コンピューティング技術やセンシング技術の進化を背景に、ITの発展は新たなフェーズへと入っている。情報爆発時代、ビッグデータ時代などと呼ばれる今日、これまでは手段がなく得られなかったデータが取得できるようになり、見過ごされてきたデータや、取得しても使い道がなく捨てられてきたデータを活かすことも可能になった。そうしたビッグデータは、最適に処理し、分析する技術と、新たな気づきを導き出す視点があってこそ、秘められた価値の顕在化と、真の活用が可能となる。そして、ビッグデータの真の活用が可能になったとき、20世紀の合理化に寄与してきたITとは異なる、新たな発展の形が見えてくる。日立の研究でも、ビッグデータの分析によって人間的な幸福の追求と企業利益の向上が結びつくことが明らかになった。こうした新たなIT活用のあり方が、社会イノベーションに貢献していくと期待されている。

21世紀のITに求められるものとは何か。ITは人間的幸福に貢献できるのか。生命と情報との関わりについての深い考察で知られる東京大学 西垣通名誉教授と、人間行動データの解析技術に取り組む日立製作所中央研究所の矢野和男主管研究長が論を交わす。

画像: 西垣 通 東京大学 名誉教授、 東京経済大学 コミュニケーション学部教授 東京大学工学部計数工学科卒業。 1972年 日立製作所入社。コンピューター・ソフトの研究開発に携わる。 その間、スタンフォード大学で客員研究員。 その後、明治大学などを経て、2000年、東京大学大学院情報学環教授。 2013年定年退官、東京大学名誉教授、東京経済大学コミュニケーション学部教授に就任。 工学博士。専攻は情報学・メディア論。

西垣 通
東京大学 名誉教授、 東京経済大学 コミュニケーション学部教授
東京大学工学部計数工学科卒業。
1972年 日立製作所入社。コンピューター・ソフトの研究開発に携わる。
その間、スタンフォード大学で客員研究員。
その後、明治大学などを経て、2000年、東京大学大学院情報学環教授。
2013年定年退官、東京大学名誉教授、東京経済大学コミュニケーション学部教授に就任。
工学博士。専攻は情報学・メディア論。

画像: 矢野 和男 1984年日立製作所入社。10年前から先行してビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用件数は2500件超。特許出願350件超。延100万日を超えるデータによる業績向上実績と人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。 現在、(株)日立ハイテクのビッグデータ事業化PJ長を兼任。博士(工学)。IEEE Fellow。日立返仁会 総務理事。東京工業大学大学院連携教授。

矢野 和男
1984年日立製作所入社。10年前から先行してビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用件数は2500件超。特許出願350件超。延100万日を超えるデータによる業績向上実績と人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。
現在、(株)日立ハイテクのビッグデータ事業化PJ長を兼任。博士(工学)。IEEE Fellow。日立返仁会 総務理事。東京工業大学大学院連携教授。


ビッグデータの可能性を引き出す三原則

画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter1 「ビッグデータの可能性」 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter1 「ビッグデータの可能性」 - 日立

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矢野
私は10年あまり前、まだビッグデータという言葉もなかった頃から、実世界の大量データを収集する技術と、収集したデータそのものの価値、そして可能性に注目してきました。「ビジネス顕微鏡」という行動計測システムで人間の行動を100万日にわたって計測し、蓄積した10兆個ものビッグデータから、人間行動データの解析技術の開発に取り組んできました。

西垣
行動データはどのように取得するのですか。

矢野
赤外線センサーと加速度センサーを内蔵した名札型のデバイスで、誰と誰が、いつ、何分間対面したかといったコミュニケーション情報や、身体的な活動をデータとして取得します。

その研究は最初から思い通りにうまくいったわけではありませんが、最近になってさまざまな成果が現れ始め、ビッグデータを効果的に活用するポイントも見えてきました。その一つ目は、ビッグデータを何に使いたいのか、目的を明確にすること。二つ目に、その目的に関係するあらゆるデータを幅広く集めること。三つ目は、集めたデータからどんな価値を生みだすかは、仮説に頼らず、コンピュータに逆推定させること。これが、私が失敗からつかんだ、ビッグデータ活用の三原則です。

