グロースハックの有名な事例の多くは、ベンチャー企業のものだ。確かに、企業規模が小さければ好都合なことも多い。しかし、だからといって大企業には向かないかというと、決してそうではない。ただし、大企業の場合にはいくつかのポイントに注意する必要がある。例えば、組織の壁をどう乗り越えるか。また、失敗を許容する文化も重要だろう。

画像: 楠本 和矢(くすもと・かずや) 株式会社博報堂コンサルティング 執行役員 ビジネス開発部長 神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発・育成業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括役として、得意先企業に深くコミットするアプローチの下、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は執行役員として、博報堂の重要得意先のプロジェクト統括・プランニング業務、博報堂グループを横断した新規事業の開発運営、外部企業とのパートナーアライアンス業務等に携わる。著書に「サービス・ブランディング」(共著:ダイヤモンド社 2008年)

楠本 和矢(くすもと・かずや)
株式会社博報堂コンサルティング 執行役員 ビジネス開発部長
神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発・育成業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括役として、得意先企業に深くコミットするアプローチの下、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は執行役員として、博報堂の重要得意先のプロジェクト統括・プランニング業務、博報堂グループを横断した新規事業の開発運営、外部企業とのパートナーアライアンス業務等に携わる。著書に「サービス・ブランディング」(共著:ダイヤモンド社 2008年)

第1回 じわり広がる米国生まれの新手法 >


大企業ではコンセンサスづくりがカギ

前回、グロースハックの6つの切り口に沿って具体的な事例を説明した。HotmailやDECOPICなどが典型的だが、グロースハックの多くは商材そのものにマーケティングの仕掛けが埋め込まれている。これは重要なポイントである。というのは、組織の問題に関わってくるからだ。

ベンチャー企業、中小規模の企業にとって、組織横断のプロジェクトは珍しいことではないだろう。少人数で食事をしながらいつのまにか、"グロースハック大会"が始まるといったこともありそうだ。

しかし、大企業においては組織の壁がグロースハックを阻害する可能性がある。論点を拡散させないために「グロースハックの取り組みは商材単位で行うべき」と楠本氏は言う。その場合、商品企画や開発、マーケティング、セールスなどの担当者の参加が想定される。部門横断で関係者がワークショップなどの場に集まって議論する。こうした活動を実行するためには、各部門の協力は欠かせない。

「まず、グロースハックという新しいやり方について、その内容や狙い、メリットなどを各部門に理解してもらう必要があります。例えば、ブランドマネジャーのような商材に責任を持つ立場の方が旗振り役を務めれば、社内の合意は得やすくなるでしょう。コンセンサスの形成は非常に重要です」と楠本氏は説明する。

全体のコーディネーションを行う旗振り役も重要だが、それとは別に、ワークショップをリードするファシリテーターの役割も見逃せない。

「ファシリテーターが対象商材へのこだわりを持ちすぎていると、生まれてくる発想や議論の方向が狭まる可能性があります。ケース・バイ・ケースではありますが、第三者的な立場のファシリテーターが望ましいと思います。というのは、社内メンバーだけ話し合う場合、眠っている"宝"に気づかないことも多いからです」

そう語る楠本氏自身、ファシリテーターを務めることもある。社内では当たり前のこととして見過ごされているものに、独創性や新規性を感じることも多いという。「『皆さんは面白くないかもしれませんが、それってメチャクチャ面白いですよ』と議論に割って入ることもよくあります(笑)」と楠本氏は打ち明ける。「業界や自分たちだけの常識にとらわれない、『健全なアウトサイダーの視点』が重要」とも説明する。

PDCAを高速回転させて成功施策を残す

ファシリテーション以外にも、いくつかの注意すべきポイントがある。その1つとして、楠本氏が指摘するのが、オープンマインドな気風、新しい視点を受け入れる土壌である。「今までのやり方や慣習にとらわれていると、思考が広がらないことがあります。従来の枠組みを突き抜けるような発想やアイデアを生み出すためには、オープンマインドの文化をチームに植え付ける必要があります」

