シリアにおける青年海外協力隊の活動から帰国し、ビジネスと社会貢献をつなげるために生きていこうと決意した、小沼大地(こぬまだいち)氏。その志に共鳴する仲間たちと出会い、「留職」という新たな取り組みを次第に形にしていく。第2回では、特定非営利活動法人クロスフィールズ立ち上げまでの道のりと、創業から現在に至るまでの活動、そして、企業とNPOのこれからの協働のあり方について小沼氏の想いを聞いた。

画像: プロフィール 小沼大地(こぬまだいち) 1982年、埼玉県所沢市に生まれ、その後神奈川県横浜市に育つ。一橋大学社会学部卒業、同大学院社会学研究科修士課程修了。大学院在学中に青年海外協力隊に参加し、約2年間シリアに派遣される。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社での勤務を経て、2011年、松島由佳氏と共同で特定非営利活動法人クロスフィールズを都内に創業。同法人の代表理事を務める。

プロフィール
小沼大地(こぬまだいち)
1982年、埼玉県所沢市に生まれ、その後神奈川県横浜市に育つ。一橋大学社会学部卒業、同大学院社会学研究科修士課程修了。大学院在学中に青年海外協力隊に参加し、約2年間シリアに派遣される。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社での勤務を経て、2011年、松島由佳氏と共同で特定非営利活動法人クロスフィールズを都内に創業。同法人の代表理事を務める。

ベンチマーク・ニッポンvol.5 「留職」第1回 ビジネスと社会貢献をつなげたい >

情熱を保つための勉強会「コンパスポイント」

画像: コンパスポイントのメンバー

コンパスポイントのメンバー

「ビジネスと社会貢献の世界をつなげたい」

シリアから帰国して早々、企業で働く大学時代の同期たちにその志を語った小沼氏。彼らの反応は概して冷たいものだったが、その中で数名の友人が共感を示し、小沼氏を大いに力づけた。同志を得た小沼氏は、定期的に彼らと集い、胸に秘めていた想いを熱く語らうようになる。小さな飲み会から始まったその小さな灯は、それぞれの知り合いを伝って少しずつ大きくなり、次第に勉強会の形式にまで成長した。小沼氏らは、その勉強会を"コンパスポイント"と名づけた。

「夢や志を持って会社に入っても、いつしかその軸がブレてしまう人が多いのではないか。僕たちは、そう感じていました。もともと一生懸命に円を描こうとしていたのに、いつの間にか綺麗で力強い線を書くことにだけ集中してしまい、『コンパスの中心軸(コンパスポイント)』がブレてしまうんだと思います。"コンパスポイント"という名前には、描こうとしていた円の中心軸を思い出せるよう、情熱を保つための場をつくろう、という想いを込めました」

コンパスポイントのメンバーの多くは、大企業で働く同世代の社会人たち。月に1回、週末に数十人が集まって、社会課題の解決に取り組んでいるNPOの代表などを招き、ワークショップ形式で意見を言い合った。同じ"想い"を持った若者が集い、交わされる真剣な意見。会が盛り上がっていく一方で、小沼氏には一つの疑問が生まれていた。

「みんな口を揃えて"会社じゃこんなこと話せない"と言うんです。それを聞いて、日本の現状に憤りを覚えました。なぜ、彼らの情熱を発揮できる場所が企業の中に存在しないのか。仕事で挑戦したい夢をみんな持っているのに、会社の古くさいシステムがそれを邪魔しているんじゃないか…。意見を言い合うだけの場とするのではなく、彼らの情熱を、何か形にできないかと考えるようになりました」

そうして始まった活動のひとつが、特定非営利活動法人TABLE FOR TWO Internationalとのコラボレーション。このNPOは、途上国の飢餓と先進国の飽食・肥満の問題を同時に解決するために、日本企業の社員食堂でヘルシーなメニューを提供し、その価格のうち20円を途上国に寄付するという画期的な仕組みをつくった団体だ。2009年のある日、その代表をコンパスポイントに招いて、ワークショップが開かれた。

「TABLE FOR TWOの活動を加速させるために、一緒に何ができるか考えようというのがその日の議題でした。そこでメンバーから挙がったのが、社員食堂を持たない会社でも寄付に参加できるよう、専用のお弁当箱を開発しようという案でした。そうしたら、代表の方からも"ぜひやってくれ"と頼まれて。すると、プロジェクトチームが結成されてメンバー自ら企画を練り、半年かけて、お弁当箱のアイデアを製品化したんです」

このプロジェクトチームのリーダーを務めたのが、のちにクロスフィールズの共同創業者・副代表となる松島由佳氏だった。同世代の社会人の仲間たちが会社で培ってきたビジネスのスキルが、NPOの活動にも活かされた瞬間。学生時代にはできなかった社会貢献のあり方を身近で見て、小沼氏や松島氏をはじめとしたコンパスポイントのメンバーたちは大いに刺激を受けた。

世の中にインパクトを与える

小沼氏は、青年海外協力隊で上司だったドイツ人コンサルタントたちからの"ビジネスを学ぶなら経営コンサル"というアドバイスに従い、帰国後にはコンサルティング会社への入社を決意。大学院を修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーでの勤務を開始した。