西垣
特に三つ目は重要なポイントですね。ビッグデータ活用を並列分散処理の単なるバリエーションととらえてしまうと、処理するデータ量が増えるというだけで、何もイノベーションにつながらない可能性がありますから。

矢野
これまでの情報システムは規定のモデルの中でデータを処理するという仕組みになっているため、最初に仮説を作らなければなりません。でも、ビッグデータ処理では逆に、データからモデルを作り出すという、仮説に基づかない情報処理こそが、真の価値を生み出せると考えています。

西垣
データをして語らしめるということですね。人間の行動データから価値を生み出すには、そのような処理でなければならないでしょう。われわれ現代人は、とかく論理的に表現されたものや、それを抽象化した数式だけが意味のあるデータと捉え、それ以外の部分を切り捨ててしまっています。しかし、実際にわれわれの日常を構成しているのは、そういう上澄みの部分だけでなく、むしろわれわれが意識していない行動や心の動きですよね。

ビッグデータの見えざる手が明らかにする、ハピネスと経済との深い関係

画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter2 「ビッグデータの見えざる手」 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter2 「ビッグデータの見えざる手」 - 日立

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矢野
現代の資本主義社会では、経済性や利益の追求と、人間らしい日々の営みが、ともすれば乖離してしまうか、むしろ相反してしまう状況が続いてきたように思います。ところが、われわれの最近の研究では異なる結果が出ています。具体的な事例で言うと、ビジネス顕微鏡を用いてコールセンターの人の動きと受注率の関係を分析したところ、休憩時間にどれだけ活発に会話をしているかが、受注率に影響を与えていることが分かったのです。この結果を活用し、休憩時間のスケジュールを活性度が高まるように改善することで、業績が向上することも確認できました。

西垣
会話というのは雑談ですよね。

矢野
はい。従来であれば、業務や利益と関係ないと思われ、重視されてこなかった休憩時間の過ごし方が、実は業績と深く結びついていたのです。それがデータで実証されたことは重要だと考えています。

西垣
たしかに、目標数値などに縛られていたら声のトーンも下がるかもしれない。みんなで楽しく会話していたら、それが身体的な共感を呼び起こして、お客様とも楽しく会話でき、受注率の向上につながるのかもしれない。そういうことは、直感的、あるいは経験的には気づいていた人もいるけれど、実際のデータとして示されると強力ですね。そうした無意識の知を顕在化できることは、ビッグデータ活用の大きなメリットの一つでしょう。そのような、「データをして語らしめる技術」は、同じITの活用と言っても、従来のITによる合理化とはまったく異なるアプローチですね。

矢野
西垣先生が以前からおっしゃっている、コンピュータの進化の方向性とも合致しているのではないでしょうか。

西垣
そう思います。コンピュータはこれまで、計算機械から、距離を超えてコミュニケーションを可能にするツールへと進化してきましたが、今後は、人間が環境とのインタラクションの中で生み出していく人間的な要素、例えば、喜びや幸せといったものを取り入れていくことが必要になると考えています。

矢野
喜び、共感や積極性、やりがいなど、これまで経済的価値がないと思われていた人間的な幸福=ハピネスが、まさに経済と結びついていることが、ビッグデータの分析によって明確になりました。利益や経済性を追求しようとするほど、そうしたハピネスを大切にしなければいけないことに気づかせてくれた。これを「ビッグデータの見えざる手」と、私は呼んでいるのですが。

西垣
なるほど、見えざる手というのは面白い。膨大な生のデータを、論理的、体系的にまとめあげていく技術よりは、むしろわれわれの意識できなかった要素をうまくすくい上げる技術こそが、ビッグデータの真の価値を引き出すのでしょうね。

主観的要素とそのインタラクションが、イノベーションを生み出す

画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter3 「主観的要素がイノベーションを生む」 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter3 「主観的要素がイノベーションを生む」 - 日立

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矢野
米国でもこうした話をすると驚かれます。ビッグデータは高い関心を集めてはいるものの、実際のところ、どう使えば何ができるのかという、具体的なイメージがまだつかめていない場合が多いようです。

