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労働人口減少の中での人材確保、グローバル化に向けたダイバーシティの実現、そして競争力強化のためのITツールや新たなトレンドの取り込みなど、「ワークスタイル改革」は企業にとって喫緊の経営テーマになっている。前編に引き続き、ITアナリストとして日本企業の実態をよく知る内山悟志氏に、経営者の視点から改革を具体的に実行するためのポイントを聞いた。

変革ができるかどうかは、経営者の意思次第

「ワークスタイル改革」が喫緊の経営テーマとして注目されている中、多くの日本企業組織における検討・推進の現状はどうなのだろうか。IT企業など一部先進企業では、「フューチャーセンター」※をつくるなど、新たな取り組みも始まっているが、改革は進んでいるのだろうか。
* フューチャーセンター
中長期的な課題の解決、オープンイノベーションによる創造をめざし、多様なステークホルダーとの対話によって新たなアイデアや問題の解決手段を見つけ出す「場」のこと。

伝統的な大企業の組織は、本質的には変わっていないのが現実ではないでしょうか。それが良いか悪いかは別として、自らが築いてきた競争優位性を維持することにエネルギーを割いている。経営会議の在り方しかり、社内への周知伝達しかり、グループをまとめていく組織ピラミッドしかり、旧態依然のままです。

その理由は、ワークスタイル改革が経営改革のドライバーになるという意識がまだ経営者に薄いためでしょう。組織の在り方や人事評価制度、意思決定のプロセス、そして社員の働き方を変えることが、業績につながると本気では思えていないのです。もっとも、データとして成果は直接的に証明されていませんし、たとえ良いデータを目にしたとしても、簡単に手をつけられる領域ではありません。ワークスタイル改革は企業文化と密接に結びついているだけに難易度が高く、重要だとわかっていても実行しにくいのです。

画像: ワークスタイル変革に対する取組み状況

ワークスタイル変革に対する取組み状況

しかも、従来の組織の在り方をゼロ・リセットするに足るモデルも確立されていない。そこは各社が自らつくり出していくほかありません。最終的には経営者が変革に向けた強い意思を持てるかどうか、強いリーダーシップを発揮できるかどうかにかかっている。そもそも、役員会や取締役会、経営執行会議といった意思決定の組織自体が、もっともダイバーシティのないメンバーで構成されている点にも問題があります。しかし、たとえその本丸は変えられなかったとしても、現場の働き方やチームの在り方、モチベーションアップなど、いくらでも改革できる部分はあるのです。

ワークスタイル改革の担い手は誰か

具体的な取り組みとして、ワークスタイル改革がめざすべき理想型はどのようなものだろうか。個人、チーム、組織、それぞれでできることは何か。また、その変革を進める推進主体は誰が担うべきなのだろうか。

ITに関しては、これまでも個人の生産性向上に対してIT(ノートパソコン、スマートデバイス、グループウエア、無線LANなど)が重要な役割を果たしてきたし、今後も技術の進展とともに活用が進んでいくことは間違いありません。ただし、将来の働き方という観点では、それらは個人やチームの働き方の変革の中に閉じた話でしかなかった。そこから次のステップに進もうとすると、突如、難易度が上がります。というのも、個々人の生産性の向上の総和を組織力アップにつなげていくためには、組織の在り方そのものを変える必要があるからです。つまり、事業化制度や指揮命令系統の見直し、就労形態の在り方の検討など、幅広い取り組みが必要だということ。まずは現状をしっかりと把握し、一方で将来のあるべき姿を描くことが不可欠です。

画像: ワークスタイルとは何か

ワークスタイルとは何か

その幅広いワークスタイル改革を担うのは誰なのか。総務、経理、人事、経営企画、IT部門、企画、各事業部、営業部など、幅広い部門がかかわるだけに、推進主体を決められないことが変革を妨げています。ここは経営者の特命として、ワークスタイル変革推進室をつくるのが手っ取り早いかもしれません。そして、この組織にある程度の権限と影響力を持たせるのです。また、本気で改革を進めようとするなら、兼務のタスクフォースでは難しいでしょう。長期的かつ包括的な視点を持って10年後の働き方のあるべき姿を描き、人事評価制度や就労規則、セキュリティを含めたIT環境整備まで幅広く扱う専任の組織が必要になります。