「コンサルを選んだ理由はもう一つあって。僕には環境に流されやすい面もあるので、あまり長く一つの組織にいると染まってしまうんです。なるべく、会社を去って活躍することも奨励されているカルチャーのあるところで働きたいと考えていました。だから、マッキンゼーには、3年間でビジネスのスキルを身につけるんだと宣言して、入社しました」

経営コンサルタントとして、ビジネスの世界に飛び込んだ小沼氏。小売業から製造、金融、製薬、スポーツ団体など、さまざまな業界を担当した。名だたる大企業のコンサルティングに携わり、ビジネススキルを磨く日々。しかし、小沼氏がマッキンゼーで得たものは、スキルだけではなかった。

「社員全員が、世の中にインパクトを与えるためには何をすればよいかを、常に青くさく考えていましたね。誰も、見返りの話なんかしない。日本のリーディングカンパニーが抱えている課題の解決に挑めることが、みんな心底好きなんです。"自分たちは日本を動かすくらいのインパクトのある仕事をしているんだ"という、そんな誇りを一人ひとりが持っていました」

熱い社員に囲まれて働く中で、"留職"の具体的なイメージを小沼氏が練り始めたのは、海外研修でアメリカに渡った時だった。小沼氏は、おぼろげながら描いていた"ビジネスと社会貢献をつなぐ事業"に取り組む現地のNPOのビジネスモデルを、つぶさに研究。帰国後も、コンパスポイントのメンバーで、同じくコンサルティング業界にいた松島由佳氏とともに、クロスフィールズの創業に向けたコンセプトを練り上げ、事業プランをブラッシュアップした。そして、二人は起業を決意した。

「3年で辞める」と豪語して入社した日から、ちょうどその年月が経とうとしていた。マッキンゼーの日本支社長に退職と起業の意志を伝えた時、"これだけは約束しろ"と贈られた言葉が、今でも小沼氏の頭から離れない。

「"マッキンゼーにいて出せるインパクトよりも大きいものを、世の中に対して出せ"――大切なのは、自分がやろうとしていることが、社会に対して本当に価値があるのか、突き詰めて考えること。3年間で一番学んだのは、ビジネスのスキルよりも、そんな思考様式だったような気がします」

2011年3月、小沼氏はマッキンゼーを退職。その2カ月後、松島氏と共同で特定非営利活動法人クロスフィールズを創業した。小沼氏、28歳の時だった。

留職で、企業を変えたい

画像: クロスフィールズの共同創業者である松島由佳氏と小沼氏

クロスフィールズの共同創業者である松島由佳氏と小沼氏

小沼氏と松島氏が開始した留職プログラムは、日本の大企業の若手社員をたった一人で新興国のNPOのもとに派遣するという、新しいタイプの社員研修スキームだ。派遣された社員は、NPOとともに、現地社会の課題解決に取り組む。日本での常識や価値観が通用しない環境で、社員が必死にもがき、自分の力で状況を打開し、仕事を通じて社会に貢献することで、眠っていたリーダーシップや働くことへの情熱を呼び起こす。それが、留職のねらいだ。この、留学ならぬ"留職"が考え出された背景には、小沼氏が海外での経験から得た視点がある。

「いまのシリアは、残念ながら内戦の影響で悲惨な状況になってしまっています。ただ、当時のシリアの人たちと日本人とでどちらが幸せかと訊かれたら、僕は迷わずシリアと答えます。僕が考える幸せの判断基準とは、何のために働き、何のために生きているかを語れるかどうか。シリアの人たちは、それを明確に答えられていました。"村の人たちにおいしい野菜を食べさせたい""村を発展させ、国を発展させていきたい"。同じことを日本の大企業のサラリーマンに訊いた時、当時のシリアの人たちのように即答できるでしょうか。大きな組織に属している社会人こそ、働くことに意義を見いだせていないのではないか…大企業に入って情熱を失ってしまった友人たちと接して、僕はそう感じました。そんな状況を変えたくて、このプログラムを始めました」

なぜ、小沼氏は、留職プログラムのターゲットとして大企業の社員にこだわるのか。そこには、学生時代からさまざまな国を訪れることで改めて気づいた、日本人ならではの特質があると言う。

「起業家をどんどん生み出していくという人材育成もあると思います。でも、僕たちがやりたいのはそこじゃない。外国の人たちと接して感じたんですが、やはり、日本人は組織や集団として活動した時にこそ、一番力を発揮する民族だと思うんです。その日本にはすでに、崇高な使命を掲げる素晴らしい企業というアセットがたくさんある。留職でそれらの企業を変えていくことが、僕が社会に対して起こせるインパクトだと考えました」

企業・行政・NPOの枠を超える

NPOと聞くと、日本では、ビジネスというよりも慈善事業のイメージが色濃い。しかし、実は、NPOの活動はビジネスの活動と非常に近づいてきている。小沼氏ら自身、組織を会社にするかNPOにするか、かなり悩んだと言う。最終的にNPO法人を選択したのは、三つの理由からだった。

