過労死が問題視され、うつ病が社会課題となっている一方で、"医学の忘れ物"とも言われた研究領域がある。それが、疲労だ。大阪市立大学健康科学イノベーションセンター所長で、医学博士の渡辺恭良氏。自身が体調を崩した経験をきっかけに、1990年代から慢性疲労症候群の研究を始めた。最先端の医療研究で、疲労のメカニズムはどこまでわかってきたのか。渡辺氏の取り組みについて話を聞いた。

画像: プロフィール 渡辺恭良 (わたなべやすよし) 医学博士。1980年、京都大学大学院医学研究科博士課程を修了。同大学放射性同位元素総合センター助手、大阪医科大学講師、大阪バイオサイエンス研究所研究部長を歴任し、1999年に大阪市立大学に教授として着任。現在は同大学の健康科学イノベーションセンター所長を務めるほか、独立行政法人理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター長や、関西バイオメディカルクラスター健康科学推進会議議長、日本疲労学会理事長を兼任。専門は、神経科学と病態医化学。

プロフィール
渡辺恭良 (わたなべやすよし)
医学博士。1980年、京都大学大学院医学研究科博士課程を修了。同大学放射性同位元素総合センター助手、大阪医科大学講師、大阪バイオサイエンス研究所研究部長を歴任し、1999年に大阪市立大学に教授として着任。現在は同大学の健康科学イノベーションセンター所長を務めるほか、独立行政法人理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター長や、関西バイオメディカルクラスター健康科学推進会議議長、日本疲労学会理事長を兼任。専門は、神経科学と病態医化学。


幼いころから研究志向

画像: 幼いころから研究志向

渡辺氏は石川県生まれ。父親が金沢大学の病理学教室に所属する研究者という環境もあって、医学への志は子どものころから自然に芽生えていた。

「将来は、医者というより研究をしたいなと考えていました。昆虫採集が好きで、たとえば蝶の紋様がどうやって形づくられるのかなど、生き物のしくみに強い興味を持っていました」。

早くから研究志向だった渡辺少年は、やがて京都大学医学部に進学。かねてからの希望どおり、研究者の道を歩んだ。

「大学では、ヒトの脳神経について研究しました。卒業後は京都大学で助手として研究を続けたあと、大阪医科大学では講師を務め、1987年に、新設の大阪バイオサイエンス研究所に神経科学研究部門のリーダーとして着任しました。そこで、スウェーデンの大学と国際共同研究をやることになったんです」。

自ら望んで研究者となり、36歳で一部門を率いる立場となった渡辺氏。一時は、所属するスタッフが50名にものぼるほどの大所帯だった。しかし、その国際共同研究のために、本業とは別のやりくりに頭を悩ませることになる。

慣れない国際折衝で体を壊す

渡辺氏の研究チームは、スウェーデンのウプサラ大学と、科学技術振興機構(JST。当時は新技術事業団)の国際共同研究プロジェクトを行うことが決定。渡辺氏は、その準備のためにスウェーデンへと渡った。

「共同研究を行うために、日本で予算化された研究費で、ウプサラ大学に研究室を作ることになったんです。現地の制度では、研究機器の購入は非課税対象のはずでした。ところが、研究室の改装が終わって準備が整った段階になって、現地政府との見解の違いにより、機器の購入に巨額の間接税が課せられる可能性が出てきたのです。なんとかして見解の食い違いを解消するために、わたしは大学やスウェーデンの国家機関に何度も折衝しに行きました。わたしたちの研究チームには交渉を行うスタッフがいなかったため、自分ひとりでやるしかなかったからです。慣れない金策の苦労ばかりで休む間もなく、かなり疲れてしまいました」。

ところが、日本に帰国すると、絶望的な事態が渡辺氏を待ち受けていた。

「その研究プロジェクトで、日本側に新たに施設を作らなければならなかったんです。そのために、研究所の外部にオフィスを借りないといけない。その経費の1/3を関係団体から出資してもらうことになっていたんですが、スウェーデンから日本に帰ってきた途端に、その話が破綻してしまったんです」。

