働き方の「変化」が大前提となっている時代。企業にとっても働く者一人ひとりにとっても、その変化の質と方向を見極めることはきわめて重要な課題に違いない。企業の組織と、そこで働く個人の能力を最大化する環境とは、アイデアを生むコミュニケーションとは、そして変化に対応するフレキシブルワークとは─。
建築をベースにデザイン・経営・工学などを通して、未来の働き方と場づくりを追求している京都工芸繊維大学大学院の仲隆介教授に、「働く場」とフレキシブルワークの進展、ICTを活用した知的生産性向上への手法などについて聞いた。

画像: プロフィール 仲 隆介氏 1957年大分県生まれ、1983年 東京理科大学院修士課程終了 、PALインターナショナル一級建築士事務所、1984年東京理科大学助手、1994年マサチューセッツ工科大学客員研究員、1998年宮城大学助教授、2002年京都工芸繊維大学助教授、2007年より現職。 専門分野は、都市計画・建築計画、教育工学、メディア情報学・データベース、社会学。

プロフィール
仲 隆介氏
1957年大分県生まれ、1983年 東京理科大学院修士課程終了 、PALインターナショナル一級建築士事務所、1984年東京理科大学助手、1994年マサチューセッツ工科大学客員研究員、1998年宮城大学助教授、2002年京都工芸繊維大学助教授、2007年より現職。
専門分野は、都市計画・建築計画、教育工学、メディア情報学・データベース、社会学。

フレキシブルワークで時代の変化を先取りする企業へ 組織と個人の能力を最大化するために 前編 >


理想の「働く場」とICT

チーム組織として知恵を出していく際に、環境の及ぼす影響が大きいこと、また組織を分けてきた境界のデザインの重要性について語っていただきました。では具体的には、どのような「働く場」が必要なのでしょうか。

1990年代後半、『ヴァーチャルデザインスタジオ』と称して、米国MITの教授などと連携して、世界中の学生と世界中にいる有名な建築家をつないで「教室」を成立させようという試みがありました。当時はまさにビデオカンファレンス、テレビ会議が世の中に登場したころで、それを使って実際に遠隔コラボレーションをやろうとしたのです。そのとき、テレビ会議システムを会議のときだけつなぐのではなく、お互いの状況がいつでもわかるようにと、つなぎっ放しにしてみました。ところが、最初は時差のため昼夜逆で画面を見ても真っ暗で機能しなかった。そこで、インターバルカメラに撮って次の日に見るようにしてみました。すると、リアルタイムではなくても、「あ、こんなふうにやっているんだ」とお互いのことがわかって、非常に効果的だということが明らかになりました。画像が見えてコラボレーションをしているのと見えていないのとでは、やはり全然違うのです。遠隔でコラボレーションをやるとき、情報共有は非常に大事であることを認識しました。

ところが、その先へは進展しなかった。あたかも同じ部屋にいるかのような状態をつくろうとしたのですが、テレビ会議システムだと同時に複数で交差する会話は起こりません。スピーカーを複数つないで、よりリアルな環境を再現することも試みたのですが、自然と雑談が起こるような状況にはならなかった。当時は、音声のチャンネルを複数用意すること自体が技術的に難しく、一度に複数が話すと聞き取れないことがネックでした。離れているけれども、同じ場所にいて仕事をしているような感覚で、物のやりとり以外はすべてできるという状況を、無理につくろうとしすぎたのかもしれません。

当時、これからはこうした遠隔コラボレーションが増えるだろうと思って試みたことなのですが、やはりface to face には勝てなかったようです。それだけリアルなコミュニケーションの情報量というのは多いということなのでしょう。リアルな対面をそのまま再現するのとは異なる形でICT(Information and Communication Technology)が実現した遠隔コラボレーションとして、例えば、介護や育児など制約のある働き方が必要な社員が働き続けるために選択できるフレキシブルワークは飛躍的な進化を遂げています。また一方ではSNS(Social Networking System)のような、遠隔ネットワークの強みを生かした新たな可能性も広がっています。10年後、20年後には、さらに違う形で進化するだろうと期待しています。

働く「場とスタイル」の多様性

遠隔コラボレーションを考えたとき、今後は、人間が実際に同じ空間をシェアしている状況とはまた違う形のインタラクション、ぶつかりあいがあるということでしょうか。

画像: 働く「場とスタイル」の多様性

まさに、全然違う形を追求していかなければいけない、絶えず意識しないといけないと思います。インタラクションの度合いというのは難しいんですね。「インタラクションは人の邪魔をする」と言われることがありますが、一理はあると思います。このことは最近、かなり注目されています。実は今、世界中のオフィスが日本と同じようにどんどん大部屋化しているのですが、その目的の一つとして挙げられているのがインタラクションです。それにより、多くの企業が分散していたオフィスを集約した。そして実際に、従来よりもはるかに情報共有が進み、風通しがよくなるという経験をしました。ところが振り返ってみると、仕事を邪魔されるという負の意味でのインタラクションも増えてきたことに気づいたのです。

そこで、スピーチプライバシーとコミュニケーションのバランスのとり方をどうするかということが考えられています。今、私たちが着目している一つは、「囲われ感」です。オフィスとしてはフルオープンで周りからいくらでも見えたほうがいいというやり方をしていたのが、ある程度見られ方、見え方をコントロールするような「やわらかい囲い」をデザインしなければいけないと思っているところです。周りから見られている中で仕事をするのと、少し囲われた感じでやるのとでは集中力とかクリエイティビティに影響があるのではないか。そのバランスが大事なテーマになるのではないかと思っています。

