マイケル・ポーター教授らによって提唱されたCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)は、営利企業が社会ニーズ(社会課題の解決)に対応することで経済的価値と社会的価値をともに創造しようとするアプローチである。すでに一部のグローバル企業では、CSVの実践こそが競争力の源泉であるとして取り組みが始まっている。一方、日本ではまだその概念の理解が不十分であり、CSR(企業の社会的責任)とCSVが混同されがちだ。本特集では、競争戦略の新しいパラダイムであるCSVの概念をひもとくとともに、CSRとの違い、社会的価値と経済的価値の両立を実現してくうえで必要な取り組みや心構え、実例などについて、CSV研究の第一人者である慶應義塾大学の岡田正大教授に話を聞く。

岡田正大氏
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。本田技研工業を経て慶應ビジネススクールで経営学修士課程(MBA)を修了後、アーサー D.リトル(ジャパン)にて、IT業界での戦略コンサルテーションを経験。オハイオ州立大学にてPh.D(経営学)を取得(指導教授:ジェイ・バーニー)。専門は企業戦略論。現在、包括的(BOP)ビジネスの研究を通じて、企業戦略の社会性と経済性が両立する条件の探索、および企業活動の社会・経済的複合価値の測定方法について考察を行っている。この分野での論文に「CSVは企業の競争優位につながるか」(『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年1月号所収)などがある。訳書にジェイ・バーニー著『企業戦略論——競争優位の構築と持続(上・中・下)』(ダイヤモンド社)。


CSVを数値化し、事前に予測することは可能か?

ーー第2回では、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)の種類と、CSVを実現できる企業に必要な能力についてお聞きしました。では、実際にCSVに取り組もうとした場合に、実現される社会的価値・経済的価値とその相乗効果について、事前に予測したり、事後的に計測したりすることは可能なのでしょうか?

岡田
社会的な効果の測定は、公的機関(日本ではJICA)や国際機関(例:WBCSD)など、さまざまな非営利組織(NPO/NGO)が行っています。しかし残念ながら、社会性と企業にとっての経済的利益を包括的かつ簡便に測定するのは、時間的にもデータ収集の物理的可能性においてもなかなか困難です。たとえばグラミン銀行は、マイクロファイナンスによる貧困解消をミッションとしながら、その事業を通じて営利銀行としての利益を上げていますが、同時にその取り組みによって貧困がどれくらい解消されたのか、貧困脱却指数(PPI: Progress out of Poverty Index *注)によって明らかにしています。実際に、現場の職員たちにPPIを使って計測できるように教育もしているのです。具体的には、マイクロファイナンスを利用した人(beneficiaries)に簡単な10の質問(例:特定の家財道具、たとえばテレビ、携帯電話、扇風機を持っているか、また壁の材料は竹かレンガかセメントかなど)をたずね、それによってその世帯の貧困解消度を統計的に推定します。目安となる家財道具や質問項目は国によってその文化を反映させてカスタマイズされています。もちろんこのPPIを使って国際的な貧困基準と照らして国をまたぐ評価を行うこともできますが、どちらかというと、マイクロファイナンスに関わる現場のオフィサーが現地の貧困改善度を体感するという、現場の効果測定的な意味合いが強いと思います。
*PPIはグラミン財団によって開発された貧困解消度を測るための指標。現在、世界各国の400以上の組織で利用されている。

現状、社会的インパクトの測定指標は、営利・非営利含めた各組織が独自に工夫を凝らしていて、まさに百花繚乱なのです。PPIのように現場で判断しやすいシンプルな指標をめざしているものがある一方、包括性を重視するあまり、何百項目もある壮大な指標もあります(たとえばGRIは約400項目)。

こうした評価手法の多様性を裏付けるように、多数の社会性評価手法を整理して評価分類する文献が複数存在するほどです(Clark et al. 2004, Tuan 2008, Ashley et al. 2009, Chapple 2012等)。 表1は、これらの文献をベースに、開発途上国におけるビジネスの成果(インパクト)を評価するために適用できると思われる手法をリスト化したものです。その内訳は、開発途上国のビジネスを念頭に置いたものが11種類、それに限らず、さまざまな国や事業に応用可能なフレームワークが3種類、計14種類の評価手法があります。このリスト以外にもIRISなどの手法が有力といわれますが、いわゆる国際標準はまだ確立していません。

私は、以下の5つの基準を設けてこれらの手法を評価してみました。(1)社会性と経済性の両方が捕捉できるか、(2)社会性と経済性を包括する論理を内包しているか、(3)製品やサービスのインパクトと、事業活動プロセスのインパクトがきちんと分別されているか、(4)社会的成果が金銭的価値で表現可能か、(5)簡便であるか。

画像: CSVを数値化し、事前に予測することは可能か?

