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星野リゾート 代表 星野佳路氏/株式会社日立製作所 研究開発グループ 技師長 矢野和男
社員が生き生きと働き、活気に満ちあふれた職場。そんな組織をつくるために、必要なこととは何か。多くの経営者が頭を悩ませるこの難題に、経営と科学という異なるアプローチで挑む、星野リゾート・星野佳路氏と株式会社日立製作所・矢野和男。星野氏による組織づくりと矢野のハピネス研究を踏まえ、第3回では、経営と科学による組織活性化の可能性について二人が意見を交わす。

「第1回:仕事を楽しくする組織の形」はこちら >
「第2回:組織を活性化する正体」はこちら >

フラットな組織は無重力で説明できる

――矢野さんは、人の幸福度を定量化するという研究をやってこられて、人の身体運動の多様性が組織を活性化し、実際に受注率を上げるといった効果があることを実証されています。一方、星野さんは、星野リゾートの経営において、社員の納得感を高め、やる気を引き出すといった組織づくりを進めてこられました。これは、星野さんご自身の中にも、社員を幸せにするための物差しがあって、それを実際の取り組みに落とし込むことで社員の幸福度を上げてきたということなのでしょうか。

星野
どうだろう…具体的な数字としては、社員の満足度調査の結果や退職率は正確に把握できていて、改善もされていますが、その結果に至るまでの取り組みはやはり感覚でやっていることが多いです。こういうことをすると仕事は楽しくなるんじゃないかといった、経験則に頼っています。でも、矢野さんの研究のように科学的なアプローチがあると、わたしたちの常識では考えつかないような効果的な手があるのかもしれない。

画像: 星野リゾート 星野佳路氏

星野リゾート 星野佳路氏

矢野
我々の研究で予想外だった例としては、ホームセンターの店舗での購買行動を人工知能で解析したところ、従業員の立ち位置によって、売り上げがまったく違うということがわかったんです。その位置というのが、店舗の入り口から入って正面というわりと目立つところでした。さらに分析すると、そこに立つことで、すべての従業員の接客態度が活性化することがわかりました。

星野
それは、確かに意外ですね。さっきの矢野さんのプレゼンテーションで出た、個人業績は高くないけどムードメーカーの社員の存在が、組織を活性化するって話もすごく意外。これを弊社の仕事に結びつけて考えると、接客はしないけれどムードメーカーのスタッフがいると全体の接客レベルが上がるかもしれないってことですよね。

矢野
そのとおりです。実際にバッターボックスに立たなくても、チーム全員の打率を上げている選手がいる。でも、その選手が抜けると全員の打率が下がってしまうんですね。

画像: 日立製作所 矢野和男

日立製作所 矢野和男

矢野
わたしは星野さんが進められているフラットな組織づくりを伺って、宇宙の話を思い出しました。宇宙って、無重力でしょ?

星野
ええ。

矢野
宇宙船の中で無重力になると、時間が経つにつれて乗組員の上下関係がなくなってくるんだそうです。地球上にいる時は、上下関係っていう抽象的な概念を重力の向きとして体がとらえているから。それが、無重力空間に行くとなくなるんですね。

社員が役職で呼び合うとか、車に乗るにも順番があるといった習慣には、体に対する無意識的な働きかけがあると思うんです。星野さんはその習慣をやめてフラットな組織に変えたことで、ある種の無重力状態をつくり、社員にハピネスをもたらしているのかなと思ったんです。

星野
そのとおりだと思います。ただ、僕らはトライ&エラーでそういう組織をつくっていったんですけど、それを科学的に把握できるってことが、人工知能のすごいところですよね。

矢野
やっぱり大事なのは、とにかくデータを蓄積することですね。

個人のハピネスを決める意外なもの

星野
矢野さんのプレゼンテーションの中で、組織が活性化して業績が上がるってお話がありましたよね。あれは、幸せな組織だから業績が上がるのか、それとも逆なのか…

画像: 個人のハピネスを決める意外なもの

矢野
それはもうはっきりしていて、ハッピーになったから業績がよくなるんです。

星野
組織でなく個人として見ても、幸せな人のほうがパフォーマンスが高いってことですか?

矢野
はい。

星野
幸せな人っていうのは、その人自身の行動が多様だということですか?

矢野
それは、周りの人たちの行動の多様性が、その人にものすごく影響してるんです。

星野
あ、そうなんですね。じゃあ、やっぱり人間って、一人でポツンといても幸せにはなれない?

矢野
そうです、だから本人だけ活性度を高めてもダメなんです。

星野
なるほど。自分だけ行動パターンをいろいろ変えたとしても、その人自身は幸せだと思わないんですね。周りの人たちの影響を受けて、結果的に幸せになるってことか。その環境をつくり出すのって、なかなか難しいですよね。

矢野
ええ。やっぱり、これって集団現象なんですよ。だから、休み時間やランチタイムの雑談っていうのは、そのあとの仕事にもすごくいい影響がある。そこでどんな情報を交換したかということよりも、身体的な効果があるんだと思います。

星野
それは、何だろう…ストレス発散と関係があるんですかね?

