうと思ったのです」

こうした幅広い活動が奏功してか、参加する子供の数は年々増加傾向にあるという。

「親御さんや学校の先生などの間では、いまだにITの学習というとオタクとか引きこもりのイメージを持つ方もいますが、ITは今や社会に必須のもの。子供をITから遠ざけるのは合理的ではないですし、無理な話です。ならば、どうすればもっと楽しくITと向き合えるかを教えてあげたほうがよいはず。そうした当社の考えを理解してくれる方が増え、参加する子供も増えているのだと思います」

シンガポール、オーストラリアでもサービスを展開

ライフイズテックの事業に賛同しているのは、利用者側だけではない。学校や企業、地域からの理解も深まり、協力関係も拡大している。

その一例が、キッザニアとの共同プログラムだ。「Be Startup」と名付けられたプログラムでは、子供たちが企業に対して新商品の企画提案を行ったり、経営陣へのプレゼンテーションに挑戦したりできる。第1弾はキッザニアのオフィシャルスポンサーである貝印株式会社、第2弾では日本コカ・コーラ株式会社の協力のもとで実施された。

ほかにも、吉本興業株式会社と連携した「笑い」がテーマのアプリやゲーム開発、千葉県流山市と連携した市の課題解決に貢献するアプリ開発イベントなど、ライフイズテックの活動は着実に拡大している。

「その動きを、今後は海外にも広げていこうとしています。すでにシンガポールとオーストラリアには現地法人を設立していて、5カ国で500人の参加者を集めることを目標に掲げています。シリコンバレーのような特別な地域を持つアメリカはさておき、ヨーロッパやアジアでは、まだまだIT教育サービスの整備が進んでいない状況です。こうした地域にもライフイズテックのサービスを届けることで、子供たちの可能性を広げるお手伝いをできればと考えています」

画像: ライフイズテック 水野雄介氏

ライフイズテック 水野雄介氏

1つのモノを作り上げた自信が子供たちを変える

では、ライフイズテックのIT教育を受けた中高生たちは、具体的にどんなモノを作り上げているのか。水野氏はうれしそうに自身のスマートフォンを取り出すと、いくつかのスマートフォンアプリを紹介してくれた。

「まず、これは『見えるプレゼンタイマー』というアプリです。簡単に言うと、与えられたプレゼン時間を有効に使うためのアプリで、動機・研究内容・結果・考察・今後の課題など、どんな話題にどれくらいの時間を割り当てるかを設定すると、話題ごとに色分けされたタイマーが時間の経過を示してくれるものです。作ったのは当時中学2年生の女の子で、10万ダウンロードを超えるヒットアプリになっています」

画像: 「見えるプレゼンタイマー」の画面例。動機・研究内容・結果・考察・今後の課題を、それぞれ何分かけて話すのか設定すると、色分けされたタイマーで時間を測れるようになる

「見えるプレゼンタイマー」の画面例。動機・研究内容・結果・考察・今後の課題を、それぞれ何分かけて話すのか設定すると、色分けされたタイマーで時間を測れるようになる

「それからこれは、当時小学6年生だった男の子が作ったアプリです。『席替え!楽!!楽!!』という名前で、机の配置と、生徒の人数を入力すると、席順をランダムに組み合わせてくれるアプリです。機能はごくシンプルですが、学生ならではの発想が生きたアプリだと思いませんか。これもストアに公開されていて、ブラジルでのダウンロード実績もあります。小学6年生が作ったアプリが、地球の反対側で使われているなんて、わくわくしますよね」

画像: 「席替え!楽!!楽!!」アプリは、席替えしたい人数、席の配置などを入力すると、アプリが自動的に席の割り振りを示してくれる。席替え時のけんかを回避するために開発された

「席替え!楽!!楽!!」アプリは、席替えしたい人数、席の配置などを入力すると、アプリが自動的に席の割り振りを示してくれる。席替え時のけんかを回避するために開発された

もちろん、開発されたアプリの中には、ダウンロードが伸びず、苦戦するものもある。

「そこで子供たちは、どこがいけなかったんだろう、どこを変えればいいんだろうと、使う人間の立場に立って、分析を始めるわけです。つまり、自分が作ったものを、社会とのつながりの中で客観的に見直し、改善するというサイクルまでを経験することが、さらなる成長につながるわけです」

実際、ライフイズテックの授業を受けた子供たちは、たった数日の間に、顔つきが変わるほどに成長することが少なくないという。

「短期集中のLife is Tech ! CAMPであれば、数日間で授業は終わるわけですが、その数日の間に1つのモノを作り上げたという自信が、子供たちを変えるのだと思います。親御さんたちも、最後にプレゼンをする子供たちの姿を見て、その変わりように目を見張ることが多いようですね。そんな様子を見ていると、私も心からうれしくなります」