これら14の評価手法を上記5つの条件を満たすか否かで評価したところ、すべての条件を満たす手法は存在しませんでしたが、条件を4つ満たすものは3つありました。UNEPのTowards Triple Impact(条件1,3,4,5)、IFCのDOTS(条件1,2,4,5)、およびREDFのSROI Framework(条件1,2,4,5)です。

上記の手法を改良していくやり方も一つの方向性です。一方で、私は現在、株主以外のほぼすべての利害関係者にもたらされた裨益を金銭的価値に換算できる範囲内で算出し、経済的価値と足し合わせた「統合的価値」の算出方法の開発を手がけています。たとえば、株主以外の利害関係者には、従業員、取引先(サプライヤー)、政府、銀行などが考えられますが、従業員に対しては給与を、取引先には代金を、銀行には利子を、政府には税金を支払うことによって価値を生み出しています。簡単に言えばこれらをすべて合算する発想が出発点になります。もっとも、それを正味現在価値として算出するため、それぞれの利害関係者ごとに割引率を設定する必要があり、かなり複雑なプロセスを経る必要があります。その上で、「企業の包括的価値:Comprehensive Enterprise Value」を提示して、将来は資本市場の価値判断尺度に影響を与えていきたいと考えているのです。まだ研究の途上ですが、資本市場の評価尺度を変え、企業行動を変える先進的な取り組みになればと思っています。

CSVには志やビジョンなどの意思が欠かせない

岡田
もう一つ、CSVの計測が難しい理由として、CSVには志や理念といった「主観的な意思」が不可欠である点が挙げられます。図1はCSV(戦略)の全体構造を示したものですが、中心にある戦略の左側に「主観の世界」とあるように、CSVの実現には、企業が持つ内部資源や外部環境など客観的・合理的に評価したり、配分したりできる要素に加え(というよりも、むしろその前提となる)ミッションおよび、それを遂行するための戦略的意図が欠かせません。

画像1: CSVには志やビジョンなどの意思が欠かせない

客観性・合理性が支配する領域(図中の、舌のような形状の線の右側領域)だけであれば、すべて論理に基づいて判断できるし、それこそ外部のコンサルタントを雇って実行することもできるでしょう。しかし、CSVの成否は、主観的な意思の有無によるところが大きい。極端な例を挙げると、目の前に飢えている子どもがいて、なんとかしなければならないと思うか、どうせ見返りは得られないからと見て見ぬふりをするかは、それこそ主観の問題ですよね。その主観的意図をいかにして営利活動と結びついた課題解決につなげられるか、それこそがCSVにとって肝要なのです。

日立製作所の創業者である小平浪平翁も、日立創業以前に発電所のプロジェクトにかかわった際に、すべての機械設備が外国製であることを憂い、国家の自立のために国産品を開発しなければならないという強い志の下、創業を決意されたと聞きました。その意思を客観的な要素と擦り合わせて合理化した結果として、日立を大企業へと育て上げることができたのだと思います。そういう意味では、現在、日立が取り組んでいる、インフラの技術とITにより社会課題解決を目指す「社会イノベーション」の取り組みは、CSVと非常に親和性が高いので期待しています。

なお、当然のことながら、CSVは途上国でのBOPビジネスだけでなく、少子高齢化や都市と地方の格差、エネルギー問題等々、日本やそのほかの先進国が抱えるさまざまな課題解決にも当てはまります。先進国にも社会課題は山積していますからね。高齢化や医療費の増大の問題を解決しつつ、いかにしてGDPを上げるかなど、困難は伴いますが、それこそCSVビジネスの種(未解決の社会ニーズ)は無尽蔵に存在していると言えます。

画像2: CSVには志やビジョンなどの意思が欠かせない

ビジネスエコシステムがCSVの基盤をつくる

ーーいま、話題に出ましたように、現在、日立グループは社会イノベーション事業を推進していますが、社会課題の解決のためにはさまざまなイノベーションが必要であり、自社だけですべての技術を賄うことには限界があります。そこで、関連する多くの企業や公的機関など、多種多様な人たちとの「協創(co-creation)」により取り組み始めています。その際に、参考となるようなCSVの事例があればお聞かせください。

