ソーシャルメディアの普及により、クチコミが大きなパワーを持つようになった。自社ブランドのファンを上手に動機づけして、低コストで大きな効果を上げる成功事例も増えている。こうした手法はアンバサダー・マーケティングと呼ばれる。なぜ今、アンバサダー・マーケティングが注目されるようになったのか。早い時期からこの分野に取り組んできたアジャイルメディア・ネットワーク取締役CMO(最高マーケティング責任者)の徳力基彦氏に話を伺った。

画像: 徳力 基彦 (とくりき もとひこ)氏 アジャイルメディア・ネットワーク株式会社 取締役 CMO ブロガー

徳力 基彦 (とくりき もとひこ)氏
アジャイルメディア・ネットワーク株式会社
取締役 CMO
ブロガー

NTTやIT系コンサルティングファームなどを経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの1人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職。

ブログ以外にも日経ビジネスオンラインや日経MJのコラム連載など、複数の執筆・講演活動を行っており、2011年の登壇回数は100回を超える。また個人でも、WOMマーケティング協議会の事例共有委員会委員長や、政府広報アドバイザーなど幅広い活動を行っており、著書に『デジタル・ワークスタイル』『アルファブロガー』などがある。


新規顧客獲得を目指すなら、既存顧客を大切に

クチコミの効用は以前からよく知られているが、最近は新しいパワーを持ち始めている。その背景にあるのが、ソーシャルメディアの普及である。クチコミの伝播力、影響力は急速に高まっている。

こうした変化を受けて、「クチコミ・マーケティング」の次世代版とも言うべき「アンバサダー・マーケティング」という言葉も生まれている。また、欧米を中心に具体的な成功事例も次々に登場している。『アンバサダー・マーケティング』(ロブ・フュジェッタ著、日経BP社発行)には次のような例が紹介されている。

スターバックスの熱狂的なファンが運営するブログは、月間ユニーク訪問者数が1万8000に達する。スターバックスからは、ギフトカードすらもらったことはないという。また、マイクロソフトは専門性を持つWindowsファンを組織化し、一般ユーザーをサポートしてもらっている。このプログラムは、サポートコストの削減に大きな貢献をしているという。

画像: 新規顧客獲得を目指すなら、既存顧客を大切に

早い時期からアンバサダー・マーケティングに取り組むアジャイルメディア・ネットワークで取締役CMOを務め、『アンバサダー・マーケティング』の解説を担当した徳力基彦氏は次のように説明する。

「ネットとリアルの別を問わず、ポジティブなクチコミをしてくれる人を、私たちはアンバサダーと定義しています。従来のマスマーケティングに対して、アンバサダーを重視するアプローチを、アンバサダー・マーケティングと定義した場合、両者で大きく異なるのは新規顧客と既存顧客の位置づけでしょう。。従来のマスマーケティングは新規顧客へのアピールを重視する傾向があると思いますが、これに対して、アンバサダー・マーケティングでは『新規顧客獲得を目指すなら、既存顧客を大切にするほうが効率が良い』という視点を重視します」

競合からの乗り換え促進を含めて、新規顧客の獲得に大きな投資をしている業界は少なくない。では、既存顧客のケアにはどの程度労力をかけているだろうか。「釣った魚に餌をやらない」というスタンスは多くの企業で見られる。結果として、すぐに離れてしまう顧客を長年のロイヤルカスタマーよりも優遇するという事態がしばしば起こる。このことに、悩みを感じている企業も少なくないはずだ。

重視すべきは新規顧客か、それとも既存顧客か。これはマーケティングにおける長年のテーマであり、徳力氏の表現を借りれば「神学論争のようなもの」である。100かゼロかという問題ではない。徳力氏は「アンバサダー・マーケティングは、様々なマーケティング活動の中の1つ。全体のポートフォリオの中に位置づけるべきもの」と考えている。

ネット普及で変わったクチコミ伝播力の大きさ

冒頭で、クチコミのパワーアップについて述べた。多くの人々が実感していることだろうが、そこにはどのようなメカニズムが働いているのだろうか。徳力氏は「同期、非同期」というキーワードを提示して説明する。

「ソーシャルを含めたインターネットが環境変化の原動力です。ネットが普及する以前、クチコミの影響が及ぶ範囲はごく限られたものでした。時間と場所が同期しなければ、クチコミは伝わりません。しかも、伝える側と受け取り側の関心が一致しなければ話題に上らない。リアルの世界でクチコミは非常に伝わりにくい。そこで、インターネット以前にクチコミ・マーケティングに注力する企業が対象にしたのは、主として中高生や主婦層など一緒に過ごす時間の長いグループでした」

これに対して、ブログやツイートなどは非同期でも伝わる。徳力氏は「ネットの普及によって時間と場所の制約がなくなり、伝播する範囲が一気に広がりました」と話す。さらに、メッセージの受け手が面白いと思えば、ほとんど手間をかけずに知り合いに伝えることができる。