ITの世界への入口だけでなく、出口もしっかり作りたい

ライフイズテックのIT教育を通じて成長するのは中高生だけではない。彼らの支援や教育にあたる「メンター」と呼ばれる大学生のインターンたちも、大きく成長してライフイズテックを巣立っていく。

「中高生を支えるメンターには、技術や、コミュニケーション面で、非常に高い能力が必要になります。そこで私たちは、100時間以上の研修をクリアした大学生だけを、中高生と接するメンターとして授業の場に送り出しています。この研修はすべて無料で提供しているのですが、参加した大学生からは『自分の能力を見つめ直し、高めるためのきっかけになった』と喜んでもらえることが多いですね」

さらにライフイズテックでは、メンターたちの就職支援・キャリア支援の観点から「ITドラフト会議」というプログラムも用意している。ドラフトという名前が示すように、企業側が優れた学生を指名し、インターンなどとして採用できる仕組みだ。これによって、中高生だけでなく、ライフイズテックに関わってくれた全員が、より大きな可能性を手にできるようにしているのだ。

「高校球児が甲子園を目指すのは、挑戦心や向上心はもちろん、そこで活躍すればプロ選手への道が開かれる可能性があることも関係していると思います。つまり、しっかりした出口があるからこそ、つらい練習も頑張れる。ライフイズテックでも、ITの世界への入口だけでなく、就職という出口につ
なぐ役割まで担うことで、子供も関係者も安心して成長できる場を提供したいと考えています」

このような仕組みを作ることには、保守的な親や周囲の大人の発想を変えていく狙いもある。「部屋の中でパソコンばかりいじってないで!」と心配していた親も、それが将来のスキルやビジネスにつながると理解すれば、きっと応援してくれるはず。そうした環境改善にも貢献したいと水野氏は考えているのだ。

現代のウォルト・ディズニーを育てるのが夢

水野氏は最近、「ライフイズテックが生み出そうとしているヒーロー像」について、あらためて考えてみたそうだ。

「行き着いた答えは、ウォルト・ディズニーでした。テクノロジーのヒーローというと、エジソンや、アインシュタインを思い浮かべる人が多いでしょう。IT界のヒーローといえばスティーブ・ジョブズやザッカーバーグ、ビル・ゲイツなど何人もの名前が浮かびます。でも、私が一番納得できるヒーロー像は、やっぱりウォルト・ディズニーだなと。ウォルト・ディズニーがアニメーションを作っていた時代には、世界恐慌や第2次世界大戦など悲しい出来事が続いていました。でも、ウォルトが作るアニメは人々に安らぎを与え、平和の素晴らしさを伝えてくれた。彼がアニメという当時の先端テクノロジーで人々を幸せにしたように、ライフイズテックから巣立っていった人間が、テクノロジーで、世界の誰かを幸せにし、それによって自分自身も幸せになってくれたらいいなと思っています」

画像: 現代のウォルト・ディズニーを育てるのが夢

もちろんITに限らず、どんな領域でも構わない。自分の人生を変え、世界に幸せをもたらすヒーローが1人でも多く生まれるように――。そのための最初のきっかけづくりを、水野氏はこれからも継続していく考えだ。

画像: 水野雄介 -Yusuke Mizuno- 1982年生まれ。大学で理工学を学んだ後、大学院に進学。並行して開成高等学校で非常勤講師を務める。大学院修了後、人材系コンサルティング会社を経て起業。中高生を対象にしたIT教育プログラムを開発し、2011年に「Life is Tech ! 」として始動した。2014年には世界中のICT教育組織から選出される「Google RISE Awards」を東アジア地域で初めて受賞。2016年までに延べ1万4000人の中高生が参加した国内最大級のIT教育プログラムとして、ビジネス界・教育界から期待と注目を集めている。著書に『ヒーローのように働く7つの法則』(角川書店刊)がある。

水野雄介 -Yusuke Mizuno-
1982年生まれ。大学で理工学を学んだ後、大学院に進学。並行して開成高等学校で非常勤講師を務める。大学院修了後、人材系コンサルティング会社を経て起業。中高生を対象にしたIT教育プログラムを開発し、2011年に「Life is Tech ! 」として始動した。2014年には世界中のICT教育組織から選出される「Google RISE Awards」を東アジア地域で初めて受賞。2016年までに延べ1万4000人の中高生が参加した国内最大級のIT教育プログラムとして、ビジネス界・教育界から期待と注目を集めている。著書に『ヒーローのように働く7つの法則』(角川書店刊)がある。

IT教育を通じて「次世代のヒーロー」を育てる」前編

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