もう1つ、チームの中から生まれたアイデアを実行すること。当然のことではあるが、それができない場合も少なくないようだ。

「せっかくいいアイデアが出たのに、社内調整などに時間がかかってなかなか実行に移せない、または実行しないまま終わってしまうケースもあるでしょう。『なかなか面白かったね』というだけでは、意味がありません。まずは、スピード感を持って実行することが重要です」(楠本氏)

グロースハック施策の具体的なシナリオを描いたら早く取り掛かり、速くPDCAサイクルを回して検証してみる。シナリオの策定についても、何週間も時間をかける必要はない。楠本氏が関わるケースでは、シナリオづくりにかけるのは数時間程度だという。

ここでいうシナリオとは、ある施策がユーザーのどのような意識に働きかけ、どのような結果につながるかという一連のプロセスである。

再びHotmailを例に挙げると、「友人・知人からのメールの下に書かれた勧誘メッセージを見て、受け取った人はどう思うか」から始まり、「Hotmailへの親近感がわく」、「未知のサービスへの心理的ハードルが下がる」、「新規登録者が増える」、「ユーザーの送受信状況を追跡することでサービスを改善する」といったシナリオが考えられる。

このようなシナリオを描く際には、各要素の因果関係をあらかじめ示すことができるはずだ。例えば、「心理的ハードルが下がる」→「新規登録者が増える」といった要素間の関係である。

「1つのストーリーとしてつながっていないものは、あまりスジのいいシナリオとは言えません。話の筋道が分かりやすく、多くの人が『なるほど、勝ちパターンだね』と思えるようなら、それはスジのいいシナリオと言えるでしょう」と楠本氏。グロースハックのワークショップを行えば、いくつものアイデアが出てくるはずだ。スジのいいシナリオを描けるかどうかが、どのアイデアを選ぶかを決める基準の1つになる。

また、シナリオの各所に、数値化できる評価指標を設定しておくことも重要だ。その指標を見れば、成功か失敗かを早い段階で見極めることができる。

画像: PDCAを高速回転させて成功施策を残す

成功した施策は継続、強化することになるだろう。その施策の展開エリアを広げる、あるいは別の商材でも同様のアプローチを試してみるといった方向性が考えられる。逆に、失敗したからといって、過度に深刻な受け止め方をする必要はない。失敗から学ぶことは大事だが、そもそもグロースハックには失敗がつきもの。これまでにないアイデアを実行するのだから当然だ。

「失敗もあるでしょうが、多くの試みを高速回転させて、その中からスジのいいものを見つけていくことが重要。そのためにも、計測可能な指標が求められます」と楠本氏は語る。

経営やビジネスに創造性が求められる時代

前回紹介した様々なグロースハック事例は、すべてがクリエイティブかつユニークな試みである。博報堂コンサルティングがグロースハックに着目した理由の1つがここにあると楠本氏は言う。

「多くの企業において、これまでの延長線上に成長戦略を描くことが難しい時代です。経営やマーケティング、あるいはビジネスそのものに、これまで以上の創造性が求められるようになりました。例えば、佐藤可士和さんのようなクリエイターは、大手企業の経営者と対峙し戦略的な提言をしています。楽天やヤフーをはじめ、クリエイターの採用を強化している企業も目立ちます。広義のクリエイターが発揮する能力は、今後のビジネスにおいてますます重視されるようになるでしょう」

グロースハックはマーケティングの新しいアプローチを提示するものだが、それ以上のインパクトをビジネスにもたらす可能性を秘めている。
例えば、先に触れた組織の壁。グロースハックへの取り組みをきっかけに、部門間の協力が促進され全体最適への意識を高めることは可能だろう。セクショナリズムの壁を低く薄くすることで、期待できる効果は大きいはずだ。

画像: 経営やビジネスに創造性が求められる時代

あるいは、失敗を許容する意識、リスクを負ったチャレンジを推奨する文化を醸成するきっかけになるかもしれない。それは、「減点主義」と評されることの多い日本の大企業の組織風土を変える可能性もあるだろう。人事制度や組織の変革を進めようとする企業においては、グロースハックをテコに使うという選択肢も考えられるのではないだろうか。

グロースハックを上手に取り入れた企業は、1つの商材というレベルを超えた成果を手にすることもできそうだ。それほどグロースハックの射程は長く、広い。


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