画像: ネット普及で変わったクチコミ伝播力の大きさ

かつてリアルの世界だけで閉じていたクチコミは、ネットというオープンかつ非同期の環境を得て、コミュニケーションの壁を軽々と乗り越えるようになった。これがクチコミパワー増大の理由だ。こうした中で、自社の商品・サービスのファンで、多くの人たちにお薦めしてくれるアンバサダーの重要性が高まった。

アンバサダーはインフルエンサーとは異なる概念である。多くの読者やフォロワーを抱える人気ブロガーなどは、インフルエンサーと呼ばれる。ある分野に関する深い知識を持っており、自ら書籍を出版するケースも少なくない。これに対して、アンバサダーは特定のブランドに愛着を持つファン。有名人かどうかは関係ない。

芸能人にも匹敵する無名ファンの影響力

混乱を避けるために、細かい定義について確認しておきたい。ここでアンバサダーと定義した人たちは、英語圏では一般に「アドボケート」と呼ばれる。日本語では、支持者といった意味である。

従来の広告業界における「アンバサダー」とは基本的に有名人のことである。例えば、高級ブランドの腕時計であれば、アンバサダーが公式な場に出るときには腕に着けてもらい、さりげなくブランドの露出に協力してもらうという具合だ。こういった場合の有名人のことを「ブランドアンバサダー」と呼ぶことが多い。

「芸能人の影響力を活用して、ブランドの価値を高めようというアプローチが従来の広告業界における「ブランドアンバサダー」を活用した手法です。実際、こうした手法はソーシャルメディアが普及するまでは、芸能人のような影響力が高い人物でなければ意味がありませんでした」(徳力氏)

しかし、環境が変わった。有名でなくても、一定の影響力を持つ人たちが増え始めたのである。徳力氏はこう続ける。

「アンバサダーを芸能人に限定する必要はないのではないか。それが私たちの提案です。例えば、1人の芸能人が10万人に影響を与えることができるとしましょう。逆に一般には無名であっても、影響範囲が100人に及ぶファンはいます。こうしたファンが1000人集まれば、100人×1000人=10万人にメッセージを届けることができる可能性がある。一般人を1000人集めれば、1人の芸能人と同等、もしくはそれ以上の影響力を持つことが可能になっているのです」

前述の『アンバサダー・マーケティング』でも、オリジナルタイトルでは「Advocates」という言葉を用いている。日本語版ではなじみのないアドボケートという単語を避けたという事情もあるが、アンバサダーという言葉を選んだ背景には徳力氏の言う提案も込められている。なお、ここでは徳力氏の定義に基づいて、アンバサダー・マーケティングという言葉を用いることにする。

ソーシャルリスニングでクチコミ効果が測定可能に

日本でアンバサダー・マーケティングの事例が登場したのはここ1~2年のこと。前述したようにソーシャルメディアの成長が推進力だが、徳力氏はもう1つの要素として「測定」を挙げる。

「クチコミの重要性は昔から変わりません。リアルの世界においても、テレビで面白いCMが流れれば学校で話題になり、『自分もCMを見ないと』とか『買ってみよう』と思ったりする。ただ、こうしたクチコミの効果を定量化することは非常に難しいというのが現実でした。ところが、今ではソーシャルメディアによるクチコミの可視化もあり、ある程度の精度で測定することが可能になってきています。このことも、アンバサダー・マーケティングを後押ししています」

画像: ソーシャルリスニングでクチコミ効果が測定可能に

例えば、自社商品について、ブログやツイッターでの言及がどう変化しているのか。言及の増減だけでなく、ネガ/ポジの割合も含めて見える化する。そのためのツールが様々な形で提供されている。

「最近では多くの広告代理店が、テレビCMを流した後、ソーシャルメディアの反応についても分析しています。いわゆる、傾聴(ソーシャルリスニング)です。ソーシャルメディア以前、ユーザーの声を聞くためには、アンケートやコールセンターなどの手段しかありませんでした。しかし、今ではユーザー同士が雑談のような形で語っている内容を知ることができる。これは、ソーシャルメディアがもたらした重要な変化です」(徳力氏)

ユーザーの声を傾聴することで、アンバサダー・マーケティングの効果もある程度まで把握できるようになった。深掘りの分析には相当の手間がかかるが、低コストで手軽に効果を把握するためのツールも登場している。

アンバサダー・マーケティングは日本では比較的新しい動きだが、徳力氏は「欧米では10年ほど前から注目されている」と言う。

「欧米、特にケーブルテレビなどによる多メディア化が進んでいる地域では、マスメディアの影響力が低下しマスマーケティングが効きにくくなっています。そこで、PR会社がインフルエンサーとの関係づくりに着目し、その延長上でアンバサダー・マーケティングのようなアプローチが広がってきたという経緯があります。日本ではマスメディアのパワーが非常に強いので、同様の手法が注目されるまでかなり時間がかかったということでしょう」(徳力氏)

日本のメディア状況は、欧米とはやや異なる面がある。また、コミュニケーションのスタイルにも違いがある。とすると、アンバサダー・マーケティングの導入についても留意すべきポイントがありそうだ。次回では、日本市場におけるアンバサダー・マーケティングの適用と成功事例などについて説明したい。


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