個人にとって発想のきっかけとして、外部が見えたり、仕事のフェーズによってはいろいろな人の意見を聞いたりすることが必要となることもあるでしょう。迷っているときや、ちょっと微妙にコミュニケーションをとりながらアイデアをまとめたいという場合もあります。一方で、自分の中にアイデアがあって、それをまとめる状況なら、邪魔はされないほうがいい。

そういう意味で、オフィスはどんどん多様化していく必要があります。閉じこもれる場所、ちょっとしたコミュニケーションができる場所、チームワークがやりやすい場所など、そのときの仕事の状況に応じて選ぶ、フレキシブルワークを成立させるための環境が必要だということです。そこで働く者全員の要求に一度に応えることはできないにしても、なるべく多様な場所を用意しておく。そして自分のニーズにいちばん近いところを選んで働いてもらうことが、その人の生産性を上げる一番の近道になる。そんなふうに考えています。

やりたいときにやりたい仕事を選べるテレワーク

今ではテレワークの場は、いわゆる「在宅勤務」だけではなく、例えば電源やWi-Fi完備の喫茶店など、ずいぶんと概念が広がっているようです。こうしたテレワークの形態は、働く場に関する研究の中ではどう捉えられていますか。

実際、今ではオフィス以外のところでもやれることがどんどん広がっています。新幹線の車中、ホテルのロビー、カフェ……。いろいろなところで頭を働かせ、いろいろなところで考えている。それはとても自然なことでしょう。自分のパワーを最大化しようとしたときに、やる気とかそのときの気分でいちばんやりやすい仕事と場所を選んでいるのだと思います。何か思いついたとき、やりたいときに、やれるほうがいい。そういう意味ではテレワークは、やりたいときにやりたい仕事を選んでできる良い方法です。

今後、よりいいアイデアを出すことを求められる人がどんどん増えていくとき、アイデアを出しやすい状況を自分なりにコントロールするようになるのは自然なことだと思います。そのとき、場所を拘束されるという状況では大きく生産性を下げるので、選択肢を増やすうえで、テレワークというのは意味があると思っています。ただ、自分の家だけでしか働けないとすれば、それはそれでまた縛りになってしまいます。いかに、いろいろな人と交わる場所をつくるか。その中の一つとして、自宅で働くテレワークがあるのだと思います。

従業員満足度と知的生産性向上

広い意味で働く場の可能性を広げることがカギになりそうですね。ICTの役割も重要になるでしょうし今後の活用にも期待したいものです。

かつてスティーブ・ジョブズ氏がアップル社を一時離れ、ピクサーという会社を買収して、『トイ・ストーリー』というアニメ映画を大ヒットさせたことはご存知でしょう。その後、『トイ・ストーリー2』を作るときに、ジョブズ氏は新たなオフィスをつくりました。その理由が、『トイ・ストーリー2』を成功させるためには、『トイ・ストーリー』と同じやり方をしても絶対にだめだ、成功体験をもとにした新しい『トイ・ストーリー2』はない、というものでした。そして、「まったく違うやり方をする」と決めたのです。その新しいやり方の中でもっとも大事にしたのが、「計画しない共同作業」でした。つまり、計画した先に未来はない、新しいものはない、ということです。計画しないのだから、意図的に仕掛けることはできません。それを起こせるものは「環境」しかない、ということで、場をつくったのです。

言うなれば、ノーベル賞の発見の多くが失敗や偶然がきっかけとなって、これまで積み上げてきた研究に新たな見方や方向性を与えることに近いのではないでしょうか。本当に画期的な発見は、たまたまできた組み合わせの中にこそある。それが生まれやすい状況は、思いもよらない共同作業にあるのです。

ジョブズ氏は、そこでオフィスの中の至るところに、コミュニケーションができるような仕組みと合わせて、もう一つ、自分たちのゴールを意識するような仕組みもつくった。自分たちの仕事が何かということをひしひしと感じられるような場をつくり、そこで偶然に意見を言い合うことで、さらに議論が深まっていくような状況を意図的につくり出したのです。

この「現場感」というのが、実は生産性向上に重要な役割を果たしています。BMW社やボーイング社が、ガラス張りオフィスから見える場所に製造ラインを配置したのに似ています。自分たちのゴールはあの車、あの飛行機を世の中に届けることにあると現場を意識しながら働くのは、仕事のクオリティを高め、スピードややる気を加速させるうえでも、大きな意味を持つ。こうした事例はたくさんあります。日本でもアウトドア用品メーカーのスノーピークス社が、自分たちの現場はキャンプ場だということで、本社オフィスをキャンプ場のど真ん中につくった例があります。現場感が仕事のクオリティを上げ、生産性向上に有効であることに気づいている経営者は少なくないのです。

経営者が働く場づくりに積極的に取り組むことと企業の業績の因果関係については、数値的に証明されているわけではありませんが、従業員満足度が上がることは確かです。企業が社員の満足度を上げる仕組みをつくることで、社員の生産性が上がり、それが企業全体の業績に反映される。そのように考える企業が、今後増えてくるものと思います。

生産性の向上も、皆でがむしゃらに「がんばろう」というものではなく、「知恵をしぼる」という取り組みです。従業員一人ひとりが、いかに自分で自分のアウトプットのクオリティを高めようと思うかが大事なのです。働いている人をちゃんとケアすることが、企業の利益につながるという要素がこれまで以上に強まるのも確かです。ICTツールや働く場づくりは本来、働く者自身が自分の能力を最大にするためのものですが、これからはそれらを有効に活用して、さまざまなフレキシブルワークを可能にする企業が、組織としても強い競争力を発揮していくこととなる、と言えるでしょう。


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