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オープン・イノベーションには組織を超えた結びつきが欠かせないが、糸口をいかにしてつかめばいいのか。その端緒を開き、仲介役として、ときには語り部としての役割を果たすのがコンサルティングファームである。日立の協創の一翼を担う日立コンサルティングの八尋俊英代表取締役社長に、複数の組織でのイノベーションの経験を踏まえて、オープン・イノベーションに必要な組織および個人のあり方と手法、協創の事例、そして今後の課題と展望について聞く。

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中長期的視点を持ち、課題解決へ導く語り部として

ーー第2回では、オープン・イノベーションにおけるコンサルティングファームやベンチャーキャピタルの役割、M&Aに代表される外部企業に学ぶことの重要性、日立の協創の事例と課題についてお聞きしました。最終回の第3回では、日立コンサルティングの役割と展望についてお聞きしたいと思います。

八尋
我々がいま、オープン・イノベーションを進めていくうえで、コンサルティングファームとしてやらなければならないのは、エバンジェリスト(伝道者)とまではいかなくても、「語り部」になることだと思っています。なぜなら、さまざまなプロジェクトを進めていく中で、多くの会社でせっかく素晴らしいビジョンを持っていたとしても、トップの考えが下までしっかり浸透していないと感じる場面に遭遇することが多々あるからです。

日立は社会イノベーションについて、「社会課題の解決に貢献していくために、ITで高度化された、安全・安心な社会インフラをグローバルに提供していく」というビジョンを掲げています。こうした抽象的なメッセージを一般の人に具体的にイメージしてもらうためには、各事業単位で、あるいはプロジェクト単位で、それぞれの社会イノベーションを自分たちの取り組みと重ねて、自らの言葉で具体的に語れる人が必要になります。そうしたことができる語り部をもっともっと増やしていかなければなりません。

たとえば、既存のネットワークを地域に不足する託児所として活用していくといった身近な課題であれば、どういったパートナーと組めばいいのか、あるいは規制当局へどのように働きかけをすればいいのかなど、現実に即した提案はしやすいでしょう。そうした目の前の課題解決に際しても、中長期的視点を持って臨めば、それがひいては社会イノベーションへとつながっていく。そのような広い視野を持って語れる人材の必要性を強く感じています。

一見、難しいと思える社会イノベーションも、身近で具体的な事例にまで落とし込み、互いの知見をつなげていけば新たな解決策が見出せるはずです。そこに必要なのが、ネットワーキングであり、価値の共有を促す語り部なのです。

語り部の育成は人事評価制度の改革から

ーー現状は、コンサルティングファームに必要な語り部が足りないということですが、では、いかにして語り部としての人材を確保し、育成していけばいいのでしょうか?

画像: 語り部の育成は人事評価制度の改革から

八尋
そのような人材を確保するためには、やはり人事評価制度がカギになると感じています。現状は、1年ごとの業積評価が主で、今年度の売り上げをいかに達成するかに、皆、躍起になっています。そういう状況の中で、なにか新しいことを考えなさいとか、中長期的な視点を持ちなさいと言ったところで難しい。このことは、イノベーションにはダイバーシティが不可欠だと言っておきながら、なかなか実現できないという構図と根は同じです。だからこそ、現状の人事評価とは違った物差しが必要になるのです。

ちなみに、日立グループのコンサルティングファームとしての我々の存在意義は、単に理論を語るのではなく、現場の改革にまで踏み込んだ実務者であるという点にあります。しかし一方で、語り部であるためには、日立トップの意向やメガトレンドまで踏まえた、広い視野角を持たなければならない。そこに難しさがあります。

たとえば、いま、IoTが注目されていますが、IoTの浸透は、コミュニケーションやエネルギー、輸送などの社会インフラの生産性を極限まで高めていくことにつながると言われています。その結果として、『限界費用ゼロ社会』の著者であるジェレミー・リフキンは、将来的にモノやサービスの限界費用は限りなくゼロに近づき、旧来型の資本主義は衰退していくと語っています。その代わりに台頭するのが、シェアリング、共有型の経済であるという。すでにカーシェアリングなどの動きが出てきていますね。