西垣
従来からあるデータマイニングの考え方、統計処理的な、上から全体を見るという客観的なアプローチでは、本当の意味での活用はできないと思います。それも必要なことですが、やはりこれからはひとつひとつの情報の意味や、ひとりひとりがどう考えているかという、主観的な要素が問われる時代だと思うのです。さきほどのコールセンターの事例からも言えるのは、客観的なデータだけでなく、ひとりひとり異なる個人の主観的な要素を大切にすることが、イノベーションにつながる可能性を持つということです。

矢野
同感です。そして、その個人の思いというのは、その人の脳だけで生み出しているものではなく、実は周囲とのインタラクションの影響を受けているものですよね。それが重要なポイントなのです。

西垣
そこは勘違いされがちなところですね。個人の脳はもちろん大事だけれど、例えば、こうして私と矢野さんの脳がインタラクションすることで、私個人だけでは生み出せない新しい何かが生まれている。それも一つの脳であると言えると思うのです。自律性、主観といったものをベースにしながら、一方で、その自律的な存在どうしのインタラクションによって、一種の生態系のような、新たなレベルの自律性が立ち上がってくる。そのメカニズムに目を向けた、多元的な統計解析が、ビッグデータの見えざる手に結びついていくのではないかと思います。

ITには、機械としてのコンピュータという「モノ」としての側面がある一方で、コミュニケーションという「コト」の世界をうまくナビゲートする、活性化させるツールとしての役割も持っています。その役割をより高度化していくには、主観的要素を取り入れていくメカニズムが必要だと思います。それはまさに、私の考える「タイプⅢコンピュータ」の条件の一つで、矢野さんはそのパイオニアとなってくださるのではないかと期待しています。

身体性と深く関係し、センサーで計測できるハピネス

画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter4 「センサーで計測できるハピネス」 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter4 「センサーで計測できるハピネス」 - 日立

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西垣
20世紀は、客観性、実証性が重視された、機械的な世界観の時代であったと言えます。これに対して、21世紀に入ると生命的な世界観へのシフトが起きています。経済活動や企業活動なども、実は生きる喜びや幸せといった人間的、生命的なものの上になりたっているという事実に、目が向けられ始めていると感じます。

矢野
私もこの10年ほど「ハピネス」に注目してきました。ハピネスについては、心理学の分野でも研究が進んでいますが、われわれは、被験者を二つのグループに分け、週に一度、片方にはその週にあった「いいこと」を三つ書いてもらい、もう片方には今週のできごとを中性的に書いてもらうという実験を数か月にわたって行いました。すると、いいことを書いたグループの人たちは、ハピネスレベルが格段に上がっていた。しかも面白いことに、ハピネスレベルが上がっている人たちは、体の震動も高まっていて、朝から活動的であることが、センサーによる計測でわかりました。

西垣
やはり身体性はキーワードですね。悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだというジェームズ-ランゲ説はご存知と思いますが、最近の脳科学でも、外部刺激によって生理的変化が起き、その認知に伴って感情の反応があるという考え方が支持されているようです。体のリズムと感情が影響を及ぼし合うということは、経験からもわかることです。私自身、夜型なので、朝は仕事をしていても調子が出ずに悲観的になったりします。矢野さんのデバイスで計測すれば、一日の体のリズムがはっきり見えて、自分で自分を見つめながら、自分にとってのハピネスな状態を作り上げていくことも可能かもしれないですね。

矢野
そうですね。体の動きや体の同期性は、意外なほどハピネスと相関しています。

西垣
日本人は、無意識のうちに相手の気持ちに寄り添う、集団の中で協調する、呼吸を合わせるといったことが得意です。そうした体のリズムの同期性によって、ハピネスなどの感情も同期するのかもしれません。そのことは、さきほどのコールセンターの事例とも関係してくるような気がします。

矢野
原因と結果というはっきりした関係ではなく、お互いに体のリズムで同期していくということは、コミュニケーションにおいて非常に重要だと思われます。そのような要素が、これからの情報システムには入ってくるでしょうし、必要なことだと思います。ハピネスという感情が、センサーで計測でき、情報システムの中に取り込むことができるならば、人間のハピネスに貢献するITというものも、可能になると思うのです。