スウェーデンと日本との行き来でなかなか休養もとれないなか、非情な一報を受けた渡辺氏。落胆した同氏の疲れはピークを越え、ついに体調を崩してしまう。

疲労研究のきっかけは受診

渡辺氏の体調不良は長引き、なかなか回復の兆しが見られなかった。そこで、大学時代の友人で大阪大学に勤める医師に相談。のちに疲労研究の最大のパートナーとなる人物と出会うことになる。

「友人から内科医として紹介されたのが、当時大阪大学に勤めていらした倉恒弘彦先生です。その頃、倉恒先生は慢性疲労症候群の我が国第1症例を発見し、その研究を始めていたんですが、慢性疲労症候群の患者を検査したらアシルカルニチンという物質の数値が低いという結果が出たそうです。その原因を探っていたところ、ちょうど生化学のバックグラウンドのあるわたしのことを友人から聞いて、検診してくれることになったんです」。

この偶然がきっかけとなり、渡辺氏は1992年頃から疲労研究に参加。当初は、アシルカルニチンと疲労との関係をテーマに、研究が始まった。大阪大学の教授で疲労研究の草分け的な存在でもある木谷照夫氏が厚生労働省の研究班を率い、倉恒氏は事務局長。研究会も立ち上げられ、疲労研究の機運が高まりつつあった。しかし、研究を進めていくにつれて、渡辺氏は根本的な疑問に気づくことになる。

そもそも疲労とは何か

「慢性疲労症候群の原因を突き止めることを主眼として、わたしは脳科学の視点で研究を始めました。ところが、研究を進めていくうちにふと気づいたんです。そもそも疲労って何だろう…? それがわかっていなかったんですね。だから、疲労のメカニズムを解明する必要があるとの考えにたどり着きました。その一方で、的確に診断するためには、疲労の度合いを定量的に計測できるようにしなければいけない。大きくその2つの方針で、1999年からは26の大学や研究所、企業が集まり、文部科学省の研究班(代表:渡辺氏)がスタートしたのです」。

"疲労"は、それまでの医学では盲点ともいえる分野。疲れは人それぞれで異なる感覚的な症状であるだけに、研究や医療の対象になりにくいうえ、疲労の度合いや倦怠感などを評価する尺度も無かった。そのため、本格的な研究も手つかずの状態がずっと続いていた。

社会課題としての疲労

しかし、疲労は日本の社会課題。過労死が労災として認定されたのは近年のことだが、すでに高度成長期の頃から問題視されてきた。現代人の疲労の実態を、渡辺氏は危惧している。

画像: 我が国の疲労の統計のグラフ

我が国の疲労の統計のグラフ

「早期のうつ病患者は、慢性疲労の状態にあります。現在、日本の就労人口約8,000万人中、3,200万人もの人に慢性疲労の疑いがあると言われています。そのうち1,600万人は、日常生活に支障をきたすほど疲れが続いている。これは日本に限らず、欧米でも就労人口のうち20%程度が該当するようです。1985年に日本で総理府が行った調査では、疲れの程度を問うアンケートに対して、ほとんどの人が"一晩寝れば治る"と答えています。あくまで簡易な調査ですが、その当時と比較すると、日本人の疲労の度合いは増えてきているということが言えます」。

さらに、子どもの疲労にも、時代による変化が見られると渡辺氏は言う。

「どんなに疲労感があっても、"今日は一日楽しかった"という満足感をともなっていないと、ヒトは睡眠や休息をとれないんです。近ごろは子どもの疲労も問題になっていて、昔であれば何かおいしい物を食べたとか走りまわって楽しかったとか、単純なことでも満足感を得られました。しかし、現代では子どもを取り巻く環境が変わり、それが難しくなってきました」。