矢野
自分の能力が発揮されるってことだと思います。いろいろな不安がなくなることで、自信を取り戻すんです。

星野
なるほど。そういう分析は、企業からオーダーを受けて行うんですか?

矢野
そうです。さらに個人ごとに、あなたがこういうことをしたら周りがハッピーになるっていう、スマホ用のアプリも今は開発しているんですよ。

星野
それ、ちょっと面白いですね。具体的にどんなことができますか?

矢野
例えば「今日は誰かと一緒にランチをしなさい」。あるいは「今日は残業せずに早めにあがりましょう」とか、逆に「もうちょっと頑張ったほうがいい」とか。その日の本人のハピネスが高まる行動を、過去のデータから人工知能が判断するんです。

星野
そうすると例えば、「もっと旅行しろ」と言ってくれたり…

矢野
そういうのも出せますよ(笑)

日本を、ハピネスが上がっていく社会に

――星野リゾートは、「リゾート運営の達人になる」という企業ビジョンのもと、全国に事業を展開しています。今後、具体的にはどんなことを目指しますか。

星野
わたしの目標は、星野リゾートのビジネスを継続させること。「持続可能な競争力」って呼んでいますが、これだけ力があれば継続できるといった、安心感を得られるような企業にすることです。売り上げ規模などの業績は結果としてついてくる。それより、本当の意味でのノウハウ、他社に負けない仕組みを持つことが大事だと考えています。

わたしはけっこう慎重なほうで、業績が伸びていくと、むしろ、来年の今頃どうなってるかな…って不安になるんです。上手くいっていても、その理由がわからないと安心できないじゃないですか。今日のような、データに裏づけられたお話にはすごく興味があって、そういった不安を解消できましたね。フラットな組織だから活性化できている。そして活性化が業績の向上につながっている。今、弊社がうまくいっている理由が明確にわかってよかったです。

――矢野さんは、これからのハピネス研究についてどんなビジョンをお持ちですか。

矢野
日本を元気にしたいですね。いろいろな経営者の方の思いや経験をうまく活かして。まさに今、星野さんがおっしゃったことにも共通しますけど、企業経営にはいろいろな波があると思うんです。それを科学的に解明していきたいです。

働くことによって、もちろんGDPも上げていきたいですけど、実はGDPの上昇率のわりにハピネスは上がっていないというデータもあるんです。だから最終的には、その両方が上がっていく社会をつくりたいと思っています。星野さんが取り組まれている組織づくりとか、わたしが研究している人工知能を用いた組織の活性化といったことがもっと普及すれば、まだまだ可能だと信じています。

星野
今日のお話は、「日本を元気にする」っていうビジョンに直結した内容だと思います。今、日本はサービス産業の就労率が70%もありますが、生産性は製造業に比べると圧倒的に低い。そこをどのように改善していくかが、これからの日本の課題ですよね。給料がガンガン上がることは考えにくい時代だけど、幸せ度は上がっていく可能性がある。それがわかると、すごく安心ですよね。

――お二人とも、本日はありがとうございました。

画像: 日本を、ハピネスが上がっていく社会に
画像: 星野 佳路(ほしのよしはる) 星野リゾート 代表 1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。 2001〜2004年にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。 現在、運営拠点は、ラグジュアリーラインの「星のや」、小規模高級温泉旅館の「界」、西洋型リゾートの「リゾナーレ」の3ブランドを中心に国内外35カ所に及ぶ。2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。 2015年10月に「星のや富士」を開業。創業102周年を迎えた2016年、「星のや東京」、「星のやバリ」の開業を予定。

星野 佳路(ほしのよしはる)
星野リゾート 代表
1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。
2001〜2004年にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。
現在、運営拠点は、ラグジュアリーラインの「星のや」、小規模高級温泉旅館の「界」、西洋型リゾートの「リゾナーレ」の3ブランドを中心に国内外35カ所に及ぶ。2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。
2015年10月に「星のや富士」を開業。創業102周年を迎えた2016年、「星のや東京」、「星のやバリ」の開業を予定。

画像: 矢野 和男(やのかずお) 株式会社日立製作所 研究開発グループ 技師長 1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し、日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著「データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会」が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2500件にのぼり、特許出願は350件。東京工業大学大学院連携教授。

矢野 和男(やのかずお)
株式会社日立製作所 研究開発グループ 技師長
1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し、日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著「データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会」が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2500件にのぼり、特許出願は350件。東京工業大学大学院連携教授。

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