あるいは、人工知能(AI)研究の権威である米国のレイ・カーツワイルは、2005年に出版した『The Singularity Is Near』(邦題:『シンギュラリティは近い』)の中で、シンギュラリティ(技術的特異点)の先の未来として、2045年にはAIが人間の能力を上回ると予言しています。その予言がいま、「2045年問題」としてふたたび大きな注目を集めている。いずれは、人間が携わっている仕事の多くがAIに取って代わられるのではないか、という予測もあります。単に日々の業務をこなすだけでなく、こうしたメガトレンドを俯瞰し戦略方針を組み立てて、パートナーと共感しながら実行に移すといった、人間にしかできない役割を担える人材の育成を、より大事にしていく必要があるのです。

いくら優秀なコンサルタントであっても、メガトレンドに疎いと、現代社会の大きな変革を前提にしながら、クライアントやパートナーの悩みに的確に応えることは難しいでしょう。じつは、先日もクライアントの方とお話をしていて、2045年問題が話題に出たところです。現状のプロジェクトを進めていく中で、AIの進展によって今後、いかに社会が変わっていくのか、大きな関心を持たれていました。そうした話題に、同じ土俵で話ができなければ、価値の共有も、新しい価値の創造もできるはずがありません。

事例発表会など、交流の場で得られるもの

ーー事業のスピードが求められる中では、目の前の業務をこなすことに手一杯になりがちですが、オープン・イノベーションに不可欠な広い視野を持つための、何か有効な仕掛けがあるのでしょうか?

八尋
現在、日立コンサルティングでは経営戦略部が事例発表会を企画して、四半期ごとにトップがビジョンを語るだけでなく、各部署の若手にも話をしてもらう機会を設けています。さらに、会の後の懇親会で、文化祭さながら、掲示板によるミニ事例発表会を開催して、フランクな雰囲気の中で事例を語り合っています。スタートして2年になりますが、当初は反発があったんですよ。「この忙しいときに、なんで人の話を聞かなきゃいけないんだ」、というわけです(笑)。ところが実際にやってみると、他の事例を聞く中で、さまざまなヒントが得られることに気づいたのでしょう。最近ではだいぶ定着して、活気が出てきました。

画像: 事例発表会など、交流の場で得られるもの

また、単に他の人の話を聞くだけでなく、そこで得た知見を別の視点で読み替えることができるかどうかが重要だと思います。たとえば、アメリカの郵政公社の改革レポートがホワイトペーパーとしてインターネットにアップされているのですが、こういったものに目を通しておくと、思いかげないアイデアにつながることがあります。このレポートでは、拡大する3Dプリンター関連市場が、郵便・物流業界に与える影響と、新たなビジネスモデルについて書かれています。郵便局を3Dプリント材料の小型ハブ集積地とするほか、郵便局の店舗で3Dプリントサービスの提供をしたり、自動車修理用のパーツなど、さまざまなスペアパーツの3Dプリントによる提供をしたりといった新たなビジネスモデルが具体的に語られていて、すでにサービスの一部が始まっているのです。

日本で流通ネットワークの改革をしている人たちからすれば、3Dプリンターはとても遠い存在かもしれませんが、海外の郵政公社の改革を手がけるコンサルにしてみれば、それは常識だということです。そうした情報を、いかに取り入れ、読み替えて、新たなイノベーションにつなげていけるか。そのためには、前回も言いましたが、できるだけ違う視野角を持つ人と交流していくことが不可欠だということです。

メガトレンドや他分野の動向を知ることの意味

ーー時代が大きく変革する中では、自分が関わる狭い世界だけでなく、メガトレンドや、他の分野でどのような動きがあるのか、つねにキャッチアップしておく必要がある。ひいてはそれが新たなビジネスにつながるということですね。そこにおいても、オープン・イノベーションが注目されているという。