「留職の受け入れ先は、新興国のNPOです。あくまで僕たちは、彼らとはパートナーという対等な関係。そのスタンスを示すために、彼らと同じ組織形態にすべきだと考えたのが一つめの理由です。二つめは、NPOだといろいろな方からの応援を得られやすい。会社にしてしまうと、どうしても、利益最優先ととらえられがちになります。NPOという旗印を掲げることで、想いを持って事業をやっているんだ、という熱意が伝わりやすいと考えました」

次に、三つめの理由。最終的には、これが決め手となった。

「僕たち自らが新しいNPO像をつくって、これまでのNPOのイメージを変えていきたい。日本では、NPOはまだまだ小さな存在です。しかし、これからは、企業・行政・NPOという三つのセクターが、その枠を超えて一緒に社会課題を解決していくことが求められると信じています。留職プログラムがNPOの取り組みとして世の中に知られていけば、NPOで働いてみたいという人や、協働したいという企業がもっと増えていくはずです」

そして設立された、クロスフィールズ。社名に込めた思いを小沼氏は語る。

「僕たちが目指しているのは、さまざまなフィールドをクロスさせる、つまり、いろいろな枠を超える存在です。まずは、企業・行政・NPOという、三つのセクターの枠。さらに、国や組織、価値観といった枠。それぞれの枠の違いを超えて、新しい価値を世の中に提供していきたいと考えています」

情熱の伝播で、顧客を開拓

起業はしたものの、直ぐに顧客はつかない。不安に駆られる小沼氏らを支えたのは、起業後も活動を継続している勉強会"コンパスポイント"で得たつながりだった。

「まったく実績がないのに、当時20代だった僕と松島の2人でいきなり大企業を訪れても、相手にされるわけがないですよね。そこで、コンパスポイントに講演に来てくださった著名なNPOの経営者や大学教授の方々などにお願いして、法人の理事やアドバイザーになっていただきました。その方々にバックで応援していただいたうえで、僕と松島は"世の中を変えたい"という熱い思いを前面に出したプレゼンに徹する、という戦略をとりました」

記念すべき留職第1号は、創業の翌年、2012年2月。アドバイザーにより紹介された製造業大手の社員だった。そこからは、小沼氏が予想もしなかった展開で、顧客を獲得していくことになる。

「自分たちで大企業を廻って営業をかけたというよりも、留職に共感してくれたコンパスポイントの仲間たちが、それぞれが所属する企業に対して営業してくれたんです」

コンパスポイントのメンバーには、大企業の社員が多い。彼らが自社の人事担当者やCSR担当者にかけあい、小沼氏のプレゼンのアポを取り付けてくる。そんな動きが次々に起きていった。

「プレゼンでは、まず、日本企業の現状に対して僕たちが抱いてきた問題意識をお話しします。すると、人事担当の方の多くが、強く共感してくださる。人事の方が本当に必要だと考えているのは、よく言われているグローバル人材の育成ではないんですね。それよりも、本質的なリーダーシップや働くことの意義を若手社員の中に呼び覚ますということが、潜在的に求められています」
こうして、コンパスポイントの仲間から伝播した情熱は、少しずつ大企業に広がっていった。今では、約20社が留職を導入。小沼氏は、大きな手応えを感じている。

「実際に留職を通して、目の輝きを取り戻していく大企業の若手社員の方を、何人も見てきました。彼らが見せる変化に、僕たち自身が、毎回感動させられています」

社会、そして組織の未来を切り拓くリーダー

画像: 社会、そして組織の未来を切り拓くリーダー

小沼氏と松島氏のたった2人で始まったクロスフィールズは、今や10名の正社員から構成される。大企業のニーズに合致した留職プログラムの需要は、今後さらに高まりそうだ。しかし、留職はその先にあるミッション達成のための取り組みの一つに過ぎないと、小沼氏は強調する。

「社会の未来と組織の未来を切り拓くリーダーをつくることが、僕たちの使命です。社会課題の解決に取り組むことで、事業や組織をさらに発展させていこうという人を、日本企業の中に増やしていきたい。留職は、そのための手段でしかありません」

クロスフィールズが今後強化していこうと考えているのは、大企業の新事業創出を支えるというアイデアだ。

「リーダー育成をすると同時に、彼らが社会性と経済性を両立した新事業を起こせるようなサポートもしていきたいですね。また、事業開発をなさっている役員・部長クラスの方々にもNPOの活動や社会課題の現場を廻っていただいて、それを事業化のヒントにしていただくというプランも練っているところです。そうした活動を通じて、社会の流れを本質的に変えることにこだわっていきたいです」
社会に大きなインパクトを与え続けようと、NPOの最前線を走る小沼氏。青くさい情熱は、これからも冷めることを知らない。

次回は、留職プログラムを若手社員の研修に取り入れた株式会社日立製作所 情報・通信システムグループの人事担当、髙本真樹氏に、小沼氏との出会いと留職を導入したねらい、これから求められる大企業とNPOとの関係について話を聞く。


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