ビジネスにも大きな変化をもたらす、集合知の可能性

画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter5 「集合知の可能性」 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 Chapter5 「集合知の可能性」 - 日立

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西垣
昨今の、Google社や各種SNSの成功を見て感じるのは、コミュニケーションの場をいかに提供するかが、ビッグビジネスにつながっているということです。そして、コミュニケーションの場は、個人のもつ主観知を集合知の形成へとつなげ、パラダイムシフトへと結びついていきます。現代社会では多くの人たちがものを考える余裕を持つようになり、一部の人が考えたものをそのまま受け入れるというよりは、多くの人が一緒に考えて作り上げたり、最良のものを選択したりする時代になっています。この変化は、企業戦略においても無視できないと思います。日立の場合、社会インフラ、いわゆるB2B(Business to Business)事業がメインですが、やはりB(Business)の先にはC(Consumer)があるわけですから、その考えをきちんとくみ取って形にする仕組みが、これから求められるのではないでしょうか。

矢野
まさにそうですね。社会インフラは、日立が提供している設備とその制御システム、その上の業務、さらに需要すなわちC、そしてお金という4層のレイヤーから成ります。しかし、それぞれのレイヤーは、これまでコミュニケーションができない状態で、生活者ひとりひとりが、あるいは業務に関わる方々が、それぞれどんなニーズを持っているのかは把握できませんでした。それが、現在ではすべてのレイヤーの情報を集めることが可能であり、そのビッグデータを活用することで、4層のレイヤーすべてにメリットのあるソリューションも可能になるのではないかと考えています。

西垣
これから日立が拡大していくグローバルビジネスでは、やはり文化の理解がポイントになると思います。日本人は、島国の中で高度な技術と経済力をもって特有な文化を形成してきました。それは悪いことではないものの、海外事業では、あらゆる面でその国の文化とのすりあわせが必要になるはずです。その点でも矢野さんの研究成果が活用できるのではないでしょうか。

矢野
そう思います。従来なら、新しい土地での事業は、時間をかけてその地に溶け込んでいくことから始まりました。それはもちろん今後も重要な要素であり続けますが、これだけ社会の変化が激しい中でスピード感をもって現地のニーズに応えていくには、違うアプローチも必要です。ビッグデータの分析技術やモデル化技術は、定量的な形で文化を理解し、ニーズをすばやく把握する上で、大きな力を発揮すると考えています。より深く、より正しく知ることを通して、発展的な関係を構築していくことを後押しするのも、ビッグデータのもつ大きな可能性であると思っています。

西垣
自分たちが求めているものは何であるのか、実はその人たち自身もよくわかっていなくて、言語化できていないケースは多くあると思います。それらを顕在化させ、集合知を形成できるような枠組みを作っていくことが、さまざまな面でこれからの鍵になるかもしれないですね。

日立は工学的な面では非常に優れた会社ですが、21世紀のグローバリゼーションの中で、求められる製品やサービスを提供していくためには、従来のパラダイムの中にとどまらず、人文科学的な要素を取り入れていく必要もあるのではないでしょうか。海外の文化も人文科学的な知ですから、それを工学の世界へ上手にトランスレートしていくという思考や、そのための技術が求められると思います。

矢野
工学と人文科学では発想も言語も違いますが、それを結びつけるのが、まさにデータであると考えています。分野の壁を越えて、データを通して得られる知見を積極的に活用していくことが、これからますます必要になるはずです。

西垣
矢野さんのご研究は、まさしくそのことを具現化していますね。人間を軸に異なる知を結びつけていくこと。それが、21世紀のITに求められる役割なのかもしれません。


【予告編】対談「21世紀のITに求められるものは―ビッグデータ、それは新たな見えざる手」

画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 予告編Vol.1 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 予告編Vol.1 - 日立

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画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 予告編Vol.2 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 予告編Vol.2 - 日立

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画像: 対談「21世紀のITに求められるものは」 予告編Vol.3 - 日立 youtu.be

対談「21世紀のITに求められるものは」 予告編Vol.3 - 日立

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