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もともとは、米国シリコンバレーで盛んに使われていた「グロースハック」という言葉。最近は、日本のビジネスシーンでもよく聞かれるようになった。なぜ今、グロースハックが注目されているのか。また、ビジネスにどのようなインパクトを与えるのか。マーケティング活動において新しい可能性を切り拓きつつあるグロースハックについて、この概念にいち早く着目し活動を始めた博報堂コンサルティングの楠本和矢氏に話を伺った。

独創的なアイデアと工夫で認知度を一気に高める

最近、ビジネスパーソンの間で、グロースハックへの関心が高まっている。ただ、あまり馴染みのない人、「言葉を耳にした程度」という人も少なくないだろう。

そこで、まずグロースハックという概念を整理しておきたい。博報堂コンサルティング執行役員の楠本和矢氏は、次のように説明する。
「もともとは米国シリコンバレーのベンチャー企業の間で生まれた言葉です。ベンチャーなので、大規模なマーケティング投資はできません。限られたリソースの中で、自社商品またはサービスの認知をいかに拡大するか、どうすればより多くのユーザーを獲得できるかに知恵を絞っています。その結果、クリエイティブなアイデア、新しい手法などが次々に生まれました。こうした考え方や手法を束ねた概念として、グロースハックという言葉が使われるようになりました」

有名な事例の1つに「Hotmail」がある。1990年代の半ば、創業間もないホットメール社は自社のサービスを広く知ってもらうための方法を探していた。ユーザーにとってはまったく知らない、無料のWebメールという新しいカテゴリーのサービスだ。知ってもらいたいのだが、大量に広告宣伝費を投入する余裕はない。そこで、同社が採用したのは、ユーザーが送付したメールの末尾に「Hotmailで君も無料メールをゲットしよう」という1行のメッセージを入れることだった。

初期ユーザーからその知人・友人へとメッセージは拡散し、Hotmailの利用者は一気に増えた。1997年にマイクロソフト社に買収されるころには、1000万人近くに達していたという。

サービスにメッセージを付与するコストは、ほとんどゼロである。新しいアイデアを試してみることで、Hotmailはお金をかけずに大きな成功を手にすることができた。今や、グロースハックの伝説的なエピソードである。

同じように、独創的なアプローチで成果を上げた企業は少なくない。シリコンバレーで生まれたグロースハックという言葉は、今では日本でもたびたび使われるようになった。グロースハックは、新しいマーケティングの考え方として日本企業の間にも浸透しつつある。

従来のマーケティングとは異なるアプローチ

グロースハックが注目される背景として、従来のマーケティング戦略だけでは差異を生み出しにくくなってきた現状がある。

「教科書的なマーケティング戦略は今でも重要だと思いますが、多くの企業が同じ考え方に立てば違いを打ち出すことは難しくなります。従来型のアプローチからいったん離れることで、新しい可能性が開けてくるかもしれません。グロースハックは、それを現実のものとして示しています」(楠本氏)

マーケティングの分野では、多くの専門家がフィリップ・コトラー氏(米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院特別教授)の枠組みに則って様々な戦略や施策を提案してきた。そこで重視されているのはSTP(Segmentation、Targeting、Positioning)、4P(Product、Price、Promotion、Place)といったキーワードである。

「コトラー氏の功績については、改めて言うまでもありません。マーケティングに汎用的なプロセスを持ち込み、誰もが分かりやすい共通認識を提示しました。ただ、学問としての体系や汎用性を追求するためには、不確実な要素は捨象せざるを得ません。その1つが人間的な視点です。グロースハックは、そこに注目しています」と楠本氏はいう。

例えば、人間の購買行動。人々は常に合理的な動機でモノを買っているわけではない。ときには衝動買いすることもあれば、見栄を張ってしまうこともある。単に、「そこにあるから」という理由だけで買う場合もあるだろう。

画像: 従来のマーケティングとは異なるアプローチ

「生活者はときとして、合理的でない選択をすることがあります」と楠本氏。こうした人間の意識を、学問の中に取り込むことは難しい。グロースハックはそこに踏み込むことで、多くの成功事例を実現してきた。

「生活者の合理と非合理の間にある『意識のスキ』を突く。グロースハックにはそんな側面があります。例えば、『もともとニーズがあった』という気持ちにさせたり、ニーズの有無とは関係なく、選択しやすい状況をつくったり。あるいは、本質的な価値とはまったく別の購買理由をつくり出すこともあります。このようなグロースハックのアプローチは、欲しいものを起点とするマーケティングとはまったく異なるものです」と楠本氏は語る。