疲労の正体は活性酸素

画像: 疲労の正体は活性酸素

今や世界的な社会課題と言える、疲労。渡辺氏が取り組むのは、そのメカニズムの解明だ。現時点で、疲労のしくみはどこまでわかっているのか。

「人間の体内で働いている細胞は、オーバーワークになると活性酸素を発生します。この段階で疲れのシグナルが体から出るのですが、ここで休まないと活性酸素を処理しきれず、重要なたんぱく質が酸化してしまうんです。いわば、さびついた状態です。それが増えると、細胞が傷ついた状態(細胞傷害)になります。ビタミンB1やコエンザイムQ10などが作る修復エネルギーが充分にあれば、それらのたんぱく質を元に戻せるのですが、休息をとらないままでいると、細胞が傷ついた状態のまま脳神経や筋肉に残ってしまい、結果として疲れた状態が続いてしまいます。新しいたんぱく質を作ったり、さびたたんぱく質を元に戻したりするには時間がかかるので、睡眠や休憩がどうしても必要になる。しかし、それができないまま活動を続けると、最終的には過労になってしまうのです」。

渡辺氏が突き止めた疲労の正体は、活性酸素。この発生に対抗する要素は3つあると渡辺氏は考えている。

「1つめは、細胞の傷害を防ぐための抗酸化剤。2つめは、傷ついたたんぱく質を修復するためのしくみ。そして3つめが、細胞の傷害を見つけるしくみです。これらは、ヒトが病気になったり老化したりするときの共通のメカニズムでもあるのです」。

疲れやすさにも個人差がある

かつては、"活動すれば疲れるのはあたりまえ"と思われてきたが、他の病気と同じように、疲労にもメカニズムがある。同時に、病気にかかりにくい人とかかりやすい人がいるように、疲れにくい人と疲れやすい人がいると渡辺氏は言う。

「疲労への耐性には、当然個人差があります。その要因は、幼少時からの教育や大人になってからの労働など、環境によるものが50~60%です。そして残りは遺伝子要因。その人が持つミトコンドリアの遺伝子機能が悪いと、疲れやすいということがわかっています。同じ環境でも、ストレスコーピングといって、ストレスとの付き合い方しだいで疲れやすさも違います。たとえば、几帳面で考え込みやすい性格の人は疲れやすいと言えますね」。

一方で渡辺氏は、疲労対策の研究も進め、有効な抗疲労物質を発見した。

「イミダペプチドという物質が、抗酸化剤としてとても有効だということがわかってきました。これは、渡り鳥の胸肉などに多く含まれる物質。数千キロもの長い距離を飛び続ける、その持久力を、このイミダペプチドが支えているのです。わたしたちも、活動する前にこれを摂取すれば、疲れにくくなるのです」。

一度は疲労で体調を崩してしまった経験のある渡辺氏。自身は、疲労とどう向き合っているのか。

「日々、好きな研究をやってるので、ふだんは疲労を感じていません。ただ、想定外の仕事が降りかかってくると、やはり疲れてしまいますね」。

関西バイオメディカルクラスターの発足

疲労のしくみがわかり、疲労に対抗するために何が必要かもわかってきた。それらを社会に活かすために、渡辺氏は自身の研究を深めるだけではなく、他の研究者を巻き込んだ取り組みも行っている。関西の医学研究者や医療関係企業などで構成される組織、関西バイオメディカルクラスター健康科学推進会議だ。

「関西バイオメディカルクラスターは、医薬品、医療機器、健康科学の3つを軸とした研究者の組織です。このなかで、医薬品と医療機器の会議は、あくまですでに病気にかかっている人を対象とした取り組みです。これに対して、健康科学推進会議は、まだ病気になっていない人や、なりかかっていても病院には行かないような人たちの健康を増進させようというのが狙いなんです。医療経済の観点から言っても、人々が病気にならないことを推進するほうがプラスに働くということがわかっています。病気のリスクを事前に予測したうえで、病気にならないこと。それが大事なんですね」。

疲労という社会課題に応えるために、疲労メカニズムの解明を進め、医学研究者と協力しあって社会に働きかける渡辺氏。次回では、疲労の定量化をめざすもう一人の研究者・倉恒弘彦氏に話を聞いた。


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