岡田
そうした「協創」を推進していくためには、「ビジネスエコシステム」のアプローチが有効だと思います。好事例は日立の中にもたくさんあると思いますが、私の知る一例は、ヤマハ発動機の開発途上国での取り組みです。ヤマハ発動機は開発途上国の市場戦略に1960年代から取り組んでおり、半世紀もの長い歳月をかけて、アフリカのサハラ砂漠以南のサブサハラ地域の沿岸漁業地域において、ビジネスエコシステムを構築してきました。

ビジネスエコシステムとは、自然界のエコシステム(生態系)という言葉をビジネスに応用したもので、さまざまな主体がシームレスかつ複雑に結びついて、一つのビジネス圏をかたちづくること。そしてヤマハ発動機は、人力で櫓をこいだり帆を掛けたりする丸太船で漁業をしていたサブサハラの人々に、船外機を売るために何をすべきか考えたのです。当然、最初からうまくいったわけではありません。丸太船に船外機を取り付けるためには船尾を切って改良する必要がありますが、現地の人々は船には神が宿っていて、船を改良したら祟りがあると言って取り合ってくれませんでした。そこで説得したり、工夫を凝らしたりして、船外機を少しずつ広めていったのです。

ところが今度は、船外機のおかげで沖合まで行けるようになったにもかかわらず、魚が獲れないとクレームが来るようになった。これまでは浅瀬で投網を打っていましたが、同じやり方では魚は獲れないからです。そこで、ヤマハの担当者は日本全国を取材して漁法を調べ上げ、それらの漁法をイラストに示して冊子としてまとめて、船外機を売る際に一緒に手渡すようにした。同時に、漁法の講習会を開くなどして、地道にエコシステムを構築していきました。

やがて、船外機のメンテナンスビジネスも生まれましたが、ヤマハ発動機はそのための指導も怠りませんでした。さらには、船の工場も無償でつくっていますが、その際には現地政府や国際機関、日本の水産庁などの公的セクターと連携しながらさまざまな無償有償の援助資金を活用しています。CSVのメリットの一つに、その事業の社会的・環境的価値が高ければ高いほど、既存のファイナンシャルソースとは違う公的資金やソーシャルファンドなどから資金調達が可能になることが挙げられます。これを、積極的に活用していったわけです。地道な活動の甲斐あって、いまやヤマハ発動機の船外機のシェアはサブサハラ地域の沿岸部で90 %を超えるまで成長しました。

ただし、ここまで来るのには、それこそ現地政府や国連、水産庁などの公的機関を始め、NGO、NPO、協同組合、加工業者、運送業者といったさまざまなステークホルダーと関係性を構築する中で、数十年という長い年月をかけて、経路依存的にビジネスエコシステムを構築していった経緯があります。当然、模倣・複製が極めて難しく、後発参入者に対する参入障壁となっています。じつは、戦略理論の観点からも、ヤマハ発動機の取り組みは非常に理にかなったものであり、結果として盤石な市場を自らつくり上げたのです。

通常の先進国のビジネスであれば、自社(カンパニー)と競合(コンペチター)、顧客(カスタマー)の 3 Cだけを念頭に置いてビジネスをすればいいのですが、CSVにしろ、社会イノベーションにしろ、経済的価値以外の価値を生み出すためには、非伝統的なプレーヤーであるソーシャルセクター(公的・非営利)とネットワークを築くことが不可欠だということですね。このようなビジネスエコシステムをデザインしていけるかどうかも、前回お話しした「社会経済的収束能力」の一つです。まずやるべきことは、長期的視点を持って、その事業に関与するすべてのステークホルダー全員が豊かになれるようなビジョンを描くことにあります。

画像: ビジネスエコシステムがCSVの基盤をつくる

「両利き」であることの必要性

ーービジネスエコシステムのような複雑な関係性を築いていくためには、どのような態度で臨むべきなのでしょうか?