グロースハックのエッセンスと自社リソースをつなぐ

楠本氏によると、グロースハックには大きく2つのアプローチがあるという。

「これは博報堂コンサルティングの定義ですが、グロースハックには分析的アプローチと創発的アプローチがあると私たちは考えています。前者は行動解析やA/Bテストなど様々な手法を使って、知見やアイデアを見いだそうとするもの。デジタルマーケティング領域においては、かなり一般化してきたやり方です。一方、後者についてはこれからという状態。今後、方法論の確立とともに、様々な実践が求められている分野だと思います」

グロースハックに最初に注目したのがシリコンバレーのベンチャー企業ということもあり、「グロースハックはオンラインビジネスの話」という見方もあるようだ。実際に、オンラインビジネスでの事例が多いのでやむを得ない面もあるが、楠本氏は「グロースハックの様々な成功事例からエッセンスを抽出すれば、リアルビジネスにも転用可能なものは多い」と強調する。

つまり、あらゆる業種業態にグロースハックの可能性があるということ。無視できるほどの少ない投資で一気に認知度を高める、あるいは売り上げを一気に拡大するチャンスもある。

では、グロースハックを自社に取り入れるための道筋とはどのようなものだろうか。楠本氏はこう話す。

「グロースハックのエッセンスと自社リソースを照らし合わせて、どんなことができるかと考えてみるのです。これを、私たちはアナロジカルなアプローチと呼んでいます」

アナロジー、つまり類推を働かせながら、成功事例のエッセンスを別の分野に適用する。例えば、Hotmailのような手法を自社ビジネスで使うとしたら、どんな可能性があるかと考えてみるのである。「これはHotmailからヒントを得ました」と公表する企業はあまりないので確定的なことは述べられないが、実際のところ、先行事例のエッセンスを取り入れて自社ビジネスで成果を上げたケースは多いはずだ。それはオンラインビジネス、リアルビジネスに関係なく言えることである。

「例えば、ソフトバンクの携帯電話にかけると、『ピピピ』という音が鳴ります。かける側は、相手がどの会社の携帯電話を使っているかを知りません。でも、ピピピと鳴ると少し気になります。やがて、それがソフトバンク携帯だと知るでしょう。いろいろな相手に電話をかけるうちに、『この人もソフトバンクか』と思うようになります。これは、Hotmailのやり方ととてもよく似ています。ソフトバンクがHotmailを参考にしたかどうかは分かりません。重要なことはHotmailにおけるグロースハックのエッセンスを転用したかどうかではなく、転用できるということです」(楠本氏)

画像: グロースハックのエッセンスと自社リソースをつなぐ

ここでいうエッセンスは、広告以外の手法(この場合はユーザーの利用)によって認知を広げることができるということ。博報堂コンサルティングは、このようなエッセンスを「Growth Hackingアイデア導出モデル」としてまとめている(図)。

図にもあるように、このモデルは「Ver.4」。つまり、今も進化の途上にあるということだ。このモデルを構築するうえで、楠本氏らは数百のグロースハック事例を収集したという。

「数百の事例を集めたうえで、汎用化できるもの、リアルビジネスにも転用可能なものという視点で、そのエッセンスを抽出しました。そして、6つの切り口に集約しました。企業によって、ビジネスの特性によってグロースハックのやり方は多種多様です。その中から共通項を見つけるのに苦労しました」と楠本氏。次回は、このモデルに沿って具体的な事例を見てみたい。

画像: 楠本 和矢(くすもと・かずや) 株式会社博報堂コンサルティング 執行役員 ビジネス開発部長 神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発・育成業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括役として、得意先企業に深くコミットするアプローチの下、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は執行役員として、博報堂の重要得意先のプロジェクト統括・プランニング業務、博報堂グループを横断した新規事業の開発運営、外部企業とのパートナーアライアンス業務等に携わる。著書に「サービス・ブランディング」(共著:ダイヤモンド社 2008年)

楠本 和矢(くすもと・かずや)
株式会社博報堂コンサルティング 執行役員 ビジネス開発部長
神戸大学経営学部卒。丸紅株式会社で、新規事業開発・育成業務を担当。外資系ブランドコンサルティング会社を経て現職。これまでコンサルティングプロジェクトの統括役として、得意先企業に深くコミットするアプローチの下、多岐にわたるプロジェクトを担当。現在は執行役員として、博報堂の重要得意先のプロジェクト統括・プランニング業務、博報堂グループを横断した新規事業の開発運営、外部企業とのパートナーアライアンス業務等に携わる。著書に「サービス・ブランディング」(共著:ダイヤモンド社 2008年)

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