八尋
はい、そうした中から、これまでになかった新しいビジネスの創出に挑戦しています。ジェーシービー(JCB)と日立が共同で取り組んだ「イマレコ!(IMA—RECOMMEND!)なども、その一例と言えます。これは、クレジットカード決済に連動したクーポン配信サービスで、2014年10月〜2015年3月まで新宿地区で実証実験を行いました。たとえば、新宿で映画を見ている人に、周辺のレストランの情報をリアルタイムで配信するといったサービスです。JCBに蓄積されたマーケティングデータをさまざまな角度から分析して、カード加盟店の販売戦略に結びつけていくことを狙った取り組みでした。

じつは新宿での実証実験を実現する際にも、やはり必要だったのが語り部の存在でした。これはただカード会社の利益のために行うのではなく、加盟店のためであり、さらには新宿の活性化のために実施するのだということを、各ステークホルダーに説得して回る必要があったのです。これからのビジネスというのは、一社の利益のためだけでなく、ビジネスパートナーやステークホルダー、ひいては社会の課題解決につながるものでなければ、持続的に発展していくことは難しいのではないでしょうか。

日立コンサルティングがめざすビジネスエコシステム

そうした中で、日立コンサルティングとしては、「ビジネスエコシステム」の創出を掲げていらっしゃいますね。まさに、持続可能なビジネスのあり方を提示されているわけですね。

八尋
ビジネスエコシステムとは、これからのビジネスの理想的な一つの姿を、自然界の生態系(エコシステム)になぞらえた言葉です。生態系では、さまざまな自然環境に多くの動植物が存在し、それらが相補的に関係を築くことで持続可能な複合体を形成していますが、同様に、ビジネスの世界においても、業種や分野の枠にとらわれることなく、多種多様な企業がゆるやかなネットワークを形成することでイノベーションを創出し、持続可能な社会を構築することが求められています。日立コンサルティングでは、このビジネスエコシステムを自らの事業に当てはめ、「さまざまなステークホルダーが、一つの仕組みの下で自律的に活動することによって実現される、継続的、発展的な経済活動の場」と定義づけています。

たとえば、現在、電力の自由化など、エネルギー分野は大きな変革期を迎えています。そうした中でスマートメーターの活用や、再生可能エネルギーと蓄電池を組み合わせた電力供給のあり方など、我々は行政や電力会社などとともに、意見交換を重ね、さまざまな新しい提案をしているところです。しかし、そこで得た知見やつながりが、一つのプロジェクトに閉じているのはもったいないですよね。多様なプロジェクトに関わることでエネルギー政策も見えてくるし、既存の電力会社の改革にも役立てることができるし、海外のエネルギーの動向や先進事例にも通じるようになる。知識や経験、ネットワークなどさまざまなものが蓄積されて、次の案件へとつながっていきます。それをまたクライアントやパートナーにフィードバックしていくことができるはずです。それが、日立コンサルティングが考えているビジネスエコシステムのかたちです。

画像1: 日立コンサルティングがめざすビジネスエコシステム

なかでも当社では、エネルギー、地方創生、スマートシティ、デジタルモノづくりという四つの特定領域について、ビジネスエコシステムの創出に注力していこうとしています。その根底にあるのは、健全なマーケットの成長です。ただやみくもに利益のためにM&Aを進めても、日本の市場が健全に育たないのでは意味がない。そういう意味で、エコシステムというのは極めて重要な概念です。当然、各エネルギー会社はライバルの立場にあるわけですが、我々はすべての情報を中立に見渡せる立場だからこそ、エコシステムの創出に貢献できるのではないかと思っています。

グローバル競争の激化に伴い、従来のように1社、あるいはグループ会社で閉じたビジネスがもはや立ち行かなくなりつつある今日、これからは、オープン・イノベーション、すなわち企業や組織の枠を超えた協創が必須です。我々の使命は、まさに協創の連携役を担い、Win-Winのビジネスエコシステムを創出することにあるのです。

画像2: 日立コンサルティングがめざすビジネスエコシステム

(取材・文=田井中麻都佳 写真=© Aterui2015)

画像: 八尋俊英 氏 日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長

八尋俊英 氏
日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長

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