岡田
“ambidexterity”が重要です。これは、「両利きである」ということ。つまり、社会課題を解決する刀と、経済性追求という刀の両方を自在に操る二刀遣いであることが、大きなポイントだと思います。先のヤマハ発動機の事例もそうですが、船外機の販売という営利事業と、コストと時間をかけた漁民への漁法指導やメンテナンス業者への無償教育など、一見すると、相矛盾する二つのベクトルや指向性、能力を同時に使いこなすことで相乗効果を生み出している。どちらか片方だけよりも、両利きのほうが高いパフォーマンスを出せるという意識を持つべきです。たとえば、上層部からのトップダウン方式と、現場からのボトムアップ方式と両方の意思決定の仕方を採用したり、短期の利益と長期的利益を同時追求したり。ハードとしてのITシステムを導入する際も、それですべてを賄おうとするのではなく、使う側の人間の教育にも同時に注力する姿勢を持つべきでしょう。これらはまさに、前述した社会経済的収束能力の重要な一部をなす力でしょう。

ーー政府やNGOやNPOなど、営利企業以外のさまざまなセクターの方たちとも組む際に必要な心構えについてはいかがですか?

岡田
日本総研の研究員を経て、現在、HUB Tokyoの代表取締役としてソーシャルビジネスのスタートアップを手がける槌屋詩野さんは、「現地の知見を活用すべきだ」と言っています。BOPビジネスであれば、開発途上国で支援を行うNGOやNPOに、コミュニティや社会に対する知見が膨大に蓄積されていて、ノウハウの宝庫だという。それを企業が活用しない手はありません。

それから、ビジネスエコシステムを構築する際、先進国での取り組みであったとしても、プレーヤーは企業だけではありません。つねに企業以外の公的機関を想起することも重要なポイントです。当然、組む相手との相性もありますし、結果として営利組織だけのエコシステムになるかもしれませんが、それでもマクロな視点で、ソーシャルセクターも含めて俎上に乗せておくことが肝要です。

ビジョンや理念を実現する方法

ーーCSVの実現にはビジョンと具体策をつなぐ方法論が不可欠とのことですが、そのためにどのような取り組みが有効でしょうか?

岡田
一つは「バックキャスト」という手法です。2050年くらい、つまり30年くらい先の未来の青写真を描いて、そこから遡って2016年現在では何をすべきかを考える手法です。それとは異なり、一般的には過去の傾向からトレンドを予測して、現在の延長線上に未来を想定するフォーキャストの手法が用いられることが多いと思います。一方のバックキャストでは、前回ご紹介したトヨタの事例のように、2050年の脱エンジンを実現するためのロードマップを時間を遡って描いていくわけです。

もっとも、壮大なビジョンであればあるほど不確実性が高く、リスクも大きくなります。ただ、そういった大胆な夢のあるビジョンが掲げられると、皆が長期的な視点を共有して日々の活動に臨めるのではないかと思います。

また、私の関わった研究活動で明らかになったのですが、ビジョンや理念の共有において統計的に確からしく効果的な方法は、小集団によるインタラクティブな取り組み(対話や討議)などです。そういった意味では、品質管理活動を小グループで行うQCサークルはじつは理にかなっているのですね。人数は最大でも10人くらいまでで、5〜6人が最適でしょう。集会やワークショップ、ワールドカフェなどの対面の対話だけでなく、社内イントラネットやSNSなど、ITによるバーチャルな対話であっても運用次第でうまく機能するはずです。

その際、ただ理念やビジョンをそのまま鵜呑みにするのではなく、自分たちなりに咀嚼して、卑近な日常語で語れるようになるまで議論を深めることが重要です。それこそが、CSVに不可欠な「意思」を持てるかどうか、という点に大いに関わることだと思います。

いずれにしても、これまで見てきたように、CSVには社会経済的収束能力が不可欠ですが、それは多くの企業が容易に備えることができるものではありません。ただこれからは、社会と経済の両方において価値を創出できる企業こそが、新しいかたちのエクセレントカンパニーを形成していくのではないでしょうか。その意味で、長い歴史の中で継続的に社会ニーズの充足に取り組み、現在「社会イノベーション」を標榜する日立グループにはその能力が備わっているはずですし、大いに期待しています。さらに「協創」により、多くの企業や営利企業以外のセクター、顧客も巻き込んで、CSVの輪を広げていっていただきたいですね。じつはそれこそがROE(株主資本利益率)を持続的に高めていくうえでも最善の道であろうと考えています。

画像: ビジョンや理念を実現する方法

(取材・文=田井中麻都佳/写真=© Aterui 2016)


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