そのメンバーの中で、とりわけIT部門の果たす役割は大きいと言えます。ERP、電子メール、グループウエアなど、IT環境整備という全社横断的な取り組みを通じて、現場の悩みを一番良く知るのがIT部門の人たちだからです。ワークスタイル改革の旗ふり役として適任でしょう。

画像: ワークスタイル変革の推進主体

ワークスタイル変革の推進主体

改革を進めるモチベーションとは

内山氏の話から、ワークスタイル改革は難易度が高いだけに、たとえそれが喫緊の経営課題であったとしても、取り組みにくいテーマであることを理解した。いまだ成功モデルは少なく、経営目線での成果の見える化も難しい中で、原動力となるのは何だろうか。

冒頭にお話しした組織のトライブ化というのは自然発生的に生まれるタスクフォースであって、アサインされた組織ではすでにトライブとは言いがたいのですが、それでもここ数年、組織や会社をまたがった協創(コクリエーション)が見られるようになってきたことは、いい兆候だと思います。そこが一つの突破口になるかもしれません。

また、成功体験を味わったことがある大企業は皆、かつてはベンチャーだったわけで、創業当時のダイナミックでより自由だったDNAは残っているはずです。とくに日本企業の場合、日立の小平浪平氏にしろ、松下電器(現・パナソニック)の松下幸之助氏にしろ、創業者の言葉が伝記や口伝えで受け継がれDNAが継承されているところが強みです。創業の精神を思い起こし、それぞれの企業のDNAを今一度確認することも改革のトリガーになります。

画像: 将来の働き方を描く

将来の働き方を描く

しかし、経営者はリスクを嫌う存在ですから、どうしても従業員を管理下に置きたくなるんですね。ゆえに、組織が大きくなればなるほど、報・連・相(報告・連絡・相談)が重視される。大企業の部長クラスが会議ばかりしていて、クリエーティブなアウトプットが少ない所以です。ちなみに、私自身は組織の長でありながら、現場の仕事もするし、レポートも書くし、趣味も持っている。「暇だね」と言われますが、その通りです(笑)。当社では月に1回、2時間の会議があるだけなので、それ以外は執務に専念できるのです。合意形成のための会議ならいざしらず、報告だけのために会議に出席するのは無駄でしょう。

もちろん、大企業では情報集約や、周知伝達するだけでも時間と労力がかかる。その改善のためにも、まずは組織のフラット化や先にお話ししたデュアルOS型のように、自由度のある働き方ができる組織をトライアルとしてつくってみてはいかがでしょうか。

例えば、ある住宅設備の企業では、約10年かけて営業の改革に取り組んでいます。その企業が最初に手掛けたのが、現場をよく知る部長の発案によるパイロットプロジェクトでした。特定の支社の営業にモバイルを持たせて直行直帰を許し、外出先の車中から受発注ができるようシステムを導入したのですが、これが功を奏し、翌年の売上で1位を記録したのです。当初、現場は大反対でしたが、スモールスタートで試行し結果が出たことで他の支社でも導入。その後、営業所の編成改変や営業とバックオフィスの業務との切り分けなどに取り組んでいます。数字が出れば、それが大きな原動力になるわけですね。

いずれにせよ、働き方の変革には、経営者の意思とともに、草の根的な活動も欠かせません。イントラや社内SNSなどを活用して、将来の働き方を議論する場を設けるなど、従業員が自発的に取り組める仕掛けをつくることも一案でしょう。

一方で経営者には、そこから生まれたアイデアに対して許容する態度を持ち合わせてほしい。さらには、全社的イニシアチブとしてワークスタイル改革に取り組むことがこれからの競争環境を生き抜いていくための必須条件であることを認識していただき、従業員に対し、変革を歓迎するメッセージを発信していってもらいたいと思います。

画像: 結論

結論

画像: 株式会社アイ・ティ・アール 代表取締役 内山 悟志氏

株式会社アイ・ティ・アール
代表取締役
内